7-5 初デート
都会、もしくはここ周辺の町や村と繋がる翠ヶ丘駅。ド田舎にあるからか駅ビルなんてものは無いが、矢鏡家の手が入っているらしい駅の建物は立派な造りでそこそこ大きい。平日の利用客数は微々たるものだが、休日ともなれば都会に出かける人や駅周辺にある商店街に赴く人達によってそれなりに賑わう。とは言っても、都会と比べるとそれでも『うわーすっくなー』という感想しか出てこないけど。
そんな翠ヶ丘駅の前には、一本の広葉樹を中心とするちょっとしたスペースがあり、集合場所や目印として使われたりする。
佐藤先生が指定した場所もそこで、フィルは集合時間の二十分前には木の下に来ていた。木に背を向け、左手首につけた小さめの時計をじっと見つめて佐藤先生が来るのを待っている。
フィルの服装は薄水色のティーシャツに、長袖でクリーム色の膝まで届く長い羽織。濃い青色のスラックスという日本の"普通"に合わせたもの。女子でも男子でも着てそうな組み合わせなのだが、フィルの顔と身長では『成長途中のイケメン高校生』にしか見えない。せめて肩に掛けているのが女性らしいかわいいカバンだったのなら、クール系の女性に見えるのだが……残念ながら茶色一色の小さいカバン。もちろん余計な装飾は無い。完璧にメンズコーディネートである。
おかげで、何らかの用事で駅に来た人達の大半(若者からお年寄りまで)がその場で足を止めるかスペース近くに歩み寄るかして、自分の用事そっちのけでイケメンオーラ全開のフィルに見入っていた。女性達の多くは目をハートにしてうっとりしており、いくつかの若者グループが『声かけてみる?』と肉食獣のように目を光らせて相談し合っていて、男性達は『モデルか芸能人?』とか『うわ超イケメン。羨ましい。俺もああなりたい』などと言いながら羨望の眼差しを送っていた。
「デートなんだから、もっと女の子らしい格好すれば良かったのに……
あれで佐藤先生が来たら、どー考えても誤解されるじゃん」
駅前の様子を、そこそこ離れた場所にある小さいビルの陰から覗きながら俺は言った。
「……言っておくけど、俺達の方が誤解を招く服装だよ」
俺の後ろで矢鏡が言った。
俺はくるっと振り返り、
「え? そうか?」
「これだとマフィアだからな」
俺と同じく白いシャツに黒いスーツ、黒ネクタイ、黒い中折れハット、黒いサングラスを身に付けた矢鏡が、呆れた様子で応えた。
因みにこの格好、矢鏡の執事の草加さんが用意してくれたものである。昨日の夕方、フィルに内緒で矢鏡家に訪れたんだが、そこで『二人のデートを尾行しよう!』という話を矢鏡に持ちかけたら、どこからか聞いていた草加さんが協力してくれることになり、やっぱ尾行するなら目立たない服装だよな、と考えた俺は草加さんに『何か黒っぽい良い感じの服ないか』と相談したらこのセットを貸してくれたんだ。
俺は、やや大きいためずり落ちてくる帽子を押し上げて、
「マジで? 髪と目の色が目立たなくなるから良いと思ったんだけど……」
言いつつ周りを見回すと、ここを通る全員が不審者を見るような目で俺達を見やり、いかにも『関わらないようにしよう』という感じですぐに視線を逸らし、俺達に近付かないよう距離を開けて道を通りそそくさと去って行く姿が確認出来た。
「……確かに恐がられてるな。しかも目立ってるし……」
思わずぼそっと呟くと、矢鏡は小さく頷いた。
俺は腕を組み、眉をひそめ、
「うーむ……おかしいな。俺のイメージはSPだったんだが……」
「日本のSPはサングラスかけないし、こういう帽子はかぶらない」
「へー……。じゃあ、なんで草加さん、マフィアっぽいの貸してくれたんだ……?」
一瞬、草加さんが俺達に嫌がらせでもしたんじゃないか、と疑ったが、
「君が草加に『髪と目が隠れるように黒い帽子とサングラスも貸してほしい。帽子は中折れハットとかがいいな』って言ったからだよ。最初に用意したのはスーツだけだったのに」
「……ごめん草加さん。悪いのは俺だった」
矢鏡の冷静なひとことで、完全に自業自得だったことを思い出した。
人のせいにしてごめんなさい。
俺が心中で草加さんに謝罪をしてたら、
「君達」
後ろから男の声がして、左肩をぽんっと叩かれた。
反射的に振り向くと、
「ちょっといいかな?」
警察官の方が二人いました。二人とも良い笑顔。
そして始まる職質タイム。あらー。
いくつかの質問に正直に答えたら俺達が不審者だという誤解は解けたんだが、代わりにめっちゃ怒られた。一応、尾行しようとしていたことだけは言ってない。更に怒られそうだし。
ここで幸いだったのは、矢鏡家が有名だったことだ。説教の途中で矢鏡が帽子とサングラスを取り、警察官の片方が矢鏡が財閥の御曹司だと気付かなければ、長々と説教されたり親を呼ばれたりして、フィルの尾行どころではなくなっていただろう。結果的に、矢鏡家の権力のおかげで『以後紛らわしい格好は止めなさい』と注意されただけで終わった。
去って行く警察官達を見送ってから駅前スペースを確認し、佐藤先生がまだ来てなくてフィルが木の下にいたことにほっと胸を撫で下ろす。職質を受けていた五分くらいの間に二人がいなくなってたら、手当たり次第に探さなきゃなんないからな。
それから数分立たずに、俺から見て右の方から無難な格好した佐藤先生が走って来て、駅前スペースに入っていくのが見えた。
「お。来た来た」
「……楽しそうだな、華月」
「はっはっは。何を言う。俺は地球に慣れていないフィルが心配なだけさ」
矢鏡の言葉に、視線を動かさないまま明るく応えた。なんか自分の口が笑っているように感じるけど、きっと気のせいだ。気のせいってことにしとけ。
フィルが佐藤先生に気付き、佐藤先生が人混みを掻き分け近付いて行く様を眺めつつ、
「うーん……でも、ここからだと会話は聞こえないんだよなぁー……」
と呟いたら、
『やあ』
『あ! あの、おはようございます! お待たせしてすみません!』
何故か後ろからフィルと先生の声が聞こえた。
ゆっくり振り向くと、矢鏡が右手に持ったタバコの箱サイズの黒い四角い箱を上げて見せ、
「フィルが付けている時計に盗聴器が仕込んであるから、声は聞こえるよ」
「ナイスだ矢鏡、よくやった」
俺は素早く親指を立て、笑顔で言って、
「――と、言いたいが……良いのかそれ。プライバシーの侵害にならない?」
すぐに不安げな顔を作った。
あと今気付いたけど、矢鏡、外した帽子とサングラス持ってねぇ。いつの間に術使って消したんだ? よく周りの通行人達にばれなかったな。
それと余談だが、この盗聴器は主護者の誰かさんが作ったもので、なんと通力持ちにしか聞こえないらしい。いつも思うけどほんとすげぇな。主護者って便利屋の集大成みたいだ。
矢鏡は右手を下ろし、
「大丈夫。知った上で付けてるから、フィル」
「え」
予想外なことをさらっと言われ、俺の目は点になった。
佐藤先生が今からどういうルートで案内するか、をフィルに説明している声が聞こえる。ついでに周りのざわめきも。
矢鏡が続けて言う。
「ついでに言っておくと、俺達がついて来ていることもばれてる」
「……え? ま、まじで?」
「あぁ。担任に誘われた時、俺達が階段脇で聞いていたことに気付いていたからな。フィルなら、君が次に何をするのかくらい簡単に予測出来る。
……まぁ、だから誘いを受けたんだろうな。君の反応を見て面白がるために。でなければ、こういう面倒事にフィルが関わろうとするはずがない」
「えー……ってことはさぁ、佐藤先生利用されただけってことじゃん」
「そうだよ」
「なんか可哀想だな。先生は本気で惚れてるっぽいのに……」
「……からかわれてるのは君だけど……それは気にしないんだな……」
佐藤先生に同情している俺に、矢鏡がちっさい声で言った。
俺は何気ない顔を向け、
「そういうのは気になんねぇな。面白いと思われてんなら別にいいよ。
――それより、佐藤先生はフィルのどこに惚れたんだろうな? 矢鏡は気にならねぇ?」
やや興奮気味にそう聞くと、矢鏡は三秒くらい間を開けてから右手を動かし、ズボンのポケットから四つ折りにされた小さな紙を取り出した。それを器用に片手の指先だけで開き、中を見て、
「佐藤
「…………調べたの?」
「華月が気にすると思ってクラウスに頼んでおいた」
「さすが矢鏡。わかってんな」
俺は笑顔で、再び親指を立てて言った。次いで、顎に手を当て少し考え、
「てーことは、先生はフィルの顔じゃなくて、爽やかで頭良いとこに惚れたのか」
「顔はどうでもいいらしい。重視するのは性格だって」
「……そうか。それなら良かった」
「……何が?」
「ん、いや……
『え? 先生もしかして"あっちの趣味"の人? 趣味嗜好は人の勝手だけど……俺はそういうの嫌いだからなー。良い人だと思ってたけど、それは引くわー。失望だわー』
――って思ってたから」
「……地球人の観点だと同性愛は異常扱いなのか……」
感心したように呟く矢鏡。
他の世界では違うのか、と聞いたら、世界にもよるけど、それが珍しくない世界もある、と返された。まじかよ。
――などと話しているうちに。
『じゃああの……とりあえず行きましょうか』
打ち合わせが終わったらしい二人が、ざわめく大勢の人達に見送られ、駅前スペースを出て南(俺達がいる所の反対側)に向かった。
「おっと。行くぞ矢鏡」
俺は矢鏡に一声かけ、一定の距離を保って二人を追う。
「気付かれてるのに尾行するの?」
後ろからついて来ながら矢鏡が尋ねた。
俺は足を止めることも振り向く事もせず、
「まぁ、折角来たしな。探偵みたいで面白――いや、フィルが心配だし」
「……今本音が」
「気のせい気のせい」
やや強引に誤魔化せば、矢鏡は追及してこなくなる。俺も少しはわかってきたな。
十分くらい歩いただけで商店街に着いた。商店街の中の道は太めだが、車や自転車は基本的に通れないようになっている。駅と同様、カップルや若者グループや主婦達、店先で声を上げるおっさんおばさん達によってそこそこに賑わっていた。
フィル達は周囲の視線を集めながら道の真ん中を進み、別の意味で視線を集め、百メートルくらい距離を開けて続く俺達。あ、今子供に『マフィアだマフィア』って指差された。
「俺帰っていい?」
ふと、矢鏡が言った。
俺は人にぶつからないよう前を気にしつつ、肩越しに振り向き、
「ひどい奴だな。俺だってこの町来たばかりでよく知らないんだぞ。迷ったらどうする」
「……わかったよ」
矢鏡は諦めたように溜め息をついた。
その後、フィル達は他愛の無い話(主に佐藤先生が話してただけ)をしながら種類豊富な大きい本屋や薬局(多分、佐藤先生がフィルの好みに合わせた)をまわり、おしゃれなカフェで昼食を取った。
俺達は対面のファーストフードに入り、バーガー片手に二階から昼食風景を眺めた。矢鏡が、こういうところで食事したことが無い、というぼんぼんっぽいセリフを吐いたので、すこーしだけ腹が立った俺はこの店で一番高い"野菜たっぷりヘルシーフィッシュバーガーセット"を奢らせた。
今月金ねぇんだよ。あとタダメシ美味い。
朝からずっと頬を染めたまま幸せそうに笑う佐藤先生の顔を見ながら昼食を終え、二人が店を出て今度は西側に向かって歩き始めたところで、俺達は尾行を再開した。
その後も恋の進展なんてすることなく、学校の話とか佐藤先生が聞きたがった医学の話とかをしながら行われるふつーのデート。
「フィルと誰かを付きあわせたいの?」
佐藤先生の誘導で二人が花屋を覗いているところを魚屋の陰から見ていたら、矢鏡にそう聞かれた。
俺は後ろに立つ矢鏡をちらっと見やり、
「え? いや……そういうわけじゃないが……
ただ、佐藤先生良い人だから応援したいなと思っただけで。まぁ、相手がフィルじゃ、成功しないだろうけどさ」
矢鏡はじっと俺を見返し、考えるような間を開けて、
「……有り得ないけど、もしフィルが人間を好きになったらどうする?
主護者を止めて、普通の人間として暮らしたいって言ったら――華月はどうする?」
「変なことを聞くな……」
俺は少し呆れて言って、それから一応考えてみた。
「そうだな……その時も応援するかな。フィルなら振られることは無いと思うけど、幸せにはなってほしいし」
想像したことを正直に話したら、
「…………可哀想に」
何故か矢鏡は視線を逸らしてそう言った。
なんで可哀想なんだ、と聞いても答えてくれなかった。意味わからん。
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