フリコ

三風 風矢

第1話 振り子の街

涼しい。どこからともなく流れてくる風が体に当たる。僕はすぐには起き上がらない。もう少しだけ風を楽しむことにした。涼しい。今、何というか、幸せな気分だ。僕は目を閉じて遠くの音に意識を向ける。フン、フン。なにかが規則的に揺れている。その音は僕の寝ている草原の上を走って、遠くまで行ってしまう。フリコだ。フリコの音だ。


ここはフリコという国。その名の通り、僕の住んでいるこの国の首都には大きなフリコがある。いつからあるのか、誰が作ったのか、誰も知りはしない。けれど、そのフリコは確かにそこにある。大きく揺れながら、悠然と大地を見下ろし、民を見守る。若者、老人構わずみんながフリコを知っている。この国の象徴であり、支え。実は、この国はフリコの生み出すエネルギーで成り立っている。名前はわからないけど、フリコの運動をエネルギーに変えることで、この国は生きている。だから、フリコを止めてはならない。みんながそう思っている。


僕は起き上がる。上半身を起こして胸いっぱいに風を浴びる。そして思う。僕らはフリコに生かされている。だから、フリコを信じれば、僕らは救われる。それから立ち上がる。そろそろ仕事の時間だ。とは言っても、僕はまだ16歳だから、父さんのもとでの修行。遅れるといけない。僕は草原を後にした。


父さんは、フリコの整備士をしている。その中でも、中枢部整備調整班長という、大変名誉な役職だ。僕も将来は父さんのような整備士になりたいと思う。今日もノートを片手に仕事の内容、コツを書き留める。この中枢部が少し整備不良になるだけで、全長300メートルのフリコは動かなくなってしまうらしい。僕はフリコの内部を見上げる。上の方は真っ暗でなにも見えない。ずっと見ているとなにか漠然とした恐怖が襲ってくる。すると上の方から恐怖ではないもの、正確には人物が降りてきた。マクと、その父親。マクは幼馴染の女性で、とても美しい容姿をしている。彼女はこちらに気がついたらしい。

「あ、 !こんにちは!今日もお父さんの手伝い?」

「まだ手伝いなんてできないよ。ただの見学。マクは?」

「私はお父さんの手伝い。ね!」

「へっ、手伝いって、ほとんど見てただけだろうが。」

マクは彼女の父親と仲がいい。僕はマクと別れて、また作業に目を向ける。父さんの手元は素早くて、僕には真似できない。それでも必死になって目で追う。仕事は夕方に終わった。


家で食事を済ませた。豪華ではないが貧相でもない。普通の食事。食器を洗い、乾かす。ひと段落がついたので休もうとすると、誰かが家のドアを叩いた。叩いたのはマクだった。

「お散歩、行こ?」

というわけで、散歩に同行する。行き先はさっきの草原。パン屋の前を通り、魚屋の横を抜けて、あとは真っ直ぐ歩けば、草原だ。夜の草原には不思議で神秘的な雰囲気が漂っていた。星空は明るく、天の川がよく見える。そこにそよそよと風が吹いて、草花が揺れる音を目をつむって聞いてみる。幻想的なムードだ。そんなムードの中、少し涼んでから、もう一度歩き出す。今度の目的地はフリコだ。大通りをひたすらに真っ直ぐ歩く。フリコの公園を出て、展望台に登る。ここには、小さい頃よくきた。ドキドキしながら手を握ったり、キスをしたりした。今となっては懐かしい。展望台からは月が見えて、その光に照らされていると、いろんなことから解放された気がした。

「ねえ、何で散歩に誘ったか、わかる?」

マクは僕に問いかける。僕にわからない。仕方なく、「さあ?」と答える。するとマクは、ため息を一つこぼして、こう言った。

「私さ、前から思ってたんだけど、いい加減辛いから今日言っちゃうね。」

マクは深呼吸を二回した。とても深く、緊張した呼吸だった。

「○○ 。私は、あなたのことが16年間ずっと好きでした。私と、付き合ってください。」

驚いた。驚いた。あまりのことに声は出なかったけど、僕は縦に頷く。そして、くちびるを重ね合う。静かに、ゆっくりと。お互いの愛を確かめ合うように。そして離れる。月の光を浴びた彼女は、とても美しかった。


次の日の朝、僕はいつもの草原に行く。寝そべって、空を見ながら風を感じる。降り注ぐ日差しとそよぐ風。完璧だ。そのままうとうと寝てしまった。夢を見た。



なにもない場所。フリコ。マク。揺れる。フリコ。何もない。マク。

あ。

マク。

きえた。



目を覚ます。何か夢を見たようだ。よくは覚えてなかった。僕は目をこすりながら起き上がり、立ち上がる。背中の草をはらって、草原を背に歩き出す。後ろから風。その風に、少し違和感を覚えたけれど、気がつかないことにした。

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