第1話:始まりはいつだって突然__。
六月、その日も放課後を知らせる聞きなれたチャイムが流れる。
生徒からすれば、それは解放を知らせる合図。
このまま残って勉強する者、待ちに待った放課後の為急いで遊びに行く者、部活に励む者、揃って机に向かっていた者たちがそれぞれ好きなことを実行できる時間がやってきたのを意味していた。
ここ碧明高校の1年生である『水無月ましろ』も「一応」部活に勤しむ女子生徒だった。
生徒たちが次々と教室から離れていく中、彼女はゆっくりと机の中のノートや教科書をカバンの中へしまい。
机の横にかけてあった手提げ袋と自らのカバンの両方を「よいしょ…」と声を漏らして持ち、自分の席から立ち上がった。
「ましろ、もう帰るでしょ?ちょっと稽古の前に時間があるから付き合ってほしい店があるんだけど?」
ましろが立ち上がったことを確認したからか、小柄な赤毛のクラスメイトがましろの元にやってきてそう問いかけた。
「あー、こころちゃん。ごめんなさい。今日は部活の日なんです。明日ならおやすみなんですが…。」
『こころ』という名前の少女は、ましろの親友であり従妹でもある彼女にとって深く縁のある少女であった。
小柄な赤毛の少女は何か思い出したかのように「あぁ、なるほど」と小さく声を漏らすと
「そ、仕方ないわね。ならまた明日誘うわ。あのシスコン教師によろしくね。」
と言って、ましろに向かって別れの挨拶とばかりに、背を向け一度手を挙げた後静かに去っていった。
小さく手を振りながらその背中を見守っていたましろは、こころの姿が見えなくなると荷物をぎゅっと持ち直し後を続くように教室から退室した。
教室を出たましろが向かうのは部室。
その部室というのは今ましろがいる第一教棟とは別の第三教棟の三階にある理科室。
ましろは、課題を見つけて研究または実験を行う『研究部』の部員だった。
ましろはあらかじめ職員室で受け取っていた鍵を使って理科室に入ると、年季が入り埃臭さのある教室の窓を少し開けて空気を入れ替える。
カラカラと音を立て窓を開けると、もうすぐ夏がやってくることを知らせるように少し暖かい風が教室の中へと入ってきた。
ましろは一度深呼吸をすると、「よしっ」と一言言い、いつものお気に入りの席へと向かった。
そのお気に入りの席というのは一番前の窓側の席で、目が疲れたときに運動場を駆ける運動部員の姿を見るのが彼女のこの時間のちょっとした楽しみでもあった。
「うーん。今日はどれを読もうかな…。えーと、あっ、これにしようかな…」
着席するとすぐに教室からわざわざ運んできた重みのある手提げ袋から一冊の小説を取り出すとそれを開く。
夕日の差し込む理科室で黙々と読書をする。これが彼女の所属する『部活』だった。
本来は研究部と称している部活であるが、部員は彼女一人で顧問は新任教師がやっているというあまりにも地味な部活であり、定期的に研究発表をするということを条件に存在が許されている奇妙な部活でもあった。
ましろが理科室へ入り本を広げ始めて1時間ほど経過したとき、理科室の再び開かれた。
「よぉ、ましろ。今日も真面目だな。」
理科室に入り、読書中の少女に声をかけたのは男性。
この部活に部員はましろ一人しかいないため、ましろの次にやってくるのは顧問を務める『神崎優弥』という新任教師しかいなかった。
「あ、先生。こんにちは。今日はすこし遅かったですね?」
ましろは手に持つ本をパタンと一度閉じて、優弥の方に視線を向ける。
彼女の質問に対して優弥は、手で額を押さえ、
「あぁ…、3年生の定期テストの採点をしててな…。40人6クラスを間違えないようにやるって意外と大変で…、それがやっと終わったと思ったら、手が空いてたからってもう1教科分追加されて、思ったより時間かかってしまった。」
と答え、職員室ではできなかったのか、「ううううっ!!」と声を漏らしながらぐぐっと体を伸ばし始めた。
そんな優弥をみてましろはふふっと声を漏らし笑い、「お疲れ様です。センセ」と一言呟いた。
優弥もそれを聞くと、小さく笑みを浮かべて「ああ。ありがとな」という返答をし、再びましろに背を向けた。
「じゃあ、いつもどおり俺は準備室の方にいるから何かあったら言ってくれ。…あぁそうだ。いつも言ってるが時間になったらそのまま帰ってくれて構わないからな?」
扉に手をかけ、思い出したようにましろに向かってそう言う優弥。
ましろはその言葉を聞くと「わかりました。」と言うと続きとばかりに再び本を開いた。
その様子を見た優弥は理科室のドアを開くが、一旦静止しもう一度ましろの方を見て恥ずかしそうに頭を掻きながら
「その…ましろ。いつも…ありがとな。」
と一言言いその場を立ち去った。
ましろは最初はぽかんとしていたが、不器用な彼のその言葉を聞いて、少し微笑むと再び目線を本に向けた。
優弥がお礼を言ったのにも理由があった。
この部活は表向きは研究部という名称だが、研究好きだけど騒がしい家で集中できない優弥に静かで自由な時間を与えるために存在しているような部活である。
前教師から喜んで引き継いで受けた顧問だったが、部員が軒並み卒業や退部をしてしまい所属する生徒がおらず廃部になるところを、ましろが「いいですよ。お兄ちゃんの為…ですから」と入部したことから首の皮一枚でつながっている。
部員1名という本来なら廃部になってもいいくらいの部活だが部費を最低限にしてもらうことによって許可を得ており、ジャンルは問わないから研究発表に必ず参加するという条件はあるが、ましろの協力もあってなんとか部は存続し、優弥は自分の研究に集中できている。
残されたましろはというと、発表期間が近づいたら優弥とテーマを考えそれを主軸にした研究などを行うことになっているが発表まで期間がかなりあるせいであまりやれることがなく、彼女はただ好きな読書を続けているだけとなっている。
少し変わっているが、それがこの二人だけの部活動。
彼女たちにとってはいつもの放課後。
それでも二人にとっては学校にいる間の楽しい時間でもあった。
それからどれくらい時間がたっただろうか、ましろは本を閉じてぐぐっと背伸びを一度すると視線を入口付近の壁に掛けられた時計へ向けた。
「もう18時22分…。今日もあっという間に過ぎちゃったな…。」
ましろは読んでいた本を手提げ袋へとしまい、急いで席を立ち理科準備室へと向かう。
というのも碧明学園の完全下校時間は19時になっており、19時には生徒は校門から全員出ておかなければならないため研究部は18時20分~30分の間で片づけをして下校するという約束があったからだ。
ましろは一度廊下に出て、すぐ右手にある準備室の扉を三回ノックした。
「あの、先生。もうすぐ18時半が来ますよ。」
ましろは扉に向かって少し大きな声で言う。
しかし、優弥からの反応は物音ひとつ帰ってこなかった。
(おかしいな…。寝てる…とか?ううん、先生に限ってそれはないかな…でも…。)
扉の前で少しの間悩んだ後ましろは、小さく「入りますね」と言い扉を開いた。
恐る恐る扉を開いた先にはいたのは、何やらぼそぼそと小さく呟き、ノートパソコンの画面を見て腕を組んでいる優弥。
その光景を見たましろは、
(お邪魔でしょうか…)
と考えたものの、一応帰る前に挨拶はしておくべきと思い、
「あのぅ、先生?もうすぐ下校時間ですよ?」
と言いながら相変わらず理解できないことをぼそぼそと言っている優弥に近づいた。
「ん、おわっ!なんだましろか…。どうした?」
すぐ近くにまでやってきたましろをみて少し驚いた様子を浮かべた優弥だったが、ましろの顔をみて、安堵を浮かべた後いつもの落ち着いた表情へと即座に戻した。
「どうした?じゃないですよ。ほら時間、見てください。もう31分ですよ。」
ましろはパソコンの右下に表示されている時計を指さす。
優弥はそれをみて「うわ、ホントだ。夢中になりすぎたか」と少し小さめの声でつぶやいた。
ましろはその光景をみてくすくすと笑いながらも、優弥の机の上にあるものに違和感を覚えた。
(パソコンに、古ぼけた本と…あとはスマホ…?)
研究をすると言ってた割には、作業スペースがすっきりしているように感じたましろは、教師として生徒のデータ処理でもしていたのかと一瞬考えたが、やたら違和感を放つ見たことのない文字が書かれている表紙の本の存在がそれは違うと思わせる。
それにパソコンにつながれているスマホは、自分たちが持っているものとは違って美しいものに感じた。
「先生。それ…スマホですか?」
聞かない方がいいのではないかと思ったが、ちょっとした好奇心が彼女を動かした。
ましろの質問に対して優弥はすこし迷ったような仕草を見せた後少し間を開け
「んー、うまく説明できないが…見た目はともかくスマホではない…かな。ま、簡単言えば俺の爺さんが生前残した宿題を、俺なりに長年完成させようとしてこの形になっただけだ。」
と答えた。
その話を聞いてましろは一言「そうですか。あの物知りおじいちゃんの…。」と言いそれ以上は何も言わなかった。
優弥の表情を見て、なんとなく『それ』に関して優弥が話しにくそうにしていると感じたからだった。
「さーてと、こいつのことはいいからましろ。理科室閉めてこい。こんな部だし、50分には出とかないと生徒指導の先生が文句言ってくるしな。」
いつもの通りの優しい表情を向けた優弥の言葉にましろは「はい!」と言って、理科室へと戻った。
非常に暖かくなってきたため脱いであった制服の上着を羽織り、静かに風が吹き込む開いた窓へと向かう。
開けた時と同じカラカラと小さな音をたてて窓は閉まっていく。
「…え?」
窓を閉めながらグラウンドへと視線を向けた瞬間、ましろはその違和感に気づいた。
その光景をみて一瞬凍り付いたが、即座に我に返り
「先生!!来てください!!」
ましろは自分のできる限り大きな声で、準備室の優弥を呼ぶ。
普段落ち着いているましろの声の感じからただ事ではないのかと思った優弥は「どうした!」と急いでましろのもとへと駆け付ける。
「あ…あれです」
ましろは優弥の顔を一瞬見て、グラウンドを指さす。
優弥はその指が指す方向をみて、「なっ…」と言葉を失った。
ましろが指さした先には、倒れている人。
それも一人や二人ではない。グラウンドにいた生徒や教員のすべてが倒れていた。
「せ、先生、これ。なんですか?なんで…なんでみんなっ…。」
ましろは震える声で優弥に問う。
「いや、俺にもわからん…だが…っ!?」
その光景をみてましろ同様に困惑していた優弥は、「これはっ!」と言葉を漏らしと何かに気づいた様子を浮かべた。
「…ましろ、ここにいちゃだめだ。逃げるぞ。」
優弥はましろの手をつかみ急いで駆け出す。
手を引かれたましろは何が起きたのか何が何だかわからず動揺したままだが頼れる相手が優弥しかいないため、引かれるままに足を動かした。
「先生、一体何が起きてるんですか!?」
手を引っ張られるままに足を動かすましろは優弥に問いかけるが、彼は「今は言うことが出来ない!」としか答えてはくれなかった。
二人は廊下に出て走る。階段は北側と南側にあり、幸い理科室はその校舎の一番南側に位置していたため
そのまま南側の階段から降りようとしたが、
「っ…!?こっちはまずい!仕方ない…非常階段使う!」
なにかを悟った優弥の言葉に声もなくコクコクと頷くましろ。
廊下をさらに進んだ先にある非常階段まで二人は急いだ。
「ここだ。ちょっとまってろ!」
ドアノブにかかったカバーをたたき割ろうとしたその瞬間。
「おおっとどこへ行こうとしているんですか?神崎先生。緊急時でもないのに非常階段とは…。」
背後から男性の声。
二人は恐る恐る振り返るとそこにいたのはジャージを着たガッチリした体系の男性。
「さ、斎藤先生…。」
ましろはその男性の姿を見て彼の名前を言うと「ふぅ…」と息を漏らし安堵した様子を浮かべる。
しかし、優弥は彼を睨み続けた。
「今が緊急時じゃなかったらいつが緊急時なんだ?…ましろ。こいつは斎藤先生じゃない。その姿を真似た別の『ナニカ』だ」
ましろが優弥の言葉に対して「え?」っという言葉を発する前に、そのナニカと呼ばれた存在は、斎藤という教員がするはずのないギャハハという大きな声で笑い始めた。
「いやはや、流石!ですねぇ…。私の正体を一瞬で見破るとは、
組織関係者だった者の血がそうさせるのか…あるいは…。そのポケットにあるそれがそうさせたのか…ネ?」
優弥のスーツの右ポケットに視線を向けてニヤァっと笑顔を浮かべたナニカ。
「目的はなんだ。」
目の前の男からましろの姿を隠すように腕を広げて睨みつける優弥。
男は笑みを浮かべたまま
「用があるのは、貴方が持っているものと…あとは貴方自身ですねェ…。ぜひとも我々に協力していただきたく。こうして参上しましたァ。あァ、外にいる方々は眠っていただいているだけなのでご安心を…ワタクシ姿を偽ることができても目立つのは苦手でして…ネ。」
校庭のほうをちらちらと見ながら、とても人間とは思えない笑みを続ける男。
ましろは「
そのましろの様子を見た優弥は小さく舌打ちをした後、こぶしを作り。
自分の持てる力を込めて一歩、二歩と踏み込み殴りかかる。
その拳はナニカの鳩尾の部分へと直撃した。
__しかし。
「おやおや、乱暴ですねェ。…その様子ですとどちらの交渉も受け入れてもらえなさそうですねェ。」
優弥の拳は直撃したもののダメージを受けた様子がない。
それどころか笑みを浮かべ続けていた。その様子をみて、優弥は驚きの表情を浮かべた。
「お前…人間か…?」
そう言葉を漏らし、凍り付くましろを抱えながら距離を取る優弥。
しかしその優弥の言葉で彼が今どんな絶望的な状態か、その場で見ていたましろは察することができた。
「先生…。」
小さくつぶやいたましろの言葉で、優弥は一つの決断をすることにした。
「ましろ!これをもって逃げろ!」
優弥が右ポケットから出したそれは準備室でみたスマホのような端末。
「いいか、ましろ。何があってもこれは、誰にも絶対に渡しちゃだめだ。何があっても。絶対だ!!」
ましろにそれを押し付けると、優弥は目の前の男に視線を向ける。
「で、でも!先生は!?」
ましろの言葉に優弥は振り向かず
「できるだけ時間を稼ぐさ。心配するな。だから逃げてくれ。この場にない方が安心できる。」
と言った。
ましろは迷った挙句、何もできない悔しさのあまり涙を流し走り出した。
涙を流した理由はほかでもない、感じた殺気に、通用しなかった優弥の拳…きっと優弥は助からない。そう思ったからだ。
一階、二階と飛び降りるように逃げるましろ。
その体は自然と軽く、走る速度もいつもより早く感じた。自分のできる限り急いで校舎を抜け、グラウンドまで逃げてきたそこには____。
倒れている生徒や教員たちと
…さっきまで3階にいたはずのあの男。
「いやー、いけませんねぇ。早く逃げろと言っていたのに、のんびり校舎を降りるとは!まるで捕まえてくださいって言ってるようなものですねェ。」
男は、そう言葉を吐くとハハハと大きな声で笑い声をあげる。
「な…なんで…?」
ましろは、小さくつぶやく。
「なんで?あの程度の高さから落下する程度、造作もない。この『世界の人間』と違ってねェ?」
ましろの声が、聞こえていたのか男はニタァという笑みを浮かべてましろを見る。
「違う…、そんなことじゃない。先生を…。先生をどうしたんですかっ!?」
焦りと不安からましろの声はいつもよりもはるかに大きな声になっていた。
「先生ィ?あぁ、あの男は…。協力するなら生かしてやってもよかったのですがねェ?あまりにも反抗的だったので殺しちゃい…まーしーたァ!」
男はさらに高いテンションでましろを嘲笑う。
「あ…。ぇ…?ころ…し…?先生が…?うそ…嘘…。」
男の言葉を耳にしたましろは、その場に崩れ落ちる。
「そういうことです故、その渡されたモノを私にいただけませんかねェ。素直に応じてくれたら、ここで寝ている皆さんのように命だけは助けてあげることを約束しましょう。」
___一歩…。
男は、ゲスな笑みを浮かべてましろに近づく。
___二歩…。
男は「さあ」と言いながらましろに近づく。
___三歩…。
今すぐこれを渡さなきゃ殺される。
という恐怖がましろの心を支配する。
___四歩…。
(渡さなきゃ…死にたくない…。)
そのときふと殺されたという優弥の顔がましろの頭によぎった。
恐怖で入らなかったましろの力が少しずつ足に戻ってくる。
「…さない。」
風の音だけが響くグラウンドに、ぼそりと声が聞こえた。
「アァ?」
男が足を止め、わざとらしく手をあてて耳を澄ます。
「許さない。」
声の主は___地面に崩れ落ちているましろだった。
「…さない。許さない。許さない!!!お兄ちゃんを殺した貴方だけは!絶対ッ!!」
全く入らなかったはずの力がだんだんと体中に宿り、叫ぶのと同時にましろは体にぐっと力を込めて、立ち上がる。
(なんでもいい。みんなを…お兄ちゃんをひどい目に合わせたこいつを倒す力を…!!!)
ましろがそう願うと右手に持っていた優弥から受け取った端末が光を放ち始める。
それは普通のスマホの画面から放たれる光とは、比べ物にならない眩い光。
だが、ましろの心はそれを気にしているほど余裕はなかった。
「…!?この力。まさか…!!!」
その光景を見た男は、思わず足を引いた。
『適合者確認。端末をかざしてください。』
男をにらみつけるましろの頭に情報が流れ込む。
『端末をかざし、起動ワードを答えてください「オーバールミナス、アクセラレート。」と』
目の前の男に一矢報いたい。ましろの頭にあるのはその感情だけだった。
そして彼女は疑うことなくその言葉に従うように端末を両手で持ち、腕を伸ばしたまま胸の前で端末をかざす。
「オーバールミナス!アクセラレート!」
ましろが、そう言葉を発した瞬間。端末が眩い光を放ちましろを包む。
『起動者確認___。了解。システム起動。…ローディング「ヴァリアブルプレリュードβ」』
端末から放たれた光はやがて消え、再びましろの姿が現れる。
しかし、その場に現れたましろの姿は制服を着た姿ではなく。
青みのかかった銀髪、金属製のパーツが所々装備されたぴっちりとした胸元の開いたスーツという姿。
大幅に変わった彼女の姿、それは「変身」というものに等しかった。
「なんだ!?オマエッ…!水色の髪にそのマナの質…まさか、『月の女神』!?」
男は、ましろの姿をみて驚いた表情を浮かべ後ずさる。
「覚悟…してください。私は、あなたを許しません。」
ましろはそういった直後拳を握り、地面を蹴ってとびかかるように男の方へと向かう。男は「クソォ!」と吐き捨て、化けの皮を剥がし、その手には長く強靭な爪が現れた。
男は飛び掛かってくるましろに向けて爪を振りかぶり、
「死ねぇ!」と彼女が間合いに飛び込んでくるタイミングを見計らい振り下ろす。
命中した自信は彼にはあった。
だが、振り下ろした爪の先、そこにはましろの姿はなく、その一撃はむなしく土煙を上げるだけであった。
「そ…そんな…馬鹿な!?どこに…。ハッ!!?」
男があたりを見回そうとしたとき、彼は自分の背後に気配を感じた。
気配だけでなくカチャリという金属音が後頭部から聞こえる。
立っていたのはほかでもないましろ。男が爪を振り下ろすよりもはやい速度で背後に回り込んでいたましろはどこからか小型の銃を呼び出し、男に向けてその銃口を向けて立っていた。
「自らの欲のために平和を乱し、大切な人の命を奪った…。貴方のような悪人は許せません…消えてください…。」
ましろが迷うことなくその引鉄を引くと、銃は光の弾丸を発射しその胸を貫いた。
「あ…が…っ。馬鹿な…こんなはず…ではっ!」
ナニカは胸に開いた穴を抑え震える声で呟き、力尽きたのかそのまま倒れこんだ。
力尽きた彼の姿は粉のようなものになり、校庭に吹き込む風によって土煙と共にどこかへさらわれていった。
「…終わった…。」
ましろは、握りこんでいた銃を手から離しその場に崩れ落ちる。
男と戦っている間に何が起こったかは自分にもわかってないが、終わったことだけはあたりの静けさから感じることができた。
「おにい…ちゃん…っ。」
謎の力によって正体不明の男を倒すことができた。しかし、失ったものが返ってくるはずもなかった。
不思議な姿のまま、ましろはその場に涙を零す。
その時、涙を流す自分の背後からかすかに物音が聞こえた。
「ましろ…なのか…?」
その声を聴いてましろは顔を上げ、振り返り声のする方へ視線を向ける。
そこにはボロボロになったスーツを着た優弥が驚いた表情で、こちらを見ていた。
「おにいちゃん…?」
死んだと思っていた人物をみて思わず言葉が漏れるましろ。
だが優弥も教え子の変貌した姿を見て驚いていた。
お互い、顔をしばらく見つめあっていたが、ましろは青年に向かって駆け出した。
「おにいちゃあああああん!!」
涙を流しながら叫び、そしてその体に抱き着く。
「うっぐえっ!」
想像以上の力で抱きしめられ優弥は思わず声を漏らす。
「よかった…。よかった!生きていたんですね!お兄ちゃん…!」
そんなことは知らずましろは喜びから優弥を強く抱きしめた。
「ぐおおおっ!ば、馬鹿!やめろ!ストップだましろ!死ぬ!死ぬって!」
優弥の言葉を聞いて、ましろは慌てて離れた。
「えっ?わわっ、先生。ごめんなさい…。」
自分が抱きしめたことによってハァハァと息を荒くした優弥を見て、違和感に気づくましろだったが、それは優弥も同じで彼の場合は彼女の姿の変化も合わさって、大きな変化に気づいていた。
「俺の方は奴に追い詰められてなんとか逃げようとして、飛び降りた場所がたまたまよかっただけだ。打撲と擦り傷で済んだだけ奇跡だよ。
____そんなことよりましろ、お前。その姿、それにその力…どうしたんだ。」
優弥は、感じた違和感について濁すことなく問う。
「ほえ…?姿…?えっ…何!?これっ!私いったいどうして!?ええっ髪の色も!?」
ましろは自分の体を見回し、大声を上げるほど驚く。
「気づいてなかったのか」
ましろの様子をみて優弥は聞く。
彼女はその綺麗な薄く青色に輝く銀髪を撫でながら
「無我夢中でしたから…」
と答える。
二人が少しこの異変について考えていると
「あっ」
とましろが突然声を漏らした。
するとその直後彼女の体が一瞬輝き、ましろの姿が元の制服姿に変化する。
「痛っ!?…ってあわわっ!!」
頭上に落下してきた端末をましろはキャッチしてもう一度自分の姿を見る。
「あ、あれ?戻った?よかったぁ…」
優弥はその光景を見て、顎に右手を当ててましろに起きた状況について考える。
たまたま視線を上げた時、優弥はあることに気づいた。
「お前のおかげでどうやら俺も、学校にいた人たちもあわせて助かったみたいだな。」
優弥が視線を向けた方向にましろも振り返る。
すると、さっきまで倒れていた生徒たちが気だるそうに立ち上がり倒れる前にやろうとしていた行動を続けている。
その表情から自分たちが眠っていたことも気づいていないのだろう。
不思議そうにしながら、あくびをして目を擦っている生徒もいた。
ほっと息をついていたましろだったが「ましろ。今日は帰りなさい。」とそんな彼女の握っていた端末を優弥は取り上げた。
「でも…」というましろに対して
「…いいかいましろ。今日のことは忘れるんだ。このことは他言無用にしておけ、今は…その方がいいはずだ。でも…もし忘れられない。気になって仕方ないなら明日放課後に理科室に来てくれ。だから…、今は忘れてくれ。」
優弥は優しくましろの頭を撫でて答える。
ましろは少しだけ顔を赤くして「うん」と答え優弥から距離を取ると
「先生、さようなら!」
と言って荷物を取りに理科室へ向かって走った。
忘れろと言われたが、さっきまでの非現実的な出来事をすぐに忘れるなんて無理だった。
ましろはなんとか忘れようと無理やりにでも自分の気分を変えるため好きなアニメの主題歌を口ずさみながら階段を上る。
「おい、水無月。完全下校時間はとっくに過ぎてるぞ!何している!」
二階に到達し、三階へと向かう途中で突然声をかけられ、ましろは足を止めて振り返る。
「ったく、校庭にも生徒が残ってるし、やけに怠いしなんなんだ今日は…」
とぼそぼそと愚痴る男性。
しかし、ましろはその顔を見て顔面蒼白になる。
「さ…斎藤先生ッ!?」
ちょっとずつ歩み寄ってくる斎藤。
「あ…あわわっ!!ご、ご…ごめんなさいーッ!!!」
ましろは思わずその場から逃げ出した。
___いつもと同じ日常になるとましろが思っていた今日。
それがまるで物語のような日常になってしまった。
これからどうなるのかなんて、当然彼女には想像できなかった___。
…そしてその日からましろは斎藤先生をしばらく嫌うようになった。
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