蒼焔の轍

@silver_9tails

序 蒼と紅

 ――それは、激しい嵐の夜のことだった。



 地面を打ち鳴らす豪雨。吹き荒ぶ暴風。暗雲の奥に閃く稲妻。


 普段は雑多な喧騒に包まれている夜の繁華街にいても、この日ばかりは外を出歩く人間の姿はほとんど見受けられない。たまに現れる人影は、風雨を凌げる場所を求めることで精一杯だ。吹き曝しの路上で足を止める者など、誰一人として居ない。


 故に、居並ぶ高層建築物ビルヂングに切り取られた狭い夜空――其処に飛び交う蒼と紅の二つの炎を目撃した者もまた、誰一人として居なかったのである。


 夜空に煌煌こうこうと燃え盛る炎は、さながら、分厚い雨雲を穿うがち己の存在を主張せんとする星の輝きのようだった。

 横殴りの雨に打たれ、荒れ狂う風に煽られても、その火勢が弱まる様子はない。紅が直線状に宙を駆ければ、蒼がそれに追随する。時に互いに接近し合い、不規則に交錯し、そしてまた距離を離す。二色の炎は、夜闇に様様な軌跡を描いた。


 幾度かの応酬の後、互いに突進し合った炎が激しく衝突し、湧き起こった爆炎が一瞬だけ明明あかあかと街を照らした。嵐の中に咲いた無音の花火は、断続的な稲光に紛れ、矢張り誰の目にも留まることはなかった。


 そして、蒼い火の粉の残滓ざんしは、誰に見送られることもなく夜の闇に溶けて消えた。



 ――それは、激しい嵐の夜のことだった。

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