146 ワルプルギスの夜 魔法の森で暮らしている魔法使いのお話 その五 影たちの舞踊

 魔法の森で暮らしている魔法使いのお話 その五 リデル先生


 影たちの舞踊


 私があなたを救ってみせる。


 私のこと、忘れないでね。


 魔法使いのリデルは逃げ出した影たちを追いかけながら、「もう! なんでこんなことになっちゃったのよ!!」と泣き言を言った。

 そのいつも温和な顔に、今日は泣きべそをかきながら、リデルは魔法の杖にまたがって空を飛びながら、高速で薄暗い煉瓦造りの、地に口を開いた洞窟のような、あるいは巨大な空洞のような、大きな通路の中をひたすら前に向かって進んでいた。

 そんなリデルの魔法の杖の先端につけられている『魔法のランプ』の明かりが照らし出す、淡いオレンジ色の光の中には、『無数の逃げ出した影たち』が、まるで自分たちのことを必死で追いかけてくるリデルのことを、馬鹿にするように、あるいは、大人と一緒に『追いかけっこ』のような、そんななにかの遊びをしている小さな子供たちのように、はしゃぎながら、やはりとても速い速度で、リデルの前を走るようにして、逃げ回っていた。

「こら!! あなたたち、待ちなさい!!」

 リデルは叫ぶ。

 でも、そんなリデルの怒ったような声を聞いても、影たちはずっとふざけてばかりいて、反省する様子はちっとも見られなかった。

 影たちはリデルの前を、逃げ続けている。

 やがて影たちは煉瓦造りの通路を抜けて、巨大なダンスホールのような、貴族たちの晩餐会や、あるいは社交界の舞踏会がおこなわれているような、そんな巨大な宮殿の広場のような場所に抜け出した。

 一気に世界が明るくなって、(それは宮殿の天井にある巨大なシャンデリアと、そして無数のろうそくの火の灯った燭台の明かりのせいだった)影たちを追いかけて、そんな場所に突っ込んできたリデルは一瞬、その目がくらんだ。

 影たちはそこでばらばらの方向に走り出し、自分たちを追いかけてくるリデルのことを煙に巻こうとした。

 そんな中で、空中で一度回転をして、少し速度を遅くしたリデルは、そのまま周囲の状況を確認して、『目的の、ある一つの影の姿』をその中から探し出した。

 ……いた。あの子の影だ

 めがねの奥で、きらっと光ったリデルの目が、一つの見知った人物と同じ形をした黒い小さな影の姿を捉えた。

 それは間違いなく、ついさっきまで魔法学校の地下にあるリデルの仕事部屋を訪れていた、魔法学校の生徒の一人である、『あの子の逃げ出した影』だった。

「いた!! 見つけた!!!」空中で、上下、反対になりながら、リデルは叫ぶ。

 リデルはそのままとりあえず一旦、ほかの影たちのことは無視して、(あとで絶対に全員捕まえてみせるけど)そのあの子の影に向かって、斜め下方向に、直角の角度で、思いっきり、速度をあげて、全速力で、突っ込んで行った。


 ワルプルギスの夜


「こんばんは、メテオラくん。初めまして、私の名前はワルプルギスと言います。これからよろしくね」と通信機の向こうからワルプルギスさんの声がした。

「はい。メテオラです。よろしくお願いします」メテオラは頭を下げながら、ワルプルギスさんに答える。

「じゃあ話を続けるわよ。まず三人の目撃者の情報にはそれぞれ特徴があるわ。まずモリーだけど、彼女は魔法学校十三階で目撃した魔法使いのことを『侵入者ではなくて幽霊を見た』と大魔法使いソマリや森の大人たちに報告しているわ。実際に幽霊騒ぎが大きくなったのは、その本物の幽霊の模倣犯である偽物のせいなんだけど、幽霊という言葉を始めに使ったのはモリー本人なのよ。その理由は教えてもらえなかったんだけど、不思議なことに大魔法使いソマリも森の大人たちもその報告を正式なものとして受け取っているわ。モリーの嘘や冗談として捉えていないの。まるでもともと『魔法学校に幽霊が出るのは当たり前』だと認識していたみたいな対応なんだよね。ここがモリーの目撃情報の中の特徴としてあげられるところね」

 ワルプルギスさんの話にはメテオラの知らない新情報がたくさん含まれていた。メテオラはそれらをよく頭の中に記憶するように努めながらワルプルギスさんの話に耳をかたむける。

「それでデボラとアビーの場合はさっきマシューが話した通り、夜でもきちんと相手の顔や形を確認できるマリンの宝物の魔法具を使用していたってことね。それと遠くから偶然、見てしまっただけで、幽霊と直接会っていないということも特徴と言えるかな? モリーの場合もメテオラくんの場合もなんだか『幽霊のほうから二人に会いにきた』っていう印象を受けるからね」とワルプルギスさんはさりげなく怖いことを言う。

「そしてメテオラの場合だけど、なんといっても場所と時間よね。魔法学校の十三階付近ではなくて、しかも夜ではなく朝に幽霊を見たのはメテオラくんだけだわ。これはどういうことなんだろう? 明るい時間帯でも幽霊は動けるってことなのかな? ……それとも、すぐいなくなっちゃったってことだからやっ無理して出てきたってことなのかな?」

「もしそうだとしたら、どうして幽霊さんは無理をしてまで僕の前に現れたんでしょうか?」とメテオラはワルプルギスさんに聞いてみる。

「それはさっきもちらっと言ったけどやっぱりメテオラくんに会うためじゃないかな? モリーと違ってメテオラは夜の時間には普段、魔法学校にはいないんだし、会おうと思えば明るい時間帯に会うしかない……、ということだね」

「そうなんでしょうか? 別に夜にしか出歩けないのなら、僕の家を夜中に直接尋ねればいいだけの話じゃないでしょうか?」とメテオラは言う。

「うわ、メテオラくん。よくそんな怖いことが聞けますね。……すごいです!」とマリンが震える声なのに、なぜか嬉しそうにメテオラに言った。

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