第3話
目がさめた。
携帯の時刻はもう四時過ぎだった。昔のことを考えているうちに眠りこけたらしい。当時は他愛もない会話だったけれど、今ではめったに見られない楽しい夢。
急に喉がすっぱくなって台所で吐いた。唾液が腐ったような匂いがする。
窓を開けると少しぬるい風が入ってきた。
窓から勤務先の工場が見える。明日からあの建物の中であたしはいびつな歯車の一つになる。
「いきたくねーなー」
誰もいない部屋が言葉を吸い取っていく。
二浪して結局、高卒のまま地元ブラック企業で頭と体がぶっ壊れて今に至る。人生が狂い始めて七年。これ以上は無理だという気がしてきた。もう続けていられない。
さっきの夢。ひょっとして……。
あの女が原因なのか。
下校中のあたしに声をかけてきた。明美の言ってた奴かもしれない。でもおばあさんじゃなかった。見たことのない青白い顔。
「タカコを見かけませんでしたか」
「知りません」
つい答えてしまったあたしは怖くなって全力で坂を駆け上がったところまでは覚えている。
その女は二度と見かけることはなかった。
あたしの幸運を盗んで街を出ていったに違いない。きっとそうだ。
だったら取り返せばいい。いっぱい持ってるやつから。
あたしは団地の階段を駆け下りる。道路に出てパジャマのままなのに気づいたけどどうでもいい。
壊廃した果樹園のとなり、駐車場を抜けて降りていく。誰だっていいんだ。あたしの苦しみを全部背負ってくれるなら。
坂下に立った。
朽ちかけたハンノキのむこう、校庭に続く階段が見えた。かつての学び舎への道。 この呪いを解くには誰かに渡さないといけないんだ。渡したらあたしは自由になってここから出ていける。
あたしの影が伸び切ってやがて太陽は山影に姿を消していく。
やっと向こうから重そうなカバンを持って誰かが歩いてくる。母校の制服だ。いまどき律儀に教科書を自宅に持ち帰るなんて珍しい。
彼女はそばまで来ていきなり飛び退った。携帯に注意を取られ、あたしに気が付かなかったらしい。
「あのー、タカコをみませんでしたか」
「し、知らないです」
いきなりびっくりするような速度で走り出した。
あははははははは!
笑いすぎて涙が出る。あたしもあんな怯えた顔をしていたに違いない。大笑いなんて何年ぶりだろう。
伝説は受け継がれていた。これできっとループが閉じたにちがいない。
あたしは団地の部屋から、この町から脱出するんだ!
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