名前を勝手に決めるなんてもう古い

ちびまるフォイ

すべての名前に付随する権利

「おめでとうございます、元気な男の子ですよ。

 もう名前は決めているんですか?」


「いえ、顔を見てから名前は決めたかったんで、まだです」


「ではこちらからどうぞ」


看護師は名前のリストを表示した。


「えっと……これは?」


「新生児の名前候補です。こちらから選んでください。

 ここに表示されている名前が現在使われていない名前です」


「じゃあ……コレで」


両親から聞いた俺の名前が決まるいきさつはこんな感じだったらしい。


最初は漢字に対して読み仮名が明らかに異なる名前が増えすぎて

わかりやすくすることを目的に作られた「名前世襲法」。


今では、名前だけでなくいろんなものまで世襲してくる。


「君ね、この成績はいったいなにかね?」


「す、すみません……どうにも英語は苦手で……」


「先代の一郎はバイリンガルだったそうじゃないか。それなのに君ときたら……」


「先代と僕は違いますからね。あはは」


「あははじゃない! その先代を引き継いでいる自覚をしなさい!!」


近所でも有名な進学校に名前入学をしてからは、毎日叱られどおしだった。


両親はノリと勢いで「一郎」と決めたのだろうが、

運悪くというか分相応にも、先代の「一郎」は相当有名な人だったらしく比較されまくる。


使われていない名前を継承すれば、その人と同じ権利を手に入れられる。

財産も引き継げるし、人脈だってそのままだ。


それだけに意識の高い人たちは「良い名前」を取ろうと事前予約したりしている。


「もうほんと最悪だ……」


毎日劣等感をセメントのように塗られている気分。

もし、自分が普通のオリジナルな名前だったらと思うと――


「……いや、それはそれでいやだな」


若い夫婦なんかは名前世襲を嫌って、オリジナルな名前を付ける人もいる。

ただし、オリジナルの名前にはゼロからのスタートなので、友達の輪にも入りづらく、評価も安定しない。


仲のいい友達グループにいきなり他人がぶち込まれるような疎外感。


「世襲はするけど、自分に合うくらいのちょうどいい名前が良かった……」


毎日、先代「一郎」には恨みつらみを吐きかけながら生活し、

耐えきれなくなって友達にそのことを愚痴ったときだった。


「簡単じゃん。名前変えれば?」


「それができないから苦労してるんだろ。名前世襲になってから市役所で名前の変更はできな――」


「いや、名前を付け替えてくれる場所があるんだよ。知らないの?」

「マジで?!」


友達に送ってもらった地図を頼りに行ってみると、名前付け替え屋が本当にあった。


「いらっしゃいませ。名前の変更をごきぼうですか?」


「ああ、本当に変えられるんですね! よかった! お願いします!

 こんなハイグレードな名前はもうまっぴらです!」


「ただ、名前を付け替える場合、変更後の名前は今の名前よりワンランクダウンします。

 それでもいいですか?」


「どういうことですか?」


「金持ちの名前から、名前を付け替えた人は普通の庶民の名前から選ぶことになります。

 コロコロ名前を変えたり、名前ガチャ感覚で、好みが出るまで周回されても困るので」


「わ、わかりました」

「では、こちらからどうぞ」


両親のように勢いで決めることなく、自分の能力に合った名前を選択した。


「よし、今日から俺は『翔平』だ!」


ワンランクダウンしたことで、生涯期待年収やら査定偏差値やらが下がったが問題ない。

むしろ「一郎」がオーバースペック過ぎたのでちょうどいい。


心機一転、気分よく街を歩いていた時だった。


「よぉ~~翔平。こんなところで何してんだよぉ?」


「……誰?」


「同じ小学校だった山下だよ。しらばっくれるなって」

「それ先代じゃないか?」


「んなことはどうでもいいんだよ。ほら、いつも通り、金貸してくれや」

「えっ?」


断ったところ、タコ殴りにあったところまでは覚えている。

目を覚ましたのは誰かが通報した救急車の中だった。


「大丈夫ですか!? 自分が誰だかわかりますか!?」


「翔平にこんなデメリットがあったなんて……」


俺に近いポテンシャルだった「翔平」はいじめられっ子だったらしい。

名前を継いだことでいじめっ子もハッピーセットのオマケのようについてきた。


「なんで俺はこんなハズレくじばかり引かされるんだ!! 翔平はやめだ!!」


再び名前付け替え屋さんに向かった。


「あなたに紹介できる名前はこちらになります」


「うわ……」


以前に見た時よりもぐっと候補数が減っていた。未来が狭まっているように感じる。


「ワンランクダウンしていますから」

「ど、どうしよう……」


どれも経歴は俺以下のものになっている。

この名前の1つでも都合ものなら、不当な扱いを受けることは明らかだった。


悩んでいると、後ろから肩をちょんちょんとつつかれた。


「お兄さん、名前で悩んでいますね? ちょっとお話良いですか?」


「あなたは? 宗教の勧誘?」


「ちがいますよ。他に名前の候補があることを伝えたいだけのボランティアです」


男に案内されて人目につかない路地に入ると、男はリストを広げた。


「す、すごい! 一流の名前がこんなにあるじゃないか!!

 なかなか出回らない人気の名前をどうしてこんなに集められるんだ!?」


「兄さん、ワケアリ名前ってご存知ですか」

「いや……」


「市場ではちょっと扱えないようなワケありの名前をうちでは裏で扱っているんです。

 実際、どの名前が捨てられて、どの名前が使えるようになったかなんて

 すべて把握できっこないんです。一部が裏に流されているんですよ」


「そんな世界が……」


リストの名前を見て、引き継いいだ時の財産や豪遊生活を思い浮かべるとたまらない。


「で、兄さん。どの名前を引き継ぎますか? 今回は特別価格にしますよ」


「さきに聞くが、名前の候補リストはこれだけじゃないんだろ?」


バイヤーの男はぎくりとしたが、すぐに営業スマイルを取り戻した。


「ええ、ええ、もちろん。用途によっていろんなリストがございます。

 兄さんにはこの上流階級用のリストの一部を見せているしだいです」


「そうか。わかった」


「で、名前は決めましたか?」


「ああ。全部にするよ」


「全部!?」


男は思わず飛び上がった。


「兄さん、いくら特別価格といっても、1円2円とかじゃないですよ!?

 これだけ一流の名前ですから、そこそこのお代金はいただくことになるかと――」


「それじゃ、支払いはこれでいいかな」


俺は思いきり男を殴り倒し、起き上がらないように何度も踏みつけた。

もともとは「翔平」から引き継いだいじめっ子を撃退する予定だったがそれももう必要ない。


「さて、すべての名前をいただくとするかな」


男が見せていたリストはおろか、隠し持っていたリストの名前もすべて俺のものとして引き継いだ。

大量の金持ちの財産が俺という一人の人間のもとに集まる。


「やった!! やったぞ!! あははははは!! この俺、

 山田 翔平大和樹大河龍之介俊一敏明遼裕太恭介和利潤一

 がすべて引き継いでやる!!」


 ・

 ・

 ・


その数日後、ニュースで報道された。


『脱走し、名前を捨てた死刑囚ですが、

 先日プライベートジェットに乗る瞬間を逮捕されました。


 『潤一』の死刑は、

 当代の"山田 翔平大和樹大河龍之介俊一敏明遼裕太恭介和利潤一"氏

 が引き継いで行われます』

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