大きいね。世界ってさ。(旧)
雨世界
1 二人の始まりの朝
大きいね。世界ってさ。
プロローグ
イメージシンボル 君の寝顔
子猫の涙
……見つかっちゃった。
ある日、家の近くで、一匹の子猫が涙を流して、泣いていた。
なぜその子猫が泣いているのか、僕にはその理由がよくわからなかった。僕は猫ではないし、あるいは、そこで泣いているのが誰かほかの人間であったとしても、僕にはその人が泣いている理由が、よくわからなかったと思うけど……。
「どうしたの? どうして君は泣いているの?」
僕はその場にしゃがみこんで泣いている子猫に向かってそう話しかけてみた。幸いなことに近くに人はいなかったから、そんな少し恥ずかしいことを、僕はそのときすることができた。
時刻は夕方で、世界は真っ赤な色に染まっていた。
赤色と子猫と僕と静かな時間。
なんだか、いろんなことが想像できそうな時間だった。
子猫は「にゃー」と鳴いて、僕の差し出した手に頬ずりをするようにして、甘えてきた。
「よしよし」
そう言って、僕は子猫の頭を撫でた。
子猫は僕が頭を撫でたことを、すごく喜んでくれたみたいだったけど、それで泣くのをやめたりはしなかった。
子猫は相変わらず、ずっとその二つの綺麗な瞳から透明な涙を流し続けていた。
僕は困ってしまった。
この泣いている子猫をほおっておいて、どこかに行くなんてことが、できなくなってしまったのだ。
でも、この子猫を家に連れて帰るわけにはいかないし、さて、どうしよう? と困っていると、「なにしているの?」と後ろから誰かに声をかけられた。
誰もいないと思っていたので、僕はすごく驚いたのだけど、後ろを振り返ると、そこにいたのは君だった。
「なんだ。君か」僕は言った。
「なんだ。じゃないでしょ? それよりも、そんなところでなにしているの?」少し怒った顔をしたあとで君は言った。
どうやら僕に対する怒りよりも、僕の不思議な行動に対する好奇心のほうが、君の中で勝っているようだった。
「ほら、子猫がいるんだ。泣いている子猫だよ」と僕は言った。
「子猫? 子猫なんてどこにもいないよ」と不思議そうな顔をして君は言った。
「え?」
僕はそう言って、視線を君から移動させて、泣いている子猫のいる場所を見た。
……しかし、そこには確かに君の言う通り、泣いている子猫なんていなかった。
そこには赤い色に染まっているアスファルトの道路があるだけだった。
「おかしいな」僕は言った。
「おかしいのはあなたでしょ?」と君は笑いながらそう言った。
僕は君の笑顔を見た。
どうやらいつの間にか、僕のところを飛び出して行った君の怒りはおさまってくれていたようだった。
「ほら。なにしているの? 家に帰ろうよ」と君は言った。
「わかった。家に帰ろう」と僕は言った。
僕は君と手をつないで、僕たちの家に二人で一緒に帰ることにした。(そもそも僕は、君を探すために家を飛び出したのだった)
「本当にいたんだよ。泣いている子猫」
僕は帰り道で、泣いている子猫の話を君にした。
「そんなのいないよ。子猫が涙を流すわけないじゃん」
笑いながら、君は言った。
結局、君は最後まで、泣いている子猫の話を信じなかった。
そのうち、もしかしたら、本当に泣いている子猫なんていなかったのかも知れないと、僕も思うようになっていた。
僕は君の顔をじっと見つめた。
そこには赤い夕焼けの色でよく見えなかったけど、確かに、君の涙を流したあとが残っていた。
「どうしたの?」と君は言った。
「なんでもない」とにっこりと笑って、僕は君にそう言った。
変身
私はここにいるよ。
……今、私の隣にいてくれない、あなたのことを思い出しながら。
君の瞳はいつもきらきらと輝いていた。あらゆる不可能なことを可能にすることができるような、そんな不思議な瞳をしていた。
猫みたいだってよく言われてた。
確かに私は猫によく似ているし、仕草も性格も顔も猫っぽかった。
誰かにうまく甘えることもできなかった。
一人が好きだった。
気楽な生活が、毎日ごろごろしているだけの日常を宝物のように大切にしていた。
いつまでもこんな暮らしを続けることはできないってわかっていた。
どこかで必ず私は今の幸せのぶん、誰かのためになにかをしなくてはいけないのだとわかっていた。
幸せはただではないのだ。
当たり前の毎日が当たり前ではないように、私は自分でも気がつかないうちに、ほかの名前も顔も知らない誰かの命によって守られているのだと知っていた。
でもまだもう少しだけこうしていたかった。
幸せな家の中で、暖かい陽だまりの中で、時間を気にせずに、ただぼんやりと、眠り続けていたかったのだ。
私が王子様と出会ったのは小学校五年生はときだった。
王子様は頭が良くて、顔もかっこよくて、性格も良くて、人望もあって、誰にでも優しくて、先生たちからの信頼も厚くて、いつも教室の中心にいるような人だった。(私とは大違いだった)
「これからの人生において、もっとも僕たちが大切にしなければいけないことはなんだと思う?」
ある放課後の日、そんなことを王子様は言った。
「大切にしなければならないこと?」
私は言う。(王子様は『大切』と言う言葉をよく口にした)
「勉強して頭のいい高校や大学を目指すこと? それとも新しいアイデアや技術を考えてお金を稼いだり世の中の役に立つことかな? それとも自分自身を磨いて周囲の人たちから、あるいは自分自身から評価されることだろうか? 君はどう思う?」
にっこりと笑って王子様はそう言った。
「そんな難しい質問の答えなんて私には全然わからないよ。私の学校の成績よく知っているでしょ?」
笑いながら私は言う。
「茶化さないできちんと質問に答えて。僕は真剣そのものなんだよ」
王子様は言う。
開けっぱなしの窓から夏の終わりの風が私たち以外誰もいないからっぽの教室の中に吹き込んでくる。
その髪が綺麗な王子様の髪を優しく揺らしている。
「ごめん。真剣になって考えてみたけどやっぱり全然わかんないや」
冗談ぽい口調で私は言う。
「そっか。残念だな」
少しだけ身にまとっていた緊張を振り解いて王子様は言う。
それから王子様は一度だけ赤色に染まり始めている窓の向こう側にある空に目を向けてから、私に視線を戻して、しっかりと私の目を見つめながら「じゃあ正解を言います。それは自分の『愛する人』を見つけることです」と本当に優しい顔をして笑いながらそう言った。
子猫の姉妹
……あなたがそれを、望むなら。
探し物はなんですか?
あるところに貧しい七匹の子猫の姉妹がいた。
その末っ子の子猫が、世界のどこかにいるお母さん猫を探しに行くことにした。
待っていてくださいお姉様。
私が必ずお母様をみんなの元に連れて帰ってみせますわ! そう言って、末っ子の子猫、きららは急に走り出して、雨の降る街の中に飛び出していった。
待ちなさい! きらら!! そんな危なっかしい末っ子の世話をしている一つ上の姉の子猫のあかりは急いでそんなきららを追いかけた。
きららはみんなのねぐらの暗い街がどにある手作りのダンボールの家から、明るい街の中にある雨降りの道路の中に飛び出した。
あかりがどんなに言って聞かせてもきららはお母さんを探しに行くことをやめようとしなかった。
七匹の姉妹の中で、唯一、末っ子のきららだけが、お母さん猫にあったことがなかったのだ。
きららはそれがずっと不満だった。
絶対に自分もお母さん猫に会うんだと、駄々をこねた。
それがきららの夢だった。
あかりはそれがとても不安だった。
……ううん。ずっと怖かった。
きららがお母さん猫を求めるあまりに、お母さん猫が旅立っていった『猫の楽園』に、きららが一人で、(いつものわんぱくで好奇心に溢れたきららのように)私たち姉妹を置いて、行ってしまうのではないかと、……それがずっと怖かったのだ。
あかりはきららを追いかけた。
でも、雨の中で、あかりはきららの姿を見失ってしまった。
……雨。とても強い雨だ。
……お母さん。どうか、きららを守ってください。
あかりは願った。
そして、またあかりは懸命にきららを探した。
すると少ししてきららのお気に入りの小さな公園の横で、あかりはきららを見つけた。
きららは雨の中をきょろきょろと周囲を見渡しながら、(きっと、お母さん猫を探しているのだろう)それから雨のアスファルトの道路を横切って、向こう側の道まで移動をしようとした。
そこにちょうど、雨の道路を走る一台の車が猛スピードでやってくるのが、あかりの目に見えた。
きらら!! あかりは走りながら言った。
……お姉様? きららは後ろを振り返った。
その瞬間、ぶー、ぶー!! と言う大きな音がした。車がクラクションをならしたのだ。
え? きららが言った。
あかりは無言のまま、きららのいる場所まで全速力で駆けて行った。
それは、一瞬の『運命の交差点』だった。
気がつくと、あかりはきららを抱きしめながら、道路の向こう側に倒れ込んでいた。
……きららは、震えているけど、無事だった。
車はどこかに行ってしまった。(きっと、子猫になんて興味がないのだろう)
きらら、大丈夫? あかりは言った。
……うん。大丈夫。ときららは言った。
その帰り道。
ごめんなさいお姉様 。
でも私どうしてもお母様にあってみたかったの。と、 きららは言った。
もういいのよ、さあ家に帰りましょう。お姉様たちが待っているわ 。とにっこりと笑ってあかりは言った。
はい 。きららは答えた。
そうして、二匹は家路に着いた。(雨はいつの間にか止んでいた)
家に着くと、五匹の子猫のお姉様たちが、きちんと無事に自分たちの家に帰ってきたあかりときららの二匹の子猫の姉妹を迎えてくれた。
おかえりなさい。二人とも。とお姉様たちは言った。
ただいま。と子猫の姉妹は二匹で一緒にそう言った。
もし、願いが叶うとしたら、君はなにを願う?
魔法使いという種族について
その一、魔法使いは空を飛んで一生を終える種族である。
その二、魔法使いの魔法とは空を自由に飛ぶことである。
その三、魔法使いはその生涯をかけて自身の魔法使いの研究をする。
その四、魔法使いは森とともに生き、森とともに死する種族である。
その五、魔法使いが死ぬと、その魂は根元の海と呼ばれる場所に還っていく。
その六、魔法使いは魔法樹という大樹を信仰する。
その七、魔法使いは他種族と交流を持ってはならない。
古い大きな地図
あなたと一緒に地図を見る。
それから二人で、冒険に出かける。
……まだ見たこともない場所に。
わたしとあなたの、二人の頭の中にしかない場所に。
本編
二人の始まりの朝
……僕も、お兄ちゃんみたいな立派な大魔法使いになれるかな?
とんとん、と玄関のドアを叩く音がした。
メテオラはその音を聞いて目を覚ますとむっくりとベットから起き上がって、それからベット脇に置いてある森の草や木のつるを編んで作った手作りのスリッパをはくと、まだ少し眠たい目をこすりながらよたよたとした足取りで玄関のドアの前まで移動して、そこから早朝の訪問者に声をかけた。
「えっと……、どなたですか?」
「私よ。声でわかるでしょ?」
確かにわかった。声の主はメテオラの隣の家に住んでいるメテオラの保護者であり、また魔法学校の先生でもあるマグお姉ちゃんだった。メテオラはその声を聞いて玄関のドアを開ける。するとそこには上から下までぴしっと魔法使いの正装に身を包んで魔法学校に向かう準備を完璧に整えたいつも通り凛々しい顔つきのマグお姉ちゃんが立っていた。
それだけでなくマグお姉ちゃんは右手には自分の背丈と同じ長さの魔法の杖を持っている。その姿はどこからどう見ても文句のつけようのない魔法使いのお手本のような格好だった。
頭にかぶっているとんがり帽子も、着ている上質な布を使ったローブも、その下の裾の長いスカートも、足元の革靴も、肩にかけてるカバンも、全部が全部完璧だった。
そんなマグお姉ちゃんの服装はすべて黒で統一されている。それはマグお姉ちゃんだけではなく森で暮らしているすべての魔法使いが皆そうだった。黒は魔法使いの色なのだ。
「おはよう、メテオラ。今日もよく眠れた?」マグお姉ちゃんはメテオラにそう質問する。
「はい、よく眠れました」メテオラはいつものように、マグお姉ちゃんにそう返事を返した。
すると、マグお姉ちゃんは満足そうにうなずいてから、メテオラの寝起きでぼさぼさの頭を優しい手つきでそっと撫でてくれた。それからマグお姉ちゃんは家の中に移動する。メテオラは玄関のドアを閉めると、そんなマグお姉ちゃんのあとについてとことこと歩いて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます