メルシア、彼女は何を望むのか

探求快露店。

Presenty——01

 中学2年生。13歳。春の某日。

 たちばな明弘あきひろには家族が増えた。


 親。兄弟。姉妹。遠縁、義理の親族。ペット。

 どれとも違う。

 未来から来た人型ロボットヒューマノイドだ。


 ……正直な話、何を言ってるんだ?

 とは、明弘自身が思うところにある。

 いや本当。


 特筆できる優れた機能や万能の秘密道具などはなく、ただ、彼女・・の言葉を借りるなら。

 ————より人らしく、人に近く。

 精巧に造られたフォルムは一見して生身の人間と大差がない。

 ころころと変わる表情は豊かで、愛嬌があり、仕草も言動も人間臭く————。


「ますたあああっ! 大変です、ますたあああ!」


 階下から響いてきた声に惰眠を貪っていた明弘はギョッとして飛び起きる。

 涙声で舌ったらずな女のそれはくだんのヒューマノイドのものである。


 日曜の朝からいったい何事か——。


 エマージェンシー。緊急事態。

 叫び続ける彼女の訴えを要約すれば使用中のパソコンに問題が発生した、と。


「…………はあ」


 理解してから頭を抱えた明弘は悪くない。

 これで何度目だ。


 開きっぱなしにしてある天井扉から顔を覗かせてやれば潤んだサファイアの瞳に見上げられた。


 ————濡れ羽色の艶やかな黒髪。すらりと長い手足。豊満な肉体。

 理想が詰め込まれた、とは本人の言葉で、反論のしようもなくその通りに美しい。


 街行く10人が10人振り返るだろう絶世の美女が今にも泣き出しそうな顔で桜色の唇を震わせているのに慌てるどころか、つい半眼を向けてしまうのも、これが初めてのことではないからだ。


「プレゼンティ……今度はいったい何をしたんだ……」

「分かりませんんんんんーっ!」


 まあ、分かってたら自分で対処してるよな。

 …………仕方ない。


 降りるからちょっと退いてろ、と真下にいる彼女を退かせてから梯子に足を掛ける。


 ————明弘の寝床は屋根裏部屋にある。

 梯子が備え付けられた勉強部屋と2つで1つの私室だ。

 ひとりっ子故に贅沢な部屋割りで暮らせているが兄弟か姉妹か、どちらか一方でもいたら違ったのだろう。


 と、いうのもたまに面倒臭がってベッド代わりにしていたソファが今は彼女——プレゼンティの寝具として使用されており、勉強机とは名ばかりにデスクトップパソコンに占領されたそこは共用のスペースに変わっている。


 元より勉強は屋根裏部屋に置いたシステムデスクで行っていたし、変化らしい変化と言えば彼女の存在とソファで寝られなくなったという程度のことだが。


 明弘が使う分には何の問題も起こらないパソコンで……ワンクリック詐欺から始まり、なりすましにフィッシング詐欺……ワンクリックとフィッシングはまだ分かるが、どうしてなりすましにまで引っ掛かった。意味が分からない。


 幸い被害らしい被害といえば迷惑メールが増えた程度で、アドレスを変更すれば収まったのだけれど。中学の入学祝いにと母からもらった1年前の新型機を前に生きた化石シーラカンスでも目にしたかのような調子で「これが旧世界の機械装置メカニズム……」と述べた割には中々のポンコツっぷりを拝ませてくれる。

 それでいいのか未来の人型ロボット。


「ううっ……MOKKEI殿がこのままではお亡くなりに……!」


 パソコン本体をメーカー名で呼んで嘆くプレゼンティの声をBGMにデスクトップに表示された内容に目を向ける。


 ————153秒後に全てのファイルが削除されます。


 表示されていたのはセキュリティ上の問題でシステムが破綻したことを知らせるポップアップで、最新ソフトのインストールを促すものだった。

 …………うん。


「これも詐欺の一種だよ」

「え?」


 偽のセキュリティソフトをインストールさせることで有料版の購入を迫ったりウイルスを仕込んだりするタイプの。


 疑問符を飛ばすプレゼンティに詐欺の概要と最悪のケースを説明しつつ、マウス操作でポップアップを消す。

 そのまま導入しているセキュリティソフトを開いて、全体スキャンのボタンをクリック。


 念のためだ。

 ポップアップが開いたということは少なからず問題のあるデータを弾き損ねたということで、ウイルスに感染した恐れがない訳ではない。


 それに、色々と問題を起こす割には問題がないという証拠を見せるまで納得しないので——その疑ぐり深さをどうして問題を起こす前に発揮してくれないのかとは思うが——彼女を安心させるためにも必要な行為なのである。


「ほら。俺は朝食を済ませてくるから」

「MOKKEI殿はお亡くなりにならない……?」

「ならない」


 スキャン中の画面を見つめながら本当に? と重ねて確認してくる彼女に本当に、と鸚鵡返おうむがえしの肯定を返す。


 彼女がやらかしてくれるおかげでこまめにバックアップを取る習慣がついたので、もし致命的な問題が見付かったとしても何とかなる。……多分。

 ならなかったら母に相談する。懇意にしている母の上司がその手のプロなのでやっぱり、何とかなることに変わりはない。


 ひとまずスキャンが終わるのを待つよう言い付けてからダイニングに————。


「あ。プレゼンティ、一緒に行くぞ」

「? はぁい」


 今日は父も母も仕事の付き合いがあって朝から不在なのだった……。

 明弘が用意しなければ彼女の朝食もない。

 壁掛けの時計に視線をやれば午前11時前。

 …………ま、まあ。午前の内なら朝食だ。


 母がいれば不規則な生活は不健康につながると叱られているところである。

 学校の図書室から借りてきたひと昔前の冒険譚が、図書委員の勧め通りに面白かったのがいけない……。


 昨日の夜更かしの原因を思い出すと同時に喉から出かかった欠伸あくびを噛み殺しつつキッチンへと足を運ぶ。

 ったものを用意する気分になれないので簡単にパンと目玉焼き、それからレタスとトマトを洗うだけのサラダでいいか。


 ————食事をらせることでも充電できるという、そこはかとなく未来を感じさせる機能が搭載されている彼女なので、できるできないで話をするなら一緒に食事をすることは可能だ。


 充電自体はバッテリーの交換で事足りる——というか、そちらが主体となるので必要性があるかという話になるとまったくないのだが。


 一見してヒューマノイドとは思えない精巧な造りの彼女に、本人が興味を示すのも無視して食事を与えないでいるというは…………こう……罪悪感が湧くと言おうか……。要は気分の問題である。


「…………大丈夫でしょうか、MOKKEI殿」

「大丈夫だから安心してろ」


 しゅんとして項垂うなだれていると食べるスピードまで落ちるのだから、芸だけは細かい。


 ————特筆できる優れた機能や万能の秘密道具などはないけれど、新しく増えた家族未来から訪れた人型ロボットのそういう、人間臭い部分が明弘は嫌いではなかった。

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