15-6 かっこいいフリしたあの子
「僕たちは長い時を生きてるから人間とは感性が違うよ。違うけど羞恥心くらいはあるよ!」
早口でそう言い残し、フィルはすげー速さで部屋を出て一階に降りていった。恐らく風呂場に向かったのだろう。
「なんで俺まで……」
矢鏡は剛速球(枕)を顔面でキャッチした反動で、イスごとひっくり返っている。俺をビンタした直後に投げつけられたのだ。
俺は上半身だけベッドからずり落ちたみっともない恰好で、じんじん痛む頬に手を当て、
「そりゃあ……『お前も照れるんだな』って言ったからだろ……
なんかほら……お前感情なさそう、みたいに聞こえたんじゃねぇの?
つか、俺だってなんでビンタされたのかわからねぇよ……」
「俺に聞かないでくれ」
「とりあえず鼻押さえろ鼻。鼻血すげーぞ」
顔全体を赤くした(照れではない)矢鏡は、だばだば血の出る鼻を押さえつつ、よろよろと起き上がった。いつもの白シャツが血まみれだ。
「あはははー……二人ともかっこ悪ーい……」
優雅にベッドに寝転がって、愉しそうにケラケラとノエルが笑う。
「いつの間に! つか、やっと起きたんか!」
咄嗟にツッコミ入れつつ、俺は後転して床に座った。
ノエルはひとしきり笑ってから、ちょっとかっこつけて、
「ふふ……呼ばれた気がして……」
「呼んでねーよ」
ジト目で即答する俺に、手をぱたぱた振ってみせる。
「そんなことより二人とも……フィルだってかわいい女の子だよ……もっと気を使ってあげなきゃ……」
……かわいい?
美形だとは思うが……かわいいかぁ? 女子っぽくもないしなぁ。
「確かノエルサーガの世界では、目が大きくてスラっとした体形で、頭が良いほど美人――なんだったか?」
「そうだよー……よく覚えてるね……」
「フィルをかわいいと言う奴は極わずかだからな」
因みに矢鏡は鼻をつまんでいるので、声がめっちゃくぐもっている。
「それって、ノエルにはフィルが女顔に見えるってこと?」
「とてもじゃないけど男性には見えないね……
フィルほどの美人さんなら……オレの故郷じゃ大人気歌姫になれるよ……
あー……もちろん妻の方がかわいいけど……」
言いながら上体を起こし、当然というように胸を張った。
歌姫。
つまりアイドル?
ひらひらなドレスとか着て、歌って踊る。
うーん……ちょっと想像できないな……
これが美的感覚の違いってやつか。フィルと矢鏡も違うんかな? 前に聞いた時ははぐらかされたからなー。今度はちゃんと問い詰めよう。
まぁその前に。
「つーか、見た目の話なのに頭の良さも重要なの?」
「大事だよー……すごく大事……
だからねー……華月も見た目は女性的で悪くないんだけど……頭良くないから……あんまり美しくないの……」
「……お……俺も女顔……」
ショックでがっくり項垂れる俺。
頭が良ければ美形に入れるらしいが、なれても美男子ではなく美少女。そんなの願い下げだよ。今ほどバカでよかったと思ったことはないよ。美しくなくて結構だよ。
「ま、まさか『俺の言われたくない言葉ランキング』第三位を、こんなとぼけた奴に言われるなんて……」
「一位は?」
「ひ弱とザコ」
矢鏡の質問に即答し、はーっと長く息を吐く。
因みに二位は『かわいい』、四位は『チビ』、五位は『厨二病』だ。
――あ。そうだ。
「そういえば、ノエルに聞きたいことがあったんだ」
「なぁにー……?」
俺は姿勢を直してノエルを見つめた。
「前にさ、フィルとセンリが似てるって言っただろ?
実際にセンリと会って思ったけど、やっぱそんなに似てなくね? 爽やか系なところは似てるけど」
「えー……そっくりだよー……」
「確かに似てる」
ノエルの意見に矢鏡まで同意。
俺は眉をひそめ、
「どの辺が? 頭良いとこ?」
「まぁセンリも相当頭良いけど……」
言って、矢鏡がちらりとノエルを見やる。
くすくす笑って、ノエルはわずかに首を傾げた。
「常に仮面をつけて、自分を見せないところだよ」
こういう時だけイケてるヴォイス。良い感じにメガネが光る――いやさすがに冗談だが。
「仮面……? それって演技してるってことだよな?」
自動的に今までのフィルとセンリが頭に浮かぶ。
爽やかに笑うフィル。ごく稀に声を上げて笑うフィル。真面目な顔で本を読むフィル。たまーに恐い笑顔を浮かべるフィル。時々黒っぽい部分が見えるフィル。
すっげー完璧な作り笑顔を浮かべるセンリ。すっげー恐い顔をするセンリ。鬼のようなセンリ。暴力やっばいセンリ。性格もやっばいセンリ。
……うーん……
確かに、フィルは人間っぽくない言動の時もある。どちらかと言えば感情表現が素直っぽいセンリの方が人間っぽさがある気もする。
だがフィルには違和感を感じない。
対してセンリは、明らかに爽やか好青年の皮をかぶっている。
「センリなら納得だけど、フィルはふつーじゃね? キャラ作ってるようには見えないけど」
「うーんとねぇ……それならそれでいいと思う……」
えへー、とふぬけた笑顔でふーらふーら左右に揺れるメガネ。ほんとシャキッとしてる時とは別人みたいだな。むしろお前の方がキャラ作ってね?
✳︎✳︎
「というわけなんだけど……」
ノエルの話が終わると、フィルはむすっとした様子でテーブルに頬杖をついた。
風呂上りのフィルは、最初の任務の時に着ていた僧侶姿で、ほかほか湯気は纏っていたものの、術で乾かしたらしく髪は濡れていなかった。
リビングで待っていた俺たちは、空いた席にフィルを座らせ、三人が言いたいことを言うというチームワークゼロな説明を始めた。因みに鼻血まみれだった矢鏡は着替えを済ませ、顔も洗ってすっきりしている。俺はパジャマのままだけど。
話した内容をまとめるとこう。
ここは次の任務地で、別チームが来るまではこの場で待機すること。
任務内容も別チームが誰なのかも聞いていないこと。
別チームはあと七日ほどで到着する予定であること。
材料集めの手伝いをするから、センリ依頼の薬を出来るだけ作ってほしいこと。それはシンからの頼みでもあること。
フィルの機嫌は最初は悪くなくて、風呂から出た後はいつもの爽やかフェイスで『さっきはごめんね』と謝ってきたくらいだったんだけど――センリの話をした途端に笑顔が消えた。
「そんなに嫌なの?」
「うん。シンからの指示がなければ断る」
俺の問いに、目も合わせずに答えるフィル。不満オーラ全開。しかし文句を言うことはなく、渋々とだが了承する。シンへの忠誠心たっけー。
あとやっぱ、演技してるようには見えないなぁ……素直に怒ってるし。
短い溜め息を吐くフィルに、対面に腰かけるノエルは保母さんスマイルを向け、
「材料を集めるのにどれくらいかかりそう……?」
「ノエルがいるなら二日くらいで揃うと思う。
量が多いからすぐにでも出発したいんだけど、行けるかい?」
「え、今すぐ? せめてメシ食ってからに……」
颯爽と席を立つフィルに、慌てて待ったをかける俺。
二日以上寝たきりだったというのに、弱った様子のないフィルは、いつもの爽やか笑顔を浮かべて、
「大丈夫、さっき栄養剤飲んだから。それに戦いに行くわけじゃないし」
「フィルのことなら任せて……何があっても護るから……」
心配顔の俺にウインクを返し、のんびりボイスでノエルが言った。セリフてきにはかっこいいが、口調のせいで頼もしさゼロ。
「ノエル、以前連れていってもらった場所は覚えてる?」
「あの渓谷だね……うん、大丈夫……」
俺と矢鏡を取り残し、玄関側に並んだ女性陣はささっと話をまとめ。
「じゃ、行ってくるね」
そして二人は他の世界に移動した。
ふと窓の外を眺めれば、見えるのは陽が落ちた後の薄暗い空。分厚い雲が多い中、微かに光る星一つ。
「今から夜だぞ……? 朝になってから行った方がよかったんじゃね?」
「大丈夫だろ。フィルは明かりを持ってるし。移動先によって時間も季節も違うし。それに今回はノエルがついてる。心配することは何もないよ」
普段通りの抑揚のない声で、興味無さげに応えた矢鏡は、台所のドアに手をかけて、
「それより今日の夕飯、一応念のためで用意しておいたおかゆになるけど……いい?」
「味気ないけど仕方ないからな。嫌いってわけじゃないし。
しかし残念だったな矢鏡。せっかく作ったのに」
「俺は別に。せめておかずは豪華にするよ」
そう言って台所に入っていく。
正直今日はほとんど寝てたから、あんま腹減ってないんだよなー……
「出来るまで筋トレでもしてるか。暇だし、少しは腹減るかも」
立ち上がり、誰もいないリビングを見回す。
それから俺は、重大な事実にやっと気付いた。
そう、今までフィルが心配で気付かなかったことに。
「もしかして……あと一週間ずっと暇?
しかもフィルたちが帰ってくるまで矢鏡しかいねぇ」
ただでさえ口数の少ない矢鏡だけ……
加えてこの家には漫画も小説もテレビもゲームもなにもなーし。
「……マジか」
期末テスト以来の、大問題にぶち当たった。
俺にとって勉強に匹敵するほどの強敵、それが退屈だ。
これから一週間、その退屈と戦わなければならないとは。
無意味にテーブルの周りをくるくる歩き、どーしようかと必死に頭を働かせる。
「いや待てよ……ここは日本じゃない。あんまり遠くには行けないけど、近場を散歩するのはいいんじゃね? 勝手に出かけるな、とか言われてないし。
そうだ、それだ! こんな時こそ散歩しよう!」
思わずガッツポーズ。ナイスだ俺の閃き。
というか、よく考えたら今までぜんっぜん探索できてねぇ! せっかく異世界に来てんのにもったいないことしてた!
よし。今後はどんどん散歩しよう。
* * *
緩やかに流れる川のほとりに立ち、フィルは真顔で空を見上げた。
「――頼みがある」
背後で寝転がっていたノエルは、閉じていた目をすぐさま開けて、淡く輝く大きな月に向けて微笑んだ。
「君の頼みならいくらでも」
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