番外編1「ももたろうてきなもの」

1 おばあさんは川で洗濯を

 むかしむかし。

 とある山の裾野にひっそり佇む小さな家に、若い娘が住んでいました。

 娘の名はシンといい、レモン色の長い髪と空色の目を持つ、かなりの美人でした。


 シンは若竹色の着物を纏い、近くに流れる川の傍らに立って両手を前に差し出し、神秘的な力を使って洗濯をしていました。


 たくさんの布と水が宙に浮かび、まるで竜巻のように舞い踊っています。しばらくすると回転が止まり、水が宙に解けて消え、一分も経たずに全ての布が乾きました。乾いた布はきれいに畳まれ、シンの横に置かれたカゴの中に重ねられていきます。


「んー……これでいいかな」


 触れることなく洗濯を終えたシンが言いました。


 その後、なんとなく川の上流を見やり、こちらに流れてくる大きな球を発見しました。球は薄黄色で、側面にはでかでかと『月』という文字が書かれています。


 シンは一目で中に人が入っている事に気付きました。そして、


「あ! まずい! はやく助けないと!」


 慌てた様子で言って、球に向かって川岸を走ります。球の傍に来たら術を使い、洗濯物と同じように宙に浮かせて岸に引き上げました。シンが球に片手をついて集中すると、球の中央から縦に線が入り、ぱかっと二つに割れました。


 すると中から、


「ぶはっ! げほっ……げほっ……!」


 空色の髪と濃い青色の目を持ち、目と同じ色の着物を着た、元気の無い男の子が現れました。


 男の子は荒い呼吸を繰り返しながら、力無く前にばたりと倒れ、


「はぁー……はぁー…………し、死ぬかと思った……」


「大丈夫?」


 シンはすぐ横にしゃがんで、心配そうに声をかけます。

 男の子は頭だけ動かして、青い顔をシンの方に向け、


「大丈夫じゃない……空気穴無いから酸欠で頭痛いし……ゆっらゆら揺れるから酔ったし…………すげー気持ちわりぃ……」


 蚊の鳴くような声で答えました。


 シンは男の子の額に手を当て、回復の術をかけました。男の子の容体はすぐに良くなり、元気を取り戻した男の子は立ち上がって笑顔を見せました。


「ありがとう。おかげで助かったよ」


「どういたしまして。それより、どうしてあの中に入っていたの?」


「えーっと設定で――じゃなくて、気付いたら閉じ込められてたんだ。ナンデダロウナー。フシギダナー」


「……そう」


 シンは少し考えて、それから男の子に言います。


「とりあえず、私の家で休んでいって。もう大丈夫だと思うけど、念のためね」


「え、行っていいの?」


「うん」


 シンがこくりと頷くと、男の子は嬉しそうにぱぁっと顔を輝かせました。

 シンは放置していた洗濯物のカゴを持とうとして、


「あぁ、俺が持つよ」


 気を利かせた男の子が代わりに持ちました。シンは笑顔でお礼を言いました。






 シンの案内で小さな家の前に来た男の子は、屋根まで見上げて、


「おぉ、これぞまさしく日本家屋……こういうのもいいな」


 少し感動しました。

 木造平屋のその家は、青い瓦の屋根と白い木の壁で出来ています。


 シンはくすりと笑い、


「さあ、どうぞ」


 玄関の引き戸を開けて言いました。

 男の子は少し緊張しながら中に入り、


「なんだそいつは」


 家の中から聞こえた男の声で足を止め、声の主を見てビシッと固まりました。


 男は部屋の中心にある囲炉裏の横で、腕を組んで立っていました。不機嫌そうに眉を寄せ、冷めた眼をシンに向けています。


「さっき、近くの川を流れていたの。具合悪いみたいだから、連れて来たんだよ」


「戻してこい」


 男の子の後ろでにこやかに説明するシンに、男は冷めた口調で返しました。

 男の子は一段高い床の上にカゴをおろし、苦笑いを浮かべてシンに尋ねます。


「あの……ちょっと待って。

 予想はつくけどっていうか絶対に合ってると思うけど一応聞かせて。

 このめっっっっっちゃイケボイスでちょぉぉぉぉぜつにイケメンな人誰?」


「リンだよ。一緒に住んでるの」


 その言葉を聞いて、男の子は顔を引きつらせました。視線だけ動かしてじっくりリンを眺めます。


 闇色のさらさらショートヘアに鮮やかな赤い目、紺色の着物に黒い帯。そして、自分より身長が高いことを確認して、


「完璧すぎる……全てにおいて勝てる気がしない……」


 と呟いてがっくり肩を落とし、額に軽く手を当てました。


「つーか、なんで男になってるんですか……?」


「…………」


 リンはそんな男の子をうっとうしそうに見るだけで、答えようとはしません。

 代わりに、落ち込む男の子の横に並んだシンが、嬉しそうなにこにこ笑顔で答えてくれます。


「設定では夫婦になってるからね。私も霊体だから性別変えられるんだけど、リンの方が似合うと思って男性役やってもらったの。かっこいいでしょ♪」


「……うん、確かにかっこいい。いつもの毅然とした口調がすげー合ってる。超しっくりくる」


 男の子は大きく頷いて同意しました。

 シンは小さくふふっと笑い、


「あ、そうそう。わかってるけど聞くね。――貴方の名前は?」


「ちゃんとあるけど都合により無いことになってるから好きに呼んでくれ」


 男の子は早口で答えました。

 シンは顎に手を当てて少し考え、


「桃じゃなくて月から生まれたから……月太郎、かな?」


「……なんかだせぇ……」


 男の子が嫌そうな顔をすると、シンは明るく笑い、


「んー……じゃあ〝華月〟のままでいいかな。名前に〝月〟が入ってるし♪」


 男の子の名前をあっさり決めました。

 男の子は満足そうに頷きました。


 名前が決まったところで、ようやくリンが口を開きます。


「おいガキ」


 但し、今付けられた名前は呼ばれませんでした。


 そのことを全く気に留めず、華月は不思議そうな顔をリンに向けました。


 腕組みを解いたリンが右手を軽く振ると、一瞬でその手の中に一振りの刀が現れました。それは一見棒切れに見える、鍔も飾りもない茶色一色の刀でした。一般的には『長ドス』と呼ばれている物です。


 リンは刀を華月に投げ渡すと、


「ここに住みたければ仕事をしろ。

 それをやるから、まずは鬼ヶ島に行って鬼を全滅させてこい」


「了解ですリンさん! 行ってきます!」


 華月は元気良く即答しました。

 それから華月はシンに暖かく見送られ、鬼ヶ島に向かって出立しました。もちろん、リンの見送りはありません。


「そういや、きびだんご貰ってないけど……当たり前か。シン達が作れるわけないもんな」


 途中で失礼なこと呟く華月でした。

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