9-5 ポーカーで勝負

「もちろん、私が負けたら潔く諦めるわ。それでどう?」


 眞嚮さんの提案に、俺は、ふむ、と一瞬考えて、


「いいぜ! その勝負、受けて立つ!」


 ぐっと拳を握り、笑顔で答えた。


「あ、それでいいんだ……」


 後ろでフィルが呆れたように呟いた。

 俺は肩越しに振り向いて、


「だって面白そうじゃん♪ 勝てばいいわけだし!」

「……もし負けたらどうするんだい?」

「大丈夫だ、俺は負けない!」


 自信たっぷり言い切ると、


『さすが華月』


 無表情の矢鏡と、にっこり笑ったフィルが同時に言った。


 えーとそれは……俺の勝利を信じてくれてるってことでいいんだよな?


 別に『さすが華月、自信過剰だなぁ』という意味じゃないよな? だって友達だもんな。良い意味の方だよな。うん、きっとそうだ。よしよし。


 脳内会議を終わらせた後、俺は満足げに一つ頷き、それから眞嚮さんに向き直る。


「で? 何で勝負する?」


 わくわくしながら尋ねると、眞嚮さんはふっと笑って、


「あぁそれはもう決まって――ないのよねー! あーどうしようかしら! 全然考えてなかったわー!」


 途中から早口になり、さらに視線を明後日の方に向ける。


 どう見ても怪しい反応……これはもしや――


「まさか……『クイズ対決とかの頭脳勝負にしようとしてた!』なーんて言わないよな?」


 ジト目で眞嚮さんを見やると、彼女は呆れたような顔をして、


「そんなわけないじゃない。どー考えてもフェアじゃない種目にしたら、京ちゃん負けを認めてくれないでしょ? だから、どっちの得意分野でもない、公平な内容にするわよ。

 ――そうね。例えば……」


 言いつつ目をきょろきょろ動かし、俺から見て左側のある一点でぴたりと止める。


「あーこれなんていいんじゃなーい? 誰でも出来るものだしー」


 完全な棒読みで言って、近くの棚にあったトランプを手に取り、俺に見せる。そしてにっこり笑顔を浮かべ、


「あーでも、ババ抜きとかじゃつまらないからー……あ、いいこと思いついたわ♪

 主に運が勝敗を左右する――ポーカーにしましょう!」

「ちょっと待て」


 その提案を聞いた途端、口を挟んでくる矢鏡。


「それ姉さんの得意分野だろ」


 ……あ、ちゃんと姉さんって呼んでんだ。本人のいないとこじゃ『あの人間』って言ってたから、てっきり『お前』とか『あんた』って呼んでるのかと思った。


「な、何を言うの! そんなことないわよ!」


 慌てた様子で言い返す眞嚮さんに、矢鏡は抑揚の無い声で、


「よくラスベガスのカジノに行って、勝ってくるじゃないか」


「そ、それは……! そう! それはスロットをやっているのよ! 別にポーカーで勝ってるわけじゃ――」


「この前自慢してきたな。ポーカーで一千万稼いだって」


「ぐっ……あぁもう! あんたは黙ってなさい!」


 眞嚮さんが叫んで睨みつけると、矢鏡は小さく溜め息を吐いた。


 どうやら兄弟ゲンカ(?)は終わったらしい。それきり二人は黙り込む。


 俺はこのタイミングで口を開いた。


「ぽーかーってのがどんなのか知らないけど……頭使うやつじゃないなら、それでいいよ」


「あ、いいんだ……知らないのにそれでいいんだ……」


 呆然と呟くフィル。振り返ってみると、フィルは笑みを引きつらせていた。

 俺はにこにこ笑い、


「だって運ゲーなんだろ? 運ゲーなら知ってても知らなくても関係ないじゃん。だから、やり方を教えてくれればいいよ。面白そうだし」


「……多分面白くないと思うよ。運だけのゲームじゃないし」

「え? そうなの?」


 ぼそっと呟いた矢鏡に、首を傾げて尋ねると、


「だーいじょーぶよ京ちゃん! 本格的なルールにすると心理戦になっちゃって、知識もいるし不公平になるから、簡単なルールの方にするもの。そっちなら、運での勝負になるわ」


 自信満々な笑みを浮かべ、代わりに答える眞嚮さん。

 俺が、ふーん、と納得すると、


「もう異論はないわね? じゃあ決まり! ルールを説明するわ!」


 彼女は勝手に決めて、自分の執事達にテーブルを持ってくるよう指示する。


 執事二人は返事もせずにドアから出ていき、すぐに腰の高さほどの小さな丸テーブルを持って帰ってきた。それを俺と眞嚮さんの間に置く。


 そして、ベティさんは元の位置に、ヘレンさんはそのままテーブルの横に立つ。


 眞嚮さんがヘレンさんにトランプを手渡すと、ヘレンさんはトランプをケースから取り出し、ケースをベティさんへと投げ渡す。それから慣れた手つきでトランプを切り始めた。


「いい? 京ちゃん。今からヘレンが五枚ずつカードを配るわ。まずはそれを、相手に見えないように手に持って、カードの数字とマークを見るの」


「ふむふむ」


「それで、換えたいカードがあったらテーブルの上に捨てるの。そうしたら、捨てた枚数だけヘレンが京ちゃんにカードを渡すわ。カードの交換が終わったら、二人同時にテーブルの上に広げて見せる」


「うん。で? どうやって勝敗決めんの?」


「カードの組み合わせによって"役"っていうのがあるの」


 眞嚮さんが言うと同時に、ベティさんが白いボードを掲げ上げる。そこには横書きで、上から順に『ワンペア』『ツーペア』『スリーカード』『ストレート』『フラッシュ』『フルハウス』『フォーカード』『ストレートフラッシュ』『ロイヤルフラッシュ』とあり、それぞれの文字の下には五枚ずつカードが描かれている。組み合わせ方の見本のようだ。


「この他にもちょっとだけ役があるけど……まぁ、参考にするのはこれだけで十分だから、教えなくてもいいわよね。で、この図だと、下にいくほど強い役なの」


「じゃあロイヤルフラッシュってのが、一番強いってことか」


「そういうこと。まぁ、それが作れる確率はすっごく低いけどね」


「……なんで? だって、カード交換出来るんだろ? 強い役が作れるまで換えればいいんじゃないの?」


 俺の問いに、眞嚮さんは一度首を傾げ、すぐにぽんっと手を打った。


「あ、ごめんね。言い忘れてたけど、カードの交換は一回しか出来ないの。因みに、一枚も換えないって手もあるわ」


「え! それで役作るの!? むずくねぇ!?」


「だーから勝負になるんじゃなーい♪ まぁとにかく、作れた役が強かった方の勝ちだから。

 ――さ、ルールがわかったのなら始めましょ。今回は超簡易的にしたポーカーだから、勝負は一回。勝っても負けても文句なしだからね、きょーうちゃん♡」


 にやーっと不気味に笑う眞嚮さん。その眼はまるで狩人のよう。


 ベティさんが掲げたままのボードを見やり、俺は顎に手を当て考えた。


 その間に、俺と眞嚮さんの前に、伏せた状態のカードが五枚ずつ並ぶ。俺と眞嚮さんはほぼ同時にカードを手に取り、相手に裏を向ける形で両手で広げる。


 俺はじっと自分のカードを眺めた。

 ダイヤの二と九、ハートのキング、スペードの五、クローバーの五の五枚。


 ボードを見る限り、この時点ではワンペア。このままでは確実に負けてしまう。下に行くほど強いってことは、一番上のワンペアは最弱ってことだからな。


 つまり勝つためには、カードを交換しなければならない、ということである。


 …………ふむ。


 二秒くらい考えて、俺はダイヤとハート柄の三枚を捨てることに決めた。それをテーブルの真ん中にぺしっと置くと、ヘレンさんが俺の前に新たなカードを三枚伏せる。それを手に取り表面を見て――俺はわずかに眉根を寄せた。

 その後に、眞嚮さんがカードを二枚交換し、


「……心の準備は出来た?」


 なんだかすっげー嬉しそうな顔で聞いてきた。

 あることについて悩み中だったため、ただの反射で頷き返す。


「じゃ、勝負よ京ちゃん♪」


 言って彼女は、表面が見えるように、自分のカードをテーブルの上に叩きつけた。そこに並べられたのは、マークがダイヤになっただけで見本そのままのロイヤルフラッシュ。


 それが視界に入った途端、脳内を占めていた疑念はぽーんと飛んでいった。


「はぁ!? うそだろ!? それが出る確率、すげー低いって言ったじゃん!」


 予想外の結果に、俺は思わず声を上げていた。

 眞嚮さんは胸を反らし、


「おーほほほほほっ! やーっぱり私ってば、すっごい強運の持ち主だったみたいね! 今までフォーカードだって出たことなかったのに、まさかこのタイミングでロイヤルフラッシュが出るなんて! さすがに自分でも驚きよ!」


 次いで、びしぃっと俺を指差し、


「でもこれではっきりしたわね! やっぱり私と京ちゃんは結ばれる運命だったのよ!」

「うっわまじかぁぁぁぁぁ! これなら勝てると思ったのにっ!」


 俺は自分のカードをバサッと乱雑に広げ、頭を抱えて項垂れた。

 運なら勝てると思っていただけに、負けたことがショックでならない。


 あぁ……おめでとう、俺。十七歳にして結婚相手が決まったよ。


 ――っていやだぁぁぁぁぁぁ!

 かわいいから、ってのが理由で結婚とかぜってー嫌だったのにぃぃぃぃ!

 勝負事好きだからって、知らないゲームで勝負するんじゃなかった!


 運ゲーならなんとか勝てるだろ、なんてあっまいこと考えてた俺を殴りたい!

 痛いからやらないけど!


「華月、華月」


 抑揚の無い声と共に、左肩をつつかれる。見なくてもわかる、矢鏡だ。


 俺は長い溜め息を吐き、軽く頭を振ってから顔を上げた。同時に、いつの間にか隣に立っていた矢鏡と目が合う。


「なんだよ……? 俺今落ち込んでんのに……」


 気の抜けた声でそう言うと、矢鏡はテーブルの上を指差した。


 それで気付いたのだが、眞嚮さんと執事二人が、俺が出した五枚のカードを見つめたまま、顔を青ざめて固まっている。


 俺が出したのは、スペード、ハート、クローバー、ダイヤの五。そして、ジョーカー。


 実はさっき疑問に思っていたのは、このジョーカーのこと。ババ抜きから考えると、ジョーカーは"外れ"扱いなのだろうが……ポーカーはそれとは違う。だから、ジョーカーが入っていると外れなのか当たりなのか、それとも意味が無いのかどうかを考えていた。


 矢鏡は、とんっとカードに指先を落とし、


「引き分け」

「…………は?」


 俺は一度、自分のカードを見やり、すぐに視線を戻し、


「だって、フォーカード……」

「ファイブカード」


 急に出てきた謎の単語に、ぽかんと口を開けて固まる。

 矢鏡は腕を組み、


「まずジョーカーについてだけど、ジョーカーはワイルドカードと呼ばれる特殊なもので、全てのカードの代用が出来るんだ。言い換えると、良い役が作れるように変換出来るってこと。


 ――結論だけ言うと、この組み合わせではジョーカーは五として扱われる。フォーカードより強い役の中で、作れるのがファイブカードだけだからだ」

「お……おう……」


「普通はジョーカーを混ぜないでやるから、最上位の役はロイヤルフラッシュだけなんだけど……混ぜた時だけはファイブカードという、同じく最上位の役が作れるようになるんだよ。


 でも、この二つはどっちの方が強い役かが明確になっていないから、本来はゲームを始める前にどうするかを決めるんだ」

「……へ、へー」


「で、今回は素人相手にろくに説明もせず、順位を明確にもしないで、姉さんが勝手に始めてしまったから、ゲームの勝敗自体は引き分け扱いになる」

「ほーん……なるほど、それでか」


 俺は納得した呟きを返した。


 ……なんとなくしかわかってないけど……


 などと話が終わったその途端、


「えぇぇぇぇぇぇ!? うそでしょ!?」


 眞嚮さんが頭を抱えて叫んだ。


「京ちゃんポーカー知らないって聞いたから、ジョーカーがあってもなくても私の運なら勝てると思ったのに! 都合良くロイヤルフラッシュが出せたから、絶対勝ったと思ったのに!


 なんでファイブカード!? 初めてでそれ出すってなに!? なにその強運!?

 せっかく昨日の夜から準備して、作戦通りポーカーで勝負できたのに……これじゃあ『私の強運と無知な京ちゃんのおかげで圧勝。晴れて二人はゴールイン♪』という緻密な計画が台無しじゃない!」


「うわすげー……どんだけ自分の運に自信持ってんだよ」

「……華月は人のこと言えないと思うけど」

「うるせぇ矢鏡」


 早口でまくしたてる彼女の横で、淡々と会話する俺と矢鏡。

 それからしばらく、眞嚮さんは悔しそうにうーうー唸り、やがてパッと顔を輝かせ、


「あ! そうよ! ファイブカードなんて予想外すぎるものが出たから混乱したけど、よく考えたら引き分けなのよね! 負けたわけじゃないんだから、悔しがることなかったわ!

 ――ということで京ちゃん、もう一回やりましょう!」


「ポーカーなら何回やっても結果は同じだよ。華月に運で勝てるわけがない」


 俺が応える前に、呆れた調子で言う矢鏡。

 眞嚮さんは悔しそうに顔を歪ませ、


「くっ……確かに……! ファイブカードなんて出されたら、もう京ちゃんに運で敵うとは思えないわ……

 じゃ、じゃあそうね……クイズ対決なんてどう?」


「それじゃ勝負になんねぇよ。確実に俺が負ける。

 ……つーかさぁ、俺ちゃんと断ったんだし、いい加減諦めてくれよ」


 説得するなら今かな、と思って俺が言うと、彼女は首を左右にぶんぶん振り、


「嫌よ! 絶対に諦めないわ! こんな理想的な人、他にいないんだから!」


 まるで子供のように喚きたてる。

 俺と矢鏡は顔を見合わせ、同時に肩をすくめた。


 これじゃ、まだしらばくはまとわりつかれるな――

 そう思った刹那。


 ピリリリリリリッ


 規則的な電子音が鳴り響いた。

 すると、眞嚮さんはぴたっと動きを止め、すぐに反転し、ベティさんがどこかから取り出した音の主――携帯電話を引っ掴み、通話ボタンを押して耳に当てる。


「もしもし……あら、なぁにママ? 私今忙し…………え? そっちも忙しい?

 うん……うん……わかった、すぐ行くわ」


 真顔でこくこく頷くと、眞嚮さんは電話を切り、ふーっと息を吐く。そして、


「仕方ないから、今回は諦めてアメリカに帰るわ!

 でも次は絶対結婚してもらうから! それまで元気でね京ちゃん!」


 早口で一方的に告げ、乱雑にドアを開けて部屋から出ていく。その後に続く執事二人。

 三人の足音が聞こえなくなってから、ようやく俺は口を開いた。


「……まるで嵐だったな」


 その言葉に、矢鏡はこっくり頷いた。



 **



 後で聞いた話だが、矢鏡の母親はアメリカにある有名な電気製品会社を経営していて、眞嚮さんはそこの副社長を務めているそうだ。で、何か問題が起きたために慌てて帰った、ということらしい。


 グッジョブ、アクシデント。

 次会う時には、諦めてるといいんだけどなぁ……

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