エピローグ

時が来るまで  - No side -

「来たか」


 煌びやかに輝く宝石のような赤い瞳が細められる。

 机の縁に腰かけたリンは、腕を組んで開かれた正面の扉に目を向けた。


 薄暗い部屋の中、笑みを浮かべたセンリが立ち並ぶ本棚の間を抜け、かなり距離を開けて立ち止まる。


 つまらなそうに自分を見下ろす彼女に一礼し、


「ごきげんよう魔王様。

 わざわざ自宅に招くなんて、らしくないことをするね」


「邪魔が入ると不快だからな」


「なるほど。

 ――それで、用件は?」


「シンから聞いているだろ。

 しばらくの間、お前には私の駒になってもらう」


 言いながら、手に現した小さな水晶を弾丸の如くセンリに投げ飛ばす。

 難なく受け止めたセンリは、興味深げに水晶を眺めた。


「魔族と悪魔、合わせて百体の名前と居所の予想が記してある。

 手始めに全て片付けろ。一年以内だ」


「それはそれは……」


 呟いて、センリはとても愉しそうな顔をする。


「素晴らしく無茶な要求だね」


「不可能ではないだろう。お前が遊ばなければな」


「随分と高く評価してくれているようで。

 ――ところで一つ質問が」


 つまんだ水晶を顔の横でひらひらと振り、


「何故俺を指名した?

 変に気遣って生ぬるい依頼しかしてこないシンとは違って、あんたの依頼はやりがいがある。文句があるわけじゃない――が。

 これくらいなら他にも出来る奴がいるだろ。

 例えば、暇そうに遊んでいる〝月〟とか」


「…………」


 リンが呆れた様子で溜め息を吐く。


「無駄話をする気はない。知っているだろう、お前は」


「残念ながら、俺はあんたと違って他人の頭の中までは見られないんだよ。詳しくは知らないし、推測しか出来ない。指示通り動けと言うのなら、それ相応の情報はもらわないと」


 真剣な表情を浮かべるセンリに、リンは肩をすくめてみせる。

 それを肯定と受け取って、センリは話を続けた。


「どうも理解出来なくてね。

 シンは転生後間もない赤子だからって、いらない気を使っているんだろうけど……奴の強さは規格外。悔しいけど、天界側の最高戦力は奴だ。即刻暴れ回ってもらうべきだろ。さらに人手不足で、現状不利なのはこちら側なんだから」


「いや、シンの判断は正しい。

 今は〝月〟を使えない。慎重に扱わなければ持っていかれる」


「厄介な相手に目を付けられているわけね。

 人格が変わったのもそいつが?」


「あぁ。だが、直接手をかけたわけじゃない」


 リンはすっと目を閉じた。

 やや間を空けて、再び銀の双眸を見やる。


「お前、少し前に死にかけたそうだな」


 今度はセンリが押し黙った。ゆっくりと視線を落とす。





『――ねぇどんな気分?』





 卑しい女の声と、複数の笑い声。


 蘇りかけた記憶を振り払うべく、静かに長く息を吐き、


「迂闊だった。一万年以上前から共闘する気皆無だった妖魔どもが、今頃になって手を組んでくるなんてね。


 ――それもそいつの仕業か。

 裏で操る狡猾な策士なんて、思い当たる奴はいないんだけど……そいつの名は?」


「そのうちわかる」


 ぶっきらぼうな回答。それは食い下がることの無意味さを表している。

 仕方なく諦めて、今一度水晶を眺める。


「……なるほど。大体わかった。

 つまりこの百人は、そいつと通じている、もしくはその可能性がある者。

 なら駒として相応しいのは、絶対に死なず、確実に遂行出来る者。

 ――だから俺なんだね」


「あぁ。必要な物があれば言え。用意してやってもいい」


 言い方はともかく、その申し出はリンにしては珍しかった。

 思わずきょとんとしたセンリは、薄く笑ってリンに見せつけるように水晶を握り締めた。


「いいよ。その依頼、引き受ける。

 ただ、あんたからの援助はいらない。報酬もなくていい」


「ほう……」


 センリまでもが稀な発言。リンが意外そうに首を傾ける。


「現状把握が出来ないほど、俺は愚かじゃない。

 あんたが、よりによってこの俺に依頼してきた時点で、相当状況が悪いことはわかる。

 だったら大人しく従うし、当分はノエルに仕掛けるのも慎むよ」


「やけに従順だな」


「俺がついたからには、勝ってもらわないと困るんだよ」


 片付けたらまた来る、と言い残し、踵を返して部屋を出ていく。

 リンは閉じた扉に鋭い視線を向けて。


「……残念だったな。〝海〟の唯一の弱点がわかったところで、〝水〟は〝海〟が護っている。崩すのは至難の業だ。

 だから弱点の多い〝月〟を狙うしかない。すでにいくつか細工をしているようだが――」







 低く、静かに、警告する。


「いつまでも気付かないと思うなよ、ゼウリュート」

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