第2話 真夜中の邂逅
人質に取られた事件から事情聴取を経て、パトカーで自宅のアパートまで送ってもらった。
ようやく帰ってこれたのは真夜中になった時間。
パトカーはそのまま警察署の方に戻るようで、今の私は一人である。
やはり最後の金的が良くなかったのか。アレはやりすぎだとお叱りを受けてしまったのはちょっと反省。
でも、正当防衛というか不可抗力も多分に混じっていると思うので、心の平穏のことを考えればあまり後悔はしていない。
(今回は丸く収まったしね。……今度あったらもうちょっと穏便な方向にするとして)
その今度は二度と来ないでほしいけれど。
ともあれ、一休みできる我が家に無事帰れてホッと一息。
私の家は2階建てアパートの2階。
1Kのワンルームで、ほぼ玄関と台所と唯一の洋室が直結している作りだ。
私は玄関で靴を脱いでから台所にある冷蔵庫に直行する。
流石にお昼から何も食べていなかったので、そろそろ何かお腹に入れたいところ。
そうして冷蔵庫の中身を確認すれば、中にあるのは天然水の2Lペットボトルと牛乳1Lパック。それぞれ飲みかけ。、
そして納豆。
もちろんご飯の準備などしてないのでご飯を炊いておいてあるはずもなく。あいにく冷凍したご飯も切らしていた。
「うげ……。そういえば食材昨日で切らしてたんだった。
今からだとコンビニくらいしか開いてないよね……」
後悔については前言撤回。やはりやらなければよかった。
コンビニだと割高なので一人暮らしの高校生にとってはわりかし死活問題なのである。
食費に割高な料金かけるくらいなら娯楽に費やすよ、私は。
例えば、洋室にある大型テレビとか、それに備え付けたブルーレイレコーダーとか、最新の据え置きゲームとか。
本来なら今日は近道で帰ってからm近所のスーパーのタイムセールに間に合う予定だった。
だけど、途中で出会った強盗のおかげで散々である。やはり神様に文句を言うとしよう。ほーりーしっと。
「仕方ない、今日はカップ麺で済ますかな。非常用だけど」
ある意味、非常ではあるので使用理由としては正しいけれども、自炊できなかったのは少々悔しい。
洋室にあるベッド代わりのソファーに教科書類がたっぷり詰まった通学カバンを放り投げる。
続いて、流し台の下の棚に備蓄してあるカップ麺類の中から適当な物を選び出した。
ここには味とか気になったり話題になったりするものを見つけては衝動買いしては備蓄してある。
どーれーにーしーよーかーな、とかで決めてもいいけれど、今の気分に合った物は何だろうかと吟味してみた。
「これでいいかな? 興味あって買ったけど、ずっと怖くて開けられなかった奴」
そう言って取り出したのは、通常の2倍の量が入っているカップ焼きそば――をさらに2倍の量にしたとんでもない物。
これ一つで1日分のカロリー超えそうだけど、CMで見た瞬間に衝動で購入を決意してしまったのだ。私は悪くない。
今日は嫌なこともあったし腹も空いてるしで、やけ食いの意味も込めてカップ焼きそばの包みを剥がしていく。
かやく入れたりとかの作る準備を終えて、普通よりも大きい容器にお湯を注ぎ、洋室のソファーにドカッと座り込んだ。
ついでにポニーテールにまとめた黒髪も下ろして楽にしておく。ゴムはポイッとテーブルへ。
それにしてもやはり圧巻なでかい容器。
大きさもそうだけれども厚さもすごい。下手な辞書くらいはありそうだし、ヤカンのお湯まるまる一つ使ったし。
果たして無事全部食べられるか否か。厳しそうなら、後で牛乳か水持ってこよう。
ひとまず容器はソファーの高さに合わせたテーブルの上に置いて、何気なしにテレビの電源をリモコンで入れる。
音は深夜なので消して字幕を表示。
一通りニュース関連の番組を巡回すれば、明日の天気は晴れだとか、地元の高層建築物が近々完成してオープンされるとか、小さい銀行を襲った強盗が逃走中に人質を取るも無事捕まっただとか、動物園でカルガモの赤ちゃんが生まれただとか地味にローカルなネタを取り扱っていた。
心当たりのある話題には、あーあれかーなんてニュースの目次を流し読み。
ふと時計を確認すれば、もう日付も変わった時刻。もう良い子は寝る時間だけれども。
「今から録画した映画見たら確実に寝不足だよねー。
明日までの課題もやってないし、お弁当の準備とかもできないし、その上まだお風呂にも入ってないし」
だけど見たい。色々嫌な事があって疲れた心を何も考えず映画を見て癒したい。
明日は不健全な一日という事で、朝にシャワーを浴びて、眠い目擦りながら課題を誤魔化しつつ、お昼は何とか調達して、授業中は隙を見て居眠りしたりして過ごそうそうしよう。
これは完全に悪い子の所業なので寝なくても大丈夫だよね、なんて理論武装は完璧。悪い子でももう寝ろなんて正論はさておき。
まずはその手始めにと、目の前にある凶悪な量を誇るカップ焼きそばを食べるため、容器を持って中のお湯を流し台で捨てようとソファーから立ち上がった。
コンッコンッ
「……? 今の音なんだろ。外?」
奇妙な音が聞こえたのは その時である。
カーテンを閉めたベランダへと続く大窓。ちょうど窓をノックしたような音がそこから聞こえてきたのだ。
普段なら気にも留めずに聞き流していたであろう音。もしくは警戒して慎重に行動しようとする音。
だけれども、今の私はなんだろうと好奇心が湧き上がり、窓に近づいてさっとカーテンを引いてみた。
「……へ?」
無警戒にカーテンを開けてしまったのは疲れていたからだろう。目の前に今広がる光景も疲れてたで終わればよかったのだけれども。
頭にはシルクハット、顔にはペストマスク、さらにはダークスーツをぴっちり着込んで、手にはステッキと全身黒づくめな長身の男が窓の外に立っていた。
真夜中に他人の家の窓際にそんな人物が立っていたならば間違いなく不審人物と見ていいはず。
しかも、ここは2階のベランダ。いったいどうやってそこに侵入したのだろうか。
すくなくとも通りすがりという事は絶対にない。
「夜分遅くに失礼するよ、お嬢さん」
そう言って男は馴染みの店に入るくらいの気軽さで窓をガラリと開けて入り込んできた。
自分よりも遥かに長身な見知らぬ存在が部屋に入り込んでくるというのは思った以上に圧迫感がある。
おかげで思わず後ずさり。
窓のカギは閉まってたはずなのにどうやって開けた?
こんな夜中にやってきたこの男はどこの誰?何が目的?強盗?
何食べたらこんなに大きくなるんだろ?
突然の珍客に対する疑問が頭の中で駆け巡る。もちろん、それに答えてくれる人はこの場にはいない。
身体は相手への恐怖で緊張して、傍から見れば顔もこわばっていたはず。
壁際まで後ずさりしつつ、防衛本能からか気付けば手に持っていたカップ焼きそばの容器を男に向かって投げつけていた。
男は避けない。男にとってもそれは突然の出来事だったのだろう。そうして男の体にぶちまけられるお湯と、ほど良くほぐされた麺。
濡れたスーツからはお湯が滴り、ところどころに張り付いた白い麺のアクセサリーがスーツの黒とのコントラストが映えているように見えなくもない。決してお洒落とかではないが。
そして、真夜中のアパートに大声が響く。
「――ぶぁっっちぃぃぃぃぃぃっ!?」
「あ、ついうっかり手が滑って……」
中身は熱湯だったのだから、男は当然のように熱がり出した。私だって熱がる。誰だって熱がる。というか火傷する。
これで無反応なら不気味過ぎて、有名な映画に出てくるような未来から来た機械兵士みたいだなんて印象を持つところだ。
この反応のおかげで先ほどまで私が感じていた緊張が少しほぐれたような気がするけれど。
「ちょ、ちょっと待ったお嬢さん! ついうっかりでいきなり何投げつけてくれてるんですかねぇ?!
確かにいきなりの訪問だったので驚かせたんでしょうが!」
「いや、その、すみません! そ、そのー、タオル使いますか? 火傷とか大丈夫ですか?」
思わずこちらも敬語になりながら、拭く物を探そうと台所へと向かおうとする。
そんな私を男は手で制した。
「いえ、お構いなく。これくらいならば自分でできますので」
「自分でって……」
拭く物も無しにどうやるのか。そんな疑問を口に出そうとしたところで男の体から火が燃え上がった。
正確には男の衣服に張り付いていた麺が、である。
火をつける動作も何もなく、自然発火すらしないはずの麺が燃えたのだ。
突然の事に思わず目が点になってしまったが、男は先ほどとは違い平然とした様子。
「ふむ。まぁ、これで大丈夫でしょうかね。
お待たせしました、お嬢さん。突然の訪問、大変恐縮ですが、私こういう者でして……」
「は、はぁ……」
麺が燃え広がったのは一瞬で、スーツの方も先ほどまで濡れ鼠だったのが嘘だったように乾ききっている。今はここに入ってきた時と同じ状態で立っていた。
さらに、懐から何か長方形の固い紙のような物をこちらへと差し出してきている。
それを見て、ようやく正気に戻った私が慌てて受け取ってみれば、それは世のサラリーマンが使うような名刺であった。
『契約はしっかりがモットー 悪魔 ビフロンス Tel:0X0-XXXX-XXXX』
(……悪魔? ジョークグッズ? いやでも……)
普段であれば、いきなりやってきてなにふざけているんだ、と思うところであった。けれども、先ほどの発火現象を見れば戯言と切り捨てるには少々パフォーマンスが過ぎる。
一緒に印刷されている文言はどこのサラリーマンの標語だとか思てしまうが、たしかビフロンスってRPGとかにも出てくるくらい有名どころの悪魔の名前だった記憶があった。
(なら本物? うーん、それにしても何でここに……?)
それに加えてこの電話番号は携帯の番号っぽいし、意外と近代的だなとも思う。悪魔というのが本当なら、悪魔の世界も近代化の波が押し寄せてるのかもしれない。
「……それで、その悪魔さんが私に何の御用です? 私、悪魔を召喚した事も契約した事も無いはずなんですけど」
半信半疑の視線を悪魔を名乗った男、ビフロンスへと向けながら用件を尋ねる。
生まれてこの方怪しい事には手を出したつもりはないので、悪魔が訪ねてくる理由にとんと心当たりがない。
もしかして、訪問セールスとかそう言う類なのだろうか。それなら、悪魔の世界も世知辛くなったのかなぁとか勝手に想像してしまえるけれど。
悪魔と聞くと割とおどろおどろしい雰囲気を思い浮かべられるが、目の前の悪魔はずいぶんと気さくな印象がある。
これが普通の訪問セールスの類なら普通に話し相手くらいにはなりそうかもしれない。恰好が割と奇抜な事を除けばだが。特にマスク。
「ええ、そうでしょうとも。私もお嬢さんに召喚された事も契約した事もありませんから。
ですから、今回の用件はお嬢さんとの契約ではありません。実に、簡単な事です」
「簡単な、ってどんな……」
そう言ったビフロンスは私の目の前に杖の先をビシリと音を立てるように突きつけてきた。
突然の展開に私はまたゆっくりと後ずされば、すぐに壁に退路を阻まれた。この展開、いやな予感しかしない。
気付けば、先ほどまで感じていたビフロンスの気さくさは鳴りを潜めていて、ペストマスク越しに感じる眼光が、最初に感じた恐怖を思い出させてくる。
「お嬢さんには是非、今ここで死んでいただきたいのですよ」
神様がいるとしたら、今日の私に対して辛辣すぎる展開多すぎでは? ふぁっきんごっど。
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