10 セカンドミッション! 空と冥府と新たな世界!
10-1 任務の通達は手紙のようなものでした
七月下旬のある日。
昼食後に自分の部屋でくつろいでいたら、通信機で矢鏡に呼び出された。
ここで知ったが、通信機は物質召喚で消していても、手で持っていた時と同じように、ちゃんと"呼ばれる感覚"があるようだ。
ぶっちゃけ今まで通信機の存在忘れてたから……最初、矢鏡がうちに来たのかと思って、廊下と窓の外を無駄に探しちゃったよ。なんか用がある時とか遊びの誘いの時、いつもはうちの固定電話にかけてきてたし。
――とまぁ、そんなことはおいといて。
すぐ来てほしい、と言って矢鏡が指定した場所は、矢鏡家の応接間。
丁度暇だったので、部屋着にしている白ティーシャツの上にいつものパーカーを着て、夏に愛用しているビーチサンダルを履き、俺はすぐさまそこに向かった。
そして、
「任務だよ、華月」
ドアを開けて中に入った途端、普段着(白いシャツと紺のズボン)の矢鏡にそう言われた。
その隣には爽やかに微笑むフィルもいる。服装は、水色ティーシャツに白い羽織、ダークグレーのズボンという前にも着ていたイケメンファッション。
俺はドアを後ろ手で閉めて、
「お! やっとか!」
「結構早い方だよ、任務来るの。妖魔次第だから、遅ければ十年以上開くこともある」
「え!? そんなに!?」
矢鏡から告げられた衝撃的な言葉に、思わず声を上げると、フィルがくすりと笑った。
「普通主力は霊体だから、年数なんて関係無いしねぇ」
「あー……そっか。でもそれじゃ困るな……しばらくは良いけど、年取っておっさんにでもなったら動き鈍くなりそう」
「その時は"若くなる薬"をあげるよ」
にこやかにそう言うフィルの顔を見ながら、俺は少し考えて、
「……魅力的だけど遠慮しとく。いきなり若返ったら周りに不審がられる」
両手を肩まで上げて、首を左右にぶんぶん振った。
……いや……面白そうではあるんだけど……
確実に面倒なことになるし、ニュースとかネットとかで絶対に騒がれるからなぁ……それを考えると使いたくない。
俺は意味も無く一つ頷き、
「ところで、任務の内容は? 次はどんな世界なんだ?」
話を戻すと、矢鏡は右手をすっと上げ、そこにトランプよりも一回り大きい黒いカードを現した。片面にだけ白い文字(見たことない字。ちょっと英語に似てる)が並んでいる。
「……何それ?」
すかさず尋ねる俺。
矢鏡はちらっとこっちを見やり、
「通信手段の一つで"スグレカ"と呼ばれているもの」
「ほー。いつもの率直な名前じゃないんだ」
「…………。『すぐに連絡できる便利なカード』の略」
「……略しただけか……
――んで、それどうやって使うの?」
「これは受信専用だから使うわけじゃない。一方的に任務の通達が届くだけ。
忙しい時とかだと、シンは通信機を使わずにこれで任務を伝えるんだよ」
「なん……だと……」
任務のたびにシンの声が聞けるぜひゃっほい、と思っていたのに……なんという……なんというショッキングな話……
「それで、シンからの指示は?」
悲しむ俺をよそに、話を進めようと尋ねるフィル。
矢鏡はカードに書かれた文字を目で追い、
「"プロセントゥーク"という世界に行ってほしい――だって」
「ふーん……」
「え、なに? それだけでわかったの? すげーなフィル」
納得した呟きを漏らすフィルに、俺は感心したように言った。
フィルはにっこり笑って、
「こういう指示の時は『行けばわかる。後は各自の判断で動いて』という意味なんだよ」
「へー……。つーか、任務の説明省くって……シンって意外とめんどくさがりだったのか」
「いやいや、そんなことないよ。スグレカでは短い文章しか送れないってだけ」
……高性能かと思いきや、まさかの低機能。
しかし、それでわかるから問題無し、と不便を感じない主護者がほとんどのため、今までずっと使われてきたそうだ。便利な道具が多い割には、変なとこで不便なもん使ってるよな……だってぜってー送受信出来た方が便利だろ。
「まぁとにかく、そのプロ……プロなんとかって世界に行けばいいんだな?」
確認のために一応聞く。名前は長くて忘れた。
矢鏡が三ミリほど頭を下げて頷いたので、次の質問に移る。
「で、どうやって転移すんの? シンが忙しいってことは、前に言ってた遠隔操作は無理ってことだよな?」
「あぁ。だから今回は、転移用のボックスを使う」
応えつつ、矢鏡は左手を腹の位置まで上げ、その上に薄紫色の小箱を現した。それを何故か俺に差し出し、
「前に貰ったんだけど使わなかったやつ。指定場所の位置情報も送ってもらったから、君はそれを声に出して読めばいい」
「……位置情報?」
首を傾げて尋ねると、矢鏡は一度視線を外して数秒考え、
「その世界の座標と高さを表す数値だよ。それがわかれば、転移する時にその場所を思い起こさなくても移動できる。……まぁつまり、知らない場所でも行けるってこと」
「ふーん……」
呟き返しつつ、俺は小箱を受け取り、
「で、これを俺に寄こすってことは、俺がやれってーことだな?」
「なるべく早く転移を使えるようになってほしいからな。ボックスを使う簡略的なものでも転移は転移だし……思い出すきっかけにはなるかもしれないだろ」
「……確かに」
俺は素直に納得した。
転移はさぁ、俺も早く覚えたい術なんだよなぁ……
だって、考えるまでもなくすっげー便利じゃん。これさえあれば、好きな時に好きな場所に行けるんだぜ。しかも、海外どころか別世界まで自由自在。
あー……早く教えてくれないかなー、エルナ。今度言ってみようかな。
心の中でそう決めたところで、矢鏡がスグレカを、ちゃんと文字が見えるように向けてきた。
「一番下に書いてあるのが位置情報。読んでから、箱を壊してね」
「りょーかい。じゃ、行くぞ」
言って、俺は文字を見つめて軽く息を吸った。
『エリア千七百五十一――
タチ、千五――キリ、二百十九――サイハ、七十四――』
最後の句を述べると同時に、指先で箱を潰した。
そして、視界が真っ白になった――
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