一章第一節:ゲームってすごいよね、いろいろと


 一つ昔話を挟むとしよう。昔話といってもそれ程昔ではない。今よりほんの少し前のとある男の話だ。


 しがない研究所の寂れた一室にその男はいた。彼はいつもそこで、量子力学と心理学を主に研究していた。量子力学というのは、平たく言うと原子や電子と言った微細なものの動きを解析研究する学問である。また、心理学というのは字面の通り人の心を研究する学問である。


 彼の所属する研究所では、[人の心を電気的に解析制御する]ことを議題としていた。つまり、人の心を制御するということである。勿論そんな研究が表立って行われていいわけがない。倫理観と道徳心に反するからだ。研究を進めるに当たって諸々浮上する問題の解決策として彼が立案したのが[VRMMORPG]による研究である。そして見事、彼はプロジェクトリーダーとしてそのゲームを作り上げた。


 そのゲームタイトルは[Fantasy・World(ファンタジー・ワールド)]。その名の通り、幻想的な世界観を売りとした王道RPGである。また、ファンタジー・ワールド最大の売りは各自が様々な異能を使えることにあった。ゲーム完成後は研究所が主体となって、新作ゲームのデモプレイと称して研究の為の被験者を募った。来る者拒まず、老若男女問わず、参加希望したものは全員テストプレイヤーとしてそのゲームをプレイした。

プレイヤー人口は約500人。各々が自由にゲームを楽しんだ。研究の方も順調に進み、ゲーム立案から製作までこなした彼は研究所のトップになった。


 ここまでなら、まだ平和な話。しかし、この話の本題はここからである。トップになった彼は豹変した。これまでの研究所のやり方を一新し、研究内容をより本格的に、より非人道的に行うように指示した。当然、彼に反発する者が続出し研究所のメンバーは彼を含め三人になってしまった。三人になっても研究は続いた。そしてゲームも問題なく運営された。それは、彼が天才であるが故に成し得た偉業と言える。


 そして現在、残った二人のメンバーもいなくなり彼は独り研究室の机で研究している。500人あまりの被験者と共に・・・。


 彼はゲームの中身を手直し、ゲームタイトルを改正した。それが現在、彼が独りで運営管理しているVRMMORPG[Chaos・World(カオス・ワールド)]である。



 ふと辺りを見回すと、瑞希は暗闇に立っていた。記憶が正しければ、先程まで細い路地で[如月瑠璃香]と名乗る少女と話していた。そこで、[逸脱者]にならないかと提案されて承諾し少女にカオス・ワールドという場所に連れてこられる筈だった。そこで急に意識が途絶え、気付いたらここに立っている。何を言っているのか分からないと思うが、俺も分からん。


「・・・う~ん。俺はさっきまで路地裏で超絶美少女と話していたよな?ということはここが、カオス・ワールド?」


 一人暗闇で思考を巡らせていると、暗闇の奥から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ごめんね~、待った?」


と見事なツインテールが愛嬌満点でこちら側に走ってきた。路地で会い、瑞希を逸脱者に勧誘した張本人、如月瑠璃香である。走る度に揺れるツインテと愛らしい表情がなんともカワイイ。


「いや、今来たところだから。」

(って、今のシチュエーションと会話ってデートの待ち合わせに起こるテンプレイベントじゃん!)


と一人で興奮してる瑞希に瑠璃香は


「なんか、今の会話デートの待ち合わせみたいだね。」


と少し恥じらいながら言ってきた。


(それな!)と激しく心の中で同意していたが、いきなり大声で叫ぶと不審がられるので


「そっ、そうだな。」


と若干裏返った声で返答した。

(しょうがないじゃん!デートの待ち合わせ、しかもこんなカワイイ子となんてしたことないんだからさ!)


 キョドった瑞希を意に介さず瑠璃香は話を続ける。


「改めて、ようこそChaos・Worldへ!」


と両手を広げ歓迎のポーズをした。


「この世界について色々説明するんだけど、先ずは瑞希にこれを言わなくちゃいけないの。実はね、ここはゲームの中なの!」


 瑠璃香からそう宣告され、瑞希はしばらくショートしたあと一泊遅れて


「・・・えええぇぇぇぇ!?」


とリアクション芸人に負けず劣らずの盛大な反応を示した。あまりに唐突に大きな声で叫んだので瑠璃香もつられてビックリしてしまった。


「わっ悪い・・・。」


いきなり大きな声を出してしまい瑠璃香を驚かせてしまった。

(紳士としてあるまじき行い・・・)

しかしそれも無理からぬものだろう。瑠璃香との会話の流れから言って、絶対異世界転移するものだと思っていたばかりに、今いる場所が現実のゲームの中と聞かされ驚愕を隠せるはずもない。さらば愛しき、俺の異世界生活。


 更にゲームの中に入る工程を踏んだ覚えがない。今の技術で、意識をVR空間に落とし込むことは可能である。現に数は多くないがVRMMORPGのゲームは出回っている。しかし、それには何かしらの機器が必要であり、そんなものを付けた覚えはない。


「まぁ、色々聞きたいことはあると思うけどこれだけは言わせて。」


そう言って瑠璃香は改めてこちらを見つめ真摯に訴えてきた。カワイイ。


「確かにここはゲームの世界だけど、異能はちゃんとあるから。」


と瑞希にとっての本題を的確且つ簡潔に言った。それを聞いて、瑞希は[どうやってこのゲームに入ったのか]等の疑問は消え去った。それ程までに瑞希にとっての異能の存在は最重要事項であった。

(あぁ、もともと異能が使えるって話でここまで来たんだ。細かい話は今はどうだっていいぜ!)

確かにいろいろ疑問は尽きないが、眼前の美少女が真摯にこちらを見つめてくれているんだ。大抵の問題はどうでもいいだろう。というか美少女と見つめ合うとかいろいろとやばい。


 ここがゲームであるという告白に思いの外動じない瑞希を見て安堵した瑠璃香は


「よかった!もっといろいろ質問攻めに合うかと思ってたよ・・・。じゃあ、お待ちかねの異能について話していくよ!」


と愛嬌たっぷりに言った。カワイイ。



 この後瑞希の異能の正体を探ることになるのだが、まさかあんなことになるなんて・・・。

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