103 灰の谷 魔法の森で暮らしている魔法使いのお話 その四 焔の厄災

 魔法の森で暮らしている魔法使いのお話 その四 歴史学者 マオ


 焔の厄災


 私はただ、本当の歴史が知りたいだけなんです。


 あの日、あのとき、あの場所で、本当はなにがあったのか? それを、……私は本当に知りたいんです。


 魔法の森の英雄


 世界にはたくさんの英雄と呼ばれている人たちがいる。僕たちの暮らしている魔法の森にも英雄はいる。

 大魔法使いソマリお兄ちゃんのことだ。

 ソマリお兄ちゃんが森の英雄と呼ばれるようになったのは、焔の厄災と呼ばれる大戦争を引き起こした先代の大魔法使い、アスファロットを倒したのが当時十歳だった天才魔法使い、ソマリお兄ちゃんだったからだ。

 その功績によって、ソマリお兄ちゃんは森の代表である大魔法使いになった。

 でも、ソマリお兄ちゃんは、古い森の時代のことを僕たちにはなにも話してくれなかった。(それはソマリお兄ちゃんだけではなくて、マグお姉ちゃんも、それから厄災を生き延びた魔法使いたちのすべての人がそうだった) 

 古い歴史は封印され、真実を知ることは、あるいは語ることは誰にも許されることではなかった。

 たった一人の、本当に純粋な心と好奇心を持った、(その人は、いつもきらきらと光る大きな目をしていた)少し変わった魔法使いの女性以外には。(その女性の魔法使いに、メテオラは密かに憧れを抱いていた。なんとなく、一度も会ったことのない、お母さん、に似ているような気がしたからだ)


 本当のこと(あるいはとても大切なこと)を知るための歴史の授業


 ……あの、真実を知ることは、いけないことですか?


「では、歴史の授業を始めます」

 と、魔法学校の歴史の先生である魔法使い、マオはメテオラたちがいる魔法学校の教室の教壇の前に立って、そう言った。

「今日の授業は特別な授業を行います。それは、森では禁忌とされている、『焔の厄災』についての授業をします」

 にっこりと楽しそうに笑って、今から森のルールを破って、探ってはいけないとされる歴史の授業をします、と堂々とメテオラたち生徒の前で言い切った。

 その言葉を聞いて、メテオラたちはみんな、びっくりした顔をした。(ずっと居眠りをしている天才魔法使い、マシュー以外は)

 真面目なメテオラ、ニコラス、アネットは三人ともその目を大きくしてびっくりした顔をしていたし、あまり真面目ではない不真面目なデボラ、アビー、マリンも体の動きを止めて、びっくりした顔をしていたし、そして、なぜか、(いつも人一倍優しい)シャルロットは一人、むっとした、とても怒ったような顔をしてマオ先生のことを見つめていた。

 こんなとき、「あのマオ先生。質問があります」と言って、最初に声をあげるのはアネットなのだけど、このときはずっと固まったままでいるアネットの代わりにシャルロットが「マオ先生。質問があります」と怒った顔をしたまま、手をあげてそう言った。

「はい。なんでしょう? シャルロットさん」にっこりと笑って(まるですごく怒っているシャルロットのことをなだめるようにして)マオ先生は言う。

 しかし、シャルロットは、その顔をいつもの優しい(シャルロットらしい)温和な、春の太陽の下でさく花のような明るい笑顔にすることはなかった。


 灰の谷


 幼き日の思い出


 その日、メテオラとニコラスは一緒に森の中を歩いていた。

 ニコラスはメテオラの隣であくびをしている。すごく眠たそうな顔だ。

 昨日の遊び疲れが残っているのかもしれないけれど、いつもの元気の反動は、こういうときに出るものらしい。

 生い茂る緑の美しい森から吹いてくる清らかな森の息吹を肌で感じて、メテオラはゆっくりと深呼吸をした。空気は澄んでいて、とてもよい午後の時間だとメテオラは思う。ニコラスが眠くなるのも、なんだかわかるような気がする。

 ただ、一つだけ気になることといえば、やはり空の様子だった。ここ最近の間、ずっと雨が降り続いていた空には今日も暗い雨雲が覆っている。今朝は一旦、天候は落ち着いたのだけど、午後になってまた急に天気が変化の兆しを見せてきた。

 ……風も少し強くなり始めている。

 メテオラの『風読み』の感覚では、このままいくともうすぐ雨に……、そして今日の夜か明日には大雨、あるいは嵐になるかもしれない。

 それがメテオラには気がかりだった。

「あ、メテオラくん、見えてきたよ」ニコラスが言った。

 ニコラスの指差す先には森が開けた風景が広がっていて、その向こうには確かにメテオラたちの目的地であるモリー先生が暮らしている『灰の谷』があった。

 本来、灰の谷をメテオラたち森の魔法使いが訪れることはまずないことで、普段は墓守をしている魔法使いが一人いるだけだった。

 その墓守の魔法使いこそ、魔法学校の先生でもあるモリー先生だった。

 実際に二人が灰の谷に着くと、そこに動物や植物の姿はなく、魔法の森に溢れている生命の息吹を感じることはなかった。

 谷の間を冷たい風が吹き抜けた。

 灰の谷とはそんな寂しい場所だった。

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