現実とは筋張ったチンゲンサイの芽吹き(The reality is sprouting of stringy bok choy)

阿佐ヶ谷大観

第1話

 アフリカの部族にバットとグローブを手渡し、数週間後見に行ったら見たこともないようなゲームが生まれていた。文化人類学やポスト・コロニアリズム、カルチュラル・スタディーズといった観点から眺めてみるとコクのあることをベラベラとまくし立てられそうだが、あいにく手元にある読み物は『馬鹿でかい乳房が、蛇のように』五月号、爆乳ブルーフィルム女優カッサンドラが乳を振り乱しながらグリズリーをマチェットで殺戮するドキュメンタリックなグラビアが掲載されたガビガビの猥本で、バット‐グローブ現象について考察する気が起きない。殺されたグリズリーはあらかじめ弱らせておいたとの但し書きがページの脇にある。

 ただ、この本自体東南アジアのゴールデン・トライアングルに阿片をキメにいったとき、現地でもっとも神聖な書物であるとの触れ込みでガイドから譲り受けたもので、つまるところある対象X(カントKant。この哲学者は女性器cuntと同じ音を持つ)の特性は与件としてあるのではなく、置かれた場所の外的な条件によって左右されるということが野球道具と爆乳本の双方の背景から見て取れる。

 ソ連の偉大なるトロツキー同志はメキシコでアイスピックを耳に突き立てられ死んだ(ノー・モア・ヒーローズ!)。そんな同志は死の直前までメキシコの山奥に足繁く通っており、ある部族を山村ゲリラ化せんと試みていた。同志の死によって計画は流産した。それでもトロツキー同志の蒔いた種は発芽した。もっとも、芽吹いたのは革命の薔薇ではなくだったのだが。

 鎌とハンマーは部族が崇めるブリニュという神が陰茎を怒張させながら横たわる寝床の表象であると受け取られ(共産主義者の失態! 神を生かしてしまったのだ)、「便利な井戸」を意味する「トットゥティスクォ」はトロツキストを語源とし(同志が身の上話をする過程で伝わったか)、集落の若者たちが祭りの際に興じる遊びの名前は「チョウェート」、ソヴィエトである!

 この部族は自らの呼び名をすら変じた。元々は「空の子たち」を自称していたこの部族は、現在「マフノの仲間たち」という意味の現地語で自らのグループを名指す。ある部族のアイデンティティすら変質させたトロツキー同志! しかし、ご存知の通りマフノとは、亡命前のトロツキー同志が共産党の皆と総力をあげて叩き潰したウクライナのネストル・マフノのことだ。墓の下の同志は困惑しきりだろう。失礼、生命活動の停止は単に他の物質への生成に過ぎないのであって、偉大なる唯物論者であるこの死者を生者にするのはよそう。


 チンゲンサイは、宇宙からもたらされた。

 故郷を思いかえすとき

 肌に浮かぶあの地層が

 筋と呼ばれる。


 こうして全ては流産するのではなく、不味く歪な地球の宇宙植物Space plant of the earthとして生き延びていく。俺が高校生の頃。母親の作るポーク・アンド・クリトリス(豚肉をバーボンで味付けし、母親の陰核を添えたもの。母親のそれはヒゲのように何度も生えてきた)が地獄の番犬も死ぬクソッタレさWTHで、そいつを来る日も来る日も捨てていた裏庭が、今ではキャロライナ・リーパーの農園と化している。農場主の「スモーキン」・エド・カリー曰く、「唐辛子とタバコは植えると土地が死ぬんだけど、ここ(元‐裏庭のことだ)は何をやっても死なないんだ。むしろ、土を舐めたオバマがこの前死んだ」。世界最狂の唐辛子のルーツは俺の母のクリトリスにあり、開墾者は俺というわけだ。


 そんな母を「ちんぽこ引き裂き虫」が殺して80年が経つ。「ちんぽこ引き裂き虫」はどこから湧いたのか謎の金を近くのモーテルで日がな一日自らの惰眠につぎ込んで過ごす、鹿殺しが趣味のまごうことなきホワイト・トラッシュだった。

 二つ名の由来は定かではない。曰く、彼は極度のサディストのゲイで、プレイがエスカレートしたある日恋人のペニスをマチェットで真っ二つにしたのが由来だと(カッサンドラのグリズリーとのとは違い、こいつはだぜ)。曰く、彼は露出狂で、牧場前の暗がりでロング・ライダースの下からぼろんと逃がされたそのナニが、目撃者曰くズタズタだったからだと。

 確実なのは、母が殺された夜に「ちんぽこ引き裂き虫」は大量のアンフェタミンで昏睡状態だったということ、母を鹿殺し用のMini-14で射殺した時の記憶はなかったということ、責任能力なしと判断されてシャバに出て来てからすぐに、クソでかいヘラジカに腹を貫かれて死んだこと、俺にはそこそこの金と母親が買い込んでいた数トンのスニッカーズが遺されたというこだ。

 父親は、俺にまだ自我がなく、いわば呻く肉袋だった頃に雷に打たれて文字通りした。アメリカ共産党員だった祖父母や親戚も赤狩りの最中にウルトラ・ライトどもに虐殺されてしまった結果、兄弟姉妹のいない俺は本物の独り身だ。今俺は、大量のスニッカーズをぶち込んだ倉庫が併設された、回線速度の速さだけが取り柄のクソダサいカーキ色のWi-Fiルーター、デカすぎるPCモニターだけでガランとした家で、どうかしてるほどフラフープの上手い連中の動画を観て暮らしている。


 旅に出ようと思ったのには特に理由もなかったし、あるいはいつでも思い立ちえた。結婚する天国と地獄もない(アラゴンだ。俺は詩が好きだ)チョコくさい毎日は何かをする暇だけは有り余っていた。

 フラフープを2000本回そうとして遠心力で身体が引きちぎれた男の動画をBestGoreで観たのを最後に、俺はありったけのスニッカーズをキャンプ用のカッサンドラの乳みたいなリュックに詰め込んで、履くのが楽でお気に入りのクロックスで足を包み家を出た。旅には水分が要る。近くのスーパーでペプシコーラを買えるだけ買った。ペプシマンは好きだ。なぜなら顔がないから。噂みたいにかっこよさと諧謔だけで輪郭が縁取られ、結局こいつはなんなのかわからないところが好きだ。

 逃げ水が遠くに見える夏に、ペプシとスニッカーズ、クロックスで旅へ。頭の中でプライマス『ポーク・ソーダ』をトラック1から再生して歩きはじめる。3曲目、町の出口近くの郵便局に差し掛かったあたりで母のクリトリスの臭いがした気がするな。

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