11-3 召喚士と召喚獣
「……ん?」
それに気付いたのは、最初の木を離れて大分経ち、変わらぬ景色に飽きてきた頃。
位置は前方ちょい左。
遠すぎて今は点にしか見えないが、黒い何かが空と水面の間にあった。
真ん中から折れ曲がりアーチ型を描く木の幹の上で一旦足を止め、少し考えてから、俺は黒い点を目指して跳んだ。
一体あれは何なのか。
いつもの俺なら、近付くまではわからない、と考えることすらしない。考えるの面倒だし、考えてもわからないのがほとんどだし。
しっかーし!
聞いて驚け、今回はすでに見当がついている!
ずばり、あの黒い何かの正体は――出口、もしくは他の異空間への入り口だ。
ここへ飛ばされた原因を考えれば、その答えはすぐに出てくる。
ふっふっふ……偉いぞ俺、冴えてるぞ俺!
今まで自分でもバカだと思ってたけど、これもう『普通』レベルだよな!
矢鏡のおかげだけど、追試もクリアしたことだし……普通ってことでいいよな!
やぁった! ようやくバカじゃなくなった!
俺はやれば出来るんだよ! はーっはっはっはっはっ!
心の中で舞い上がりつつ、出口(多分)までの距離を順調に縮めていく。
――結論から言おう。
全然違った。
黒色の正体は、上半分が綺麗に切り取られた、やたらでかい岩だった。大きさは大体バスケコート二つ分くらい。形は酔っ払いが書いた丸のよう。
……残念だけど……俺はまだバカから普通にはなれないようだ……
はーっと盛大なため息を吐き、俺はその端の方にスタッと降り立つ。次いで、中心あたりを見つめて眉根を寄せる。
「…………どーすっかな」
悩みの種は一つ。
ちょっと前から見えていたんだが――人がいるんだよ。一人。
しかも、俺に背を向ける形で横に倒れてんの。これじゃ顔が見えなくて、怪我とかして倒れているのか、暇だから寝ているだけなのかわからない。寝たふりしている敵だっていう可能性もある。
とりあえず今わかるのは、その人は女性だってことくらい。
軽くウェーブのかかった髪は明るく綺麗な青色で、腰くらいまで届きそうな長髪を首の横で一つに束ね、体の前の方に垂らしている。正確にはわからんが、身長は俺よりちょっと低い。体型は普通。着ているのは、上が白で下が黄色のツーピース。スカートは膝上くらいで、そこから伸びる長い脚を見る限り、肌は俺と同じくらい白い。靴は薄黄色のヒールの無いぺたーっとしたやつ。母が好きなバレエシューズみたいな靴に似ている。
しばらく経っても、女性はぴくりとも動かない。
このままぼけっと眺めていても仕方ないので、俺は女性をじーっと見たまま、そーっと近付くことにした。
慎重に足を運び、あと七歩程で到達する――というところで、
「うーん……」
女性が小さく唸り、ころん、と転がり仰向けになる。
女性は両目を閉じ、すーすーと静かな寝息を立てていた。どうやらただ寝ているだけで、怪我をして倒れている、というわけではないらしい。寝たふりでもなさそうだ。
咄嗟に動きを止めていた俺は、見えるようになった顔に視線を移し――ビシッと固まった。
見た感じの年齢は二十代中頃。胸はエルナと同じくらいでかい。
フィルと同じレベルの超絶整った顔を持つ、ものすっげー美人だった。まさしく美人の中の美人。街中を歩けば全員が振り向いて凝視することだろう。もしこの人とフィルが主演で劇をやろうものなら、全人類の七割が集まると思う。もちろん老若男女問わずで。
……まぁ、俺は顔には興味無いから……どーでもいいがな。
好きになった時から、俺の一番はシンとリンさんだ♡
まぁでも、髪色といい肌色といい……そっちはちょっと親近感湧く。
仲間だったらいいなぁー。
因みにこれはどーでもいいことだが、何故か彼女の頭には四角い青フレームのメガネが乗っている。そんなとこに着けるなら外して横に置いとけよ。
「――って、呑気に見てる場合じゃないか。とりあえず起こした方がいいよな?」
言って、俺は女性の隣まで歩み寄り、その場にしゃがむ。
「おーい、大丈夫かー?」
――反応無し。
なので、次はもうちょいでかい声で言ってみる。
「おーい! 起きろー!」
――またしても反応無し。
それから何度も大声で呼びかけたが、女性が起きることはなかった。
「つーか、なんでこんなとこで寝てんだよ…………よく寝られるな……」
呆れたところで、作戦変更。
一応敵の可能性もあるから、やりたくはなかったが……仕方ない。
声だけで起きそうにないから、手前の肩を掴んで揺すってみる――と、
「んー……」
ようやく女性が目を開けた。ゆっくり開く瞼から現れたのは、ちょっと濃い緑色の眼。
女性はゆーっくり目を動かして、その双眸を俺に向ける。
――しかし、それ以上の反応は無い。
「あのー…………大丈夫か?」
さすがに不安になってきたので、笑顔を作って聞いてみた。
すると女性は、ふわーっとあくびをしながら上体を起こし、
「うーん……聞いたことあるような……ないような…………声がするなぁ……」
眠そうな目で首を傾げ、やたら間延びした声でゆっくり言った。次いでゆーっくり自分の周りを見回し、
「あー……メガネどこにしたっけ……? あれが無いと見えない……」
「…………頭にあるぞ」
俺が教えると、彼女はゆーっくり視線を上に向け、ゆーっくり右手を頭に乗せ、ゆーっくりメガネを取った。
おっせぇぇぇぇぇっ! 喋るのも動くのもおせぇ!
なんなんだこいつ! カメか!? カメが人になったのか!?
「あー……あったぁ……ありがとう……」
こっちを見やり、やんわり微笑む彼女。言動の遅さが気にならなければ、この笑顔一つで万人が恋に落ちるだろう。
次に彼女は、一度俺から視線を外し、メガネをかけ、そしてまた俺を見る。
「あー……エルナ……ひさしぶり……
でも何か違う気がするなぁ…………あぁわかった……髪切ったんだねぇ……」
「…………いやあの」
「そういえば、なんでエルナがいるの……?」
「……あんただってなんでいるんだよ? つーか俺エルナじゃ――」
「えーっとねぇ……気が付いたらここにいたの……おかしいねぇ……」
俺の否定を遮り、にっこにっこ笑って言う彼女。なんかすっげーアホっぽい。
俺は短くため息を吐き、
「……あんた名前は?」
「えー……? 知ってるでしょ……?
――あ、そっか……今変えてるから……わからないんだねぇ……
ちょっと待ってね……戻すから……」
そう言うなり、彼女はすっと立ち上がる。
つられて俺も立ち、距離が近かったから一歩下がった。
次の瞬間――
女性の体が白い光に包まれた。シンが家を直した時と同じような、直視しても眩しくない光だった。
縦長の光は徐々に上に伸びていき、俺より頭一つ分でかくなったところで止まった。それから溶けるように消えていき、中の人物を再び現す。
――俺はまたしても固まった。
超絶美形の美女が、超絶美形の美青年になっていた。
身長は恐らく百八十半ば。長かった髪は、一般的な長さの矢鏡より少し短いくらいになり、でかかった胸は無くなった。服装も変わって、上は七分丈の白いワイシャツ(裾はズボンの中に入れてる)で、下は黒いズボン。ベルトの代わりなのか、腰に薄黄色い布を巻き、左側で結んでいる。そこそこ筋肉もついているのが羨ましい。というか、イケメンな時点で羨ましい。そして尚且つ高身長。羨ましいのオンパレード。
マジさー、シンの周りって美形ばっかだよな。類は友を呼ぶってやつか?
「女性でいた方がいいって言われたからねぇ……変えてたんだよ……
これならわかるでしょ……?」
全ての女性の心を射止めそうな、優しい笑顔を向けてくる男。
俺は固まったのーみそを頑張って動かし、
「……え……なんで? なんで性別変わったの?」
「んー……なんでって……
霊体は性別だけならすぐに変えられるんだよ……知ってるでしょ……?」
「いやー……確かに聞いたけど……
でも実際見るとやっぱ信じられねぇっつーか……」
「あれ……? 見たこと無かったの……?
でも確か……シンもディルスも変えたことあったよ……」
なにそれどっちも見てみたい。
――けど、それは今はおいといて。
どうやらこいつ、俺をかんっぜんにエルナだと思っているらしい。
仲間っぽいのは良かったけど、誤解されたままってーのはあまり良くない。
今みたいに『知ってるでしょ』と決められると、わからないことも聞けなくなるからな。
「あのさ、俺、エルナじゃないんだよ。名前は華月。
エルナは死んじゃって……その生まれ変わりが俺なんだ」
はっきりきっぱり言うと、男は若干首を傾げ、
「えー……? どう見てもエルナだよ……?」
「いやそれはだな、転生する時に浄化されなかったから……」
「じゃあやっぱりエルナだよね……?
浄化されてないのに、記憶や人格がなくなるなんてないはずだから……」
「そうかもしれないけど、何故かなくなってるんだよ。それで俺が生まれたの」
「……本当にエルナじゃないの……? だってそっくりだよ……?」
「だからそう言ってんだろ。そっくりなのは、情報だけは残ってたからだよ」
「うーん……」
これでも納得いかないらしく、困ったような顔をする。
俺も眉根を寄せ、どー言えばいいのか悩んだ。
双方無言になって間もなく――
しゃげぇぇぇぇぇっ
かなり小さかったが、謎の声が背後から聞こえた。
「なんだ!?」
俺は反射的に振り向き、
「あー……」
男は間延びした声を出す。
俺はきょろきょろ視線を動かし、音の主を探した。
真後ろにはいない。海にはいない。木の上にはいない。空には――いた!
めっちゃ遠い上空に、動く点がいくつも見えた。遠すぎてあれがなんなのかまったくわからんが、間違いなくさっきの声はあの点のどれかが出したものだ。
声からしてぜってー敵だと思ったので、警戒しながら見ていると、
「"カディ"」
後ろから男の声がして、同時に前方の空に超でかい青白く輝く円が描かれる。
……は?
「"タウラ"」
次の言葉で、円の中に星やら六角形やら変な文字やらを使った、ハイパー複雑な文様が一瞬で描かれ、
「"ルビ"」
出来た魔方陣の中央から、二回りほど小さい魔方陣が上下に複製。計三つになる。
「"アイル"」
上の魔方陣は左に、下の魔方陣が右に三分の二くらいずれて、真ん中のは時計回り、上下二つのは反時計回りにゆっくり回り出す。
「"ゼツ"」
三つ全部が強い光を放ち、静電気みたいなものを散らす。
そして、
「おいで――"タガナ"」
その言葉が聞こえた途端、真ん中の魔方陣の中心から黒い影が飛び出した!
凄い勢いで真下に発射された影は、すぐに空中で軌道を変え、左右の翼を広げて舞い上がる。その後ろでは、魔方陣がガラスのように粉々に砕けて消えた。
現れた影の姿をよく見ようと目を凝らす――その前に、
「うわっ!」
後ろからガシッと腰を抱えられ、次の瞬間には宙に浮いていた。次いで、瞬きを一回したその間に、薄水色の大きな何かの上に落とされる。鉄のように硬い板の上に、ぬいぐるみのようなふわふわした毛の絨毯を敷いたような感触だった。
それと同時に正面から強風が吹いてきたため、俺は咄嗟に目を閉じた。そしてゆっくり目を開けて、すぐ前に片膝立ててしゃがむ男の背中と、俺達が乗っているモノ――ついさっき魔方陣から飛び出してきた影の姿を捉えた。
細長くした鳥を大型トラックより大きくし、ひし形の下の方をぐーっと伸ばしたような形のでかい翼を左右にくっつけ、きつねみたいな長いしっぽを後ろに生やした――そんな感じの生き物だった。色もおかしく、頭の方は薄水色で、しっぽに近付くにつれ徐々に赤色に変わっていくというグラデーション仕様。
大きさと形から、最初はファンタジー世界にありがちのドラゴンじゃないかと思った。
でも少し違う。硬いけど、毛でもっさもっさしてるから。
『お久し振りです! エルナ様!』
ドラゴンもどきが言った。といっても、口を動かして言ったわけじゃない。テレパシーみたいな感じで、女性の声が直接脳に届いたんだ。
高速で流れていく景色を眺めてふっと笑い、男と同じ姿勢に変えた俺は、
「すっげぇぇぇぇっ! なにこれぇぇぇぇぇっ!」
思わず目を輝かせて叫んだ。
むしろ、これで叫ばないなんて俺には出来ない。
だってすげーだろ! これで感動しない方がおかしいだろ!
似てるだけかもしれないけど、ドラゴンっぽいんだぞ!?
いかにもファンタジーって感じじゃねぇ!?
しかも空飛んでるんだぞ! 空!
テンションめっちゃ上がる!
「タガナがわからないってことは……本当に記憶がないんだね……」
若干残念そうに、男が言った。
『え? マスター、どういうことですか?』
不思議そうにタガナ(多分、このドラゴンもどきのことで合ってる)が聞いた。
「この子はね、もうエルナじゃないんだって……だから、オレ達のことわからないみたい……」
『……そうなのですか? では、名乗らないとだめですね』
「うん……そうだね……
――とりあえず、タガナ。今の速度で飛び続けて……
敵の方が少し速いから、そのうち追いつかれると思うけど……」
え……なんで敵の速さとかわかんの……?
もしかしてこの距離で見えてんの……? 俺でも見えないのに……?
『わかりました。後はマスターに任せます』
「うん……」
こくりと頷き、男は肩越しに振り向いた。それから、ふわり、と優しく微笑む。
「オレは海の主護者、ノエルサーガ……よろしくね……」
『わたくしはタガナと申します。召喚と千里眼の使い手である、マスターに仕えるものです』
後に続いて、タガナが付け足した。
……なるほど。だから敵の速さがわかったのか……
つーか、召喚と千里眼って…………なにそのかっこいい能力。めっちゃ羨ましいんだけど。
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