11-6 フィルVSギータ -Fill side-
「さて、正解したアンタにはご褒美あげないとね♪」
不気味に笑い、ギータが言った。
「褒美、ね……。仲間を返してくれるといいんだけど」
「つれてきたいのは山々だけど、金髪の方はマラク――弟の領域に落ちちゃったし、変な髪色の方は姉さんの領域に飛ばされちゃったから無理なのよね。この間捕まえた女も姉さんに取られちゃったし……
全員アタシがやりたかったけど、他人の領域には手を出しちゃダメってルールがあるから、諦めるしかないのよねぇ」
肩をすくめ、ギータは残念そうに溜め息を吐いた。
フィルはぴくりと片眉を跳ね、
(女……しかも一人……?
でも、先に来てる仲間は二人いるはず……ってことは、もしかして――)
ある考えが浮かんだところで、ギータが柱の上に立ち上がる。
「ま、とりあえずアンタだけで我慢するわ。いっちばん弱そーだけど……
ここまで辿り着いたご褒美に、いたぶりながらゆーっくり殺してあげる!」
言うと同時に、ギータはピンと伸ばした両腕を上げ、まるで一丁の拳銃を持っているかのように両手を構えた。伸ばした右手の人差し指をフィルに向ける。
そして――
ドゴッ!
「……っ!」
向けられた人差し指の先から拳サイズの黒い塊が高速で飛び出し、フィルのすぐ前の床に当たって砕け散り、瞬時に消える。音からして結構な重量のものが当たったはずだが、床には傷一つ付いていない。
ギータはにぃっと笑い、
「まずは準備運動」
二発目を撃った。
それはフィルの頭目掛けて飛んできて、フィルはバック転をして避けた。次に胴体に向かってきた塊は、半歩右にずれながら体を横向きにして避け、その後足に向かってきた塊は大きく退って避けた。
ギータは一秒間に二発のペースで撃ち続け、フィルは避けながら徐々にギータから離れていった。
「この手甲はね、魔力を塊にして大砲みたいに撃ち出せる道具なの。術にしなくても攻撃出来るし、ダイヤより硬い鉱物を使って作った床や壁には傷も付かない。
ついこの間完成した、アタシの新兵器よ。どう? 凄いでしょ?」
攻撃の手を休めることなくギータが言った。
壁際まで追い込まれたフィルは、頭に飛んできた塊をしゃがんで避け、
(そんなの、とっくにエルナがやってるよ。道具なんて使わずに)
鼻で笑いそうになるのを堪え、今度は左回りに壁際を駆ける。塊が壁を叩く音を聞きながら、周囲に視線を走らせる。
その様を見て、ギータは一瞬訝しげな顔を作り、すぐに不気味な笑顔に戻った。フィルが角付近にきたところで撃つのを止め、構えたまま両手を少し下げる。
「ふーん……な・る・ほ・ど」
楽しげに言うギータから目を離さず、フィルも一旦足を止めた。
「出口を探しているようね。壁際にいるのは、音で空洞の場所を探ってるってとこかしら。
――なら、いいこと教えてあげる。
この部屋の出入り口は二つ。壁で塞いでいるだけで、どこかにあるわ。
開け方は、かたーい壁を頑張って壊すか、アタシを倒して、アタシが持ってるマスターキーを奪えばいいの。体のどこかに隠してあるから、頑張れば見つかるわ。
さ、どっちにチャレンジする?」
「…………」
フィルは応えず、静かに右袖から長針を取り出し、左手で逆手に構え、下ろした右手を後ろに隠す。その手の中に直径五センチの黄色い球を現して、
(今の話が正しければ――恐らく壁は壊せない……なら、逃げるのは無理だろうな……
――となると、油断している今のうちに倒すしかない……!)
ギータが立っている柱の根本に向かって全力で投げた。球は猛スピードで飛んでいき、狙い通りの場所に当たった瞬間――
バグオォンッ!
派手な音を立て、爆発を起こした。
白い煙が広がり、下部が抉れた一番短い柱がフィルの方に傾く。その両隣の柱には大きなヒビが入り、周りに細かい欠片を落とす。
ギータは足場が崩されたことに驚きもせず、倒れる柱を蹴って斜め右に跳び、一メートルほど離れた床に着地した。すぐにその左側に、ズンッという重い音と共に柱が転がった。
真っ白い視界の中、ギータはふん、と鼻を鳴らし――
キンッ
左後ろから振り下ろされた長針を、手甲の半ばで受け止めた。
フィルは長針から手を離すと同時に、わずかにしゃがみながらギータの懐に入り込む。右手を伸ばし、首を掴むその前に――視界からギータの姿が掻き消えた。直後、脇腹に鈍い痛みが走り、その衝撃で宙を舞う。十メートル以上離れた位置に左肩から落ち、一度跳ねて、今度は二メートル先の床に落ちた。それからすぐに、右の脇腹を左手で押さえて回復をかけながら立ち上がり、石柱全てを覆う煙を見つめた。
(駄目だ……やっぱり速さで負ける……)
ギリッと歯噛みし、次の作戦を考え始める。
煙でうっすらとしか見えないギータはくすりと笑うと、左手は腰に当て、右手はだらりと下げた。そして、長針が突き立つ手甲がバラバラに分解し、床に落ちる。
「まさか、この短時間で手甲の急所を見破られるなんてね。
設計上どーしてもそこだけ弱くなっちゃって、でも一か所だし目印も無いし、わからないだろうからこれでいっかーって思ってたけど……こうもあっさりバレるなら、改善しないとダメね。思ったより発射速度も遅かったし」
ギータは短い溜め息を吐き、小さく頭を振った。
この間に煙は完全に消え、ギータの姿が再びはっきりする。
「でもひどいじゃない、壊すなんて。これ一つ作るのにも大分手間かかるのよ?
材料集めるだけでも大変だったのに……」
言いながら、右手を軽く上げ、にっこり笑う。
「まぁ――」
ボッ!
ギータから何かが飛んでくるのと、フィルの真下から変な音がしたのは同時だった。
フィルが気付いたのは、一瞬後。
自分の両足が、太ももの半ばから下が――消えていた。
「――っ!?」
フィルは目を見開いた。支えを失った体はすぐに床に落ち、ギータに頭と両手を向ける形でうつ伏せになる。遅れて届いた激痛に顔を歪め、思わず両手を握りしめた。抑え切れない呻き声を洩らしながら、ゆっくり顔を上げて後ろに目を向け、途切れた両足から赤い血が滴る様と、手前から奥に広がっていく焦げ跡を確認した。火炎系の術で燃やされたのだと理解した。
「代わりに足貰うから、別にいいけど♪ 準備運動の意味なくなっちゃったわね♪」
愉しそうに笑うギータを、フィルは必至に睨んだ。
「あぁら良い顔♡ 苦痛に歪む顔ってどうしてこうステキなのかしらねぇ♡
でもアタシ、そういう顔より泣き顔とか絶望した顔の方が好きなん――」
ギータの言葉が終わるより早く、フィルは手の平サイズの丸いガラス瓶を右手に出し、前に向かって放り投げた。透明な液体が詰まったその瓶は、小さな放物線を描いて二人の間に落ち、そのわずかな衝撃でパキッとひびが入った。途端。
カッ!
一気に瓶が弾け、強烈な光を生み出した。
「閃光弾!?」
自然と瓶を目で追っていたギータはまともにくらい、驚きの声を上げた。もう意味はないとはわかっているが、咄嗟に両手で目を覆う。
次の瞬間、太い何かでがら空きの胴を突かれ、まるで弾丸のように後ろに吹っ飛ばされた。石柱を二本折り、猛烈な勢いで壁に激突し、わずかに周囲をへこませる。
ギータは盛大に舌打ちし、目を開け――
倒れた自分の上に降ってくる、六個のガラス瓶を見た。
そして、大爆発が起こった。
真っ赤な炎が炸裂し、土煙と衝撃波が荒れ狂う。
やがて収まり、土煙が晴れた後には――
わずかに抉られた壁と床と、
「……アンタ"蘇生"が使えるのね」
壁の破片と砂埃を払いながら、平然と身を起こすギータの姿があった。服の裾が少し焦げ、額から眉間に血が流れる。
石柱の奥にいるフィルを、ギータはじろりと睨んだ。
フィルは立っていた。半分以上短くなったズボンからは、失ったはずの両足が伸びていた。その足でギータを蹴り飛ばしたのである。
治癒力を上げるだけの回復、その上位技が"蘇生"である。多大な力を消費するが、肉体の損傷、破損を無事な状態にまで戻すことが出来る。また、回復とは違い死者にも効果がある。但し、肉体を復活させるだけで、生き返らせることは出来ないが。
(あの爆薬でも倒せないか……)
フィルは息を飲み、無意識に半歩下がった。裸足の足に床の冷たさが伝わる。
ギータはゆっくり立ち上がり、筋肉をほぐすように首を回した。
「すぐに殺したらつまんないから手加減してたのに……蘇生が使えるならその必要なかったわね。嬲っても簡単には死なないだろうし……」
静かに言って、ふーっと息を吐く。
それから、
「アタシの顔に傷付けやがって! このクソ野郎がっ!」
そう怒鳴り、ギータは両手をばっと広げた。
途端、床から噴き上がった紅蓮の炎がフィルを取り囲んだ。
フィルは瞬時にドーム型の大きな障壁を張り、身を守った。
「いたぶってあげようと思ってたけど気が変わったわ!
焼かれる恐怖を味わいながら死ぬがいい!」
ギータの言葉に呼応するように、押し寄せる炎の勢いが強まった。
フィルは苦悶の表情を浮かべ、障壁の維持にのみ集中する。しかし、凄まじい火力に耐えられず、徐々に収縮していく。手を伸ばしても余裕で届かないほど大きかった障壁が、しゃがまなければならないほど小さくなった。たまらず片膝をつく。
「アッハハハハハハ!
ほらほらどうしたの? そんなんじゃ、炎は防げても熱は防げないでしょ?
もっと頑張ってアタシを楽しませなさい!」
更に炎が強まり、障壁の中の温度が急激に上がる。全身から噴き出た汗は瞬時に蒸気となり、襲い来る高熱がじわじわと肌と服を焼いていく。反射的に目と口をきつく閉じ、障壁を維持するとともに周囲に冷たい水を現し、全身に回復をかけた。だが――
(まずい……!)
服が燃え落ちることは防げたが、焼ける速度の方が速く、体の修復は出来なかった。仕方なく回復は止め、代わりに蘇生を使い続ける。おかげで無傷の状態にまで戻り、維持出来るようになったが、これでは通力の消耗が激しすぎる。通力が尽きるのは時間の問題だった。
(このままじゃまずい……どうする……どうする……!?)
必死に考えを巡らせるが、有効な手は浮かんでこない。
ピシッと音を立て、障壁に大きなひびが入った。
「ねぇ、アンタも神の手先なんでしょ? なのにもう終わり? アタシがちょーっと本気になっただけで死んじゃうのね! アッハハハハハ!」
苦しむフィルを見下ろし、狂ったように笑うギータ。
その間にも、障壁のひびは広がっていく。
一瞬、意識が遠のきそうになり、フィルは慌てて頭を左右に振るが――眠気にも似た感覚は消えるどころか徐々に増していく。
限界を感じ、もう駄目だ、と諦めかけた。
瞬間――
石柱の真上の天井が崩れ、そこから大量の水が流れ込んでくる。
「なっ!?」
水は炎とギータを飲み込み、障壁をあっさり破ってフィルを押し流した。
すぐにどちらが上かもわからなくなり、荒れ狂う水流に息が続かず、フィルは水を吸い込み――直後、後ろ襟を掴まれ引っ張られた。その勢いで後方に飛び、水から出て背中から壁に激突する。衝撃で肺に詰まった水が押し出され、一メートル下の床に足から落ちる。着地は出来たが立っていられず、しゃがんで俯き、苦しそうに咳き込んだ。
「何!? なんなの!?」
取り乱したギータの声に視線を上げると、部屋中を濡らした水が宙に溶けて消えていく様子が見えた。
そして、石柱の横に立つギータとフィルの間に、赤いコートを着た人間がふわりと舞い降りる。
フィルは目を見開き、覚えのあるその背を見つめた。
「やぁ。元気そうだね、黒医者」
赤いコートを着た人間が、振り向きもせずに言った。爽やかな男の声だった。
歳は二十代前半。青銀の短髪に、やや吊り気味の銀の目。身長はシュバルトとほぼ同じ。膝まで届く赤いコートは前を開けて、中に紺色の丸首シャツと黒いズボンを着ている。両手には黒い手袋をはめ、首からは小さなオレンジ色の石を付けたペンダントをさげていた。
「誰よアンタ!?」
男を睨み、ギータが叫んだ。
男はすまし顔でギータを見返し、
「……あぁ、殺す相手に名を教えるのがあんた達のルールだったな。
じゃあ、合わせよう。いつもは名乗らないが――」
明るい口調で言って、爽やかに微笑んだ。
「俺は水系最強の使い手、センリ・イールレイス。
神と称するクソガキに仕える、元殺し屋さ」
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