7-4 好きなら本人に直接聞けや
翌朝。
学校に行って、俺は少し驚いた。
いつもなら、俺が登校するこの時間に校内にいる生徒は総生徒数の四分の一以下だったのだが、今日は何故か半数以上がすでに登校していた。そのうちの九割は女子で、全員が恐い顔をして、数人のグループを作って校内を行ったり来たりしていた。
なんだろう……なにかあったのかな……?
不思議に思いつつ、とりあえず教室に向かい――
「転校生、ちょっといいかな?」
ドアに手をかけたところで左横から声をかけられた。
そっちを向くと、男子二人女子三人の五人全員が警戒心に満ちた目で俺を見ていた。
俺は一瞬で悟った。
――あ。これめんどくさいやつだ。
このグループのリーダーらしい、声をかけて来た七三分けの生徒会長(三年生。宮間曰く絵に描いたようなお堅い人間で、学力面で矢鏡をライバル視しているらしい)が、メガネのフレームを左手で押し上げ、
「話があるんだ。ちょっと生徒会室まで来てくれないかな?」
明らかな作り笑いを浮かべて言った。
俺は即効『ヤダ』と言って断りたかったが、相手は先輩だし一応気を使って、
「今から? 俺授業の予習したいんですけど」
遠回しに告げた。この時、若干迷惑そうな顔をすることは忘れない。
これで諦めてくれれば楽だったんだが――
「まぁそう言わずに。数分でいいからさ」
生徒会長は笑顔を崩さぬままそう言い返し、ガシッと俺の左腕を掴む。
「え、ちょ――」
「さぁ行こう」
反論する暇さえ貰えず、半ば強引に連れて行かれた。
生徒会室は一号棟の一階、東階段近くにある。室内には書類が詰まったスチール棚や校長が使ってそうな机、会議用テーブル、パイプ椅子などがあり、やけに広い部屋の中を少しだけ狭めている。
部屋に入り、真ん中辺りに来たところでようやく腕を放された。
俺達の後ろをついて来ていた四人も入り、何故か鍵を締められる。
「皆、重要参考人を連れて来たよ」
奥の方に歩みながら生徒会長が言った。
俺は視線だけを動かして、四方の壁際にずらっと立ち並ぶ、ただならぬ雰囲気を醸し出す何十人もの生徒達(やっぱり九割は女子)を見た。
なんか、悪い事したみたいでやだなぁ……
「さて、さっそく本題に入ろうか」
正面に立つ生徒会長が、こっちに振り向きながら言った。次いで両手を広げて生徒達を指し示し、にやりと笑って言葉を続ける。
「すでに知っているかもしれないが――僕達は"フィル様ファンクラブ"に所属している」
……それ堂々と言うことなのか……?
「フィル様がこの学校に来てからというもの、僕達は本当に幸せだった」
生徒会長の言葉に、周りの全員が深く頷く。
なんだこの一体感。昨日結成(改名のが正しいか)されたばっかなのに……
「――だが!」
生徒会長がやたらおーげさに手を振り拳を握りしめ、体全体で悔しさを表現する。
「昨日の昼休み、僕達はとんでもないことを聞いたのだ!
我らが女神、あるいは王子であるフィル様には――好きな人がいる、ということを!」
「あぁ言ってたな。……で、それが俺とどう関係あんだよ?」
半分呆れているため、敬語も使わずぶっきらぼうに言い放つ俺。
生徒会長はすっと姿勢を直し、メガネをくいっと押上げ、
「僕達フィル様ファンクラブは、昨日の放課後に緊急集合し、その件について話し合った。その結果――」
そこで一旦区切り、すっと俺を指差して、
「フィル様と、更にはあの矢鏡君とまで仲が良い君を捕まえることにした!」
「えっ! なんで!?」
「決まってるだろう! 仲が良い君なら、色々知ってそうだからさ!
好きな人が誰かとか! どういうタイプが好みなのかとか!」
何故かかっこつけて言う生徒会長。但しセリフは超だせぇ。
このタイミングで周りに並んだ生徒達が動きだし、丸く俺を取り囲み、
「お願い! なんでもいいから教えて!」
「頼むよ転校生!」
「フィル先生のこと知りたいんだよー!」
「ほんとにちょっとしたことでもいいから!」
などと言い始めた。もちろんここには生徒会長も混ざっている。
俺はしばらく黙って聞いて、てきとーなタイミングで、
「あのさぁ……」
口を開いた途端、シーンと静まり返る一同。
俺はジト目で彼らを見やり、
「ちょっと聞きたいんだけど――なんで矢鏡には聞かないんだ?」
『…………』
さっと視線を逸らす皆さん。その顔に浮かぶのは苦笑い。
回答を求めてそのまま待っていると、
「……いや……だって……矢鏡君は話しかけても反応してくれないんだもん……」
「近寄るなオーラ半端ないし……」
「無口無表情って恐いじゃん。何考えてるかわからないしさぁ……」
計三人が予想していた通りの事を言った。ですよねー。
そしてまた、お願い教えて、と熱心に頼み込んでくる生徒達。中には目付きがマジすぎて恐い女子もいる。
俺は静かに溜め息を吐き、
「あのさー、そういうの良くないと思うぞ。個人情報が知りたきゃ本人に聞けよ。
俺はフィルの好きな人なんて知らないけど、もし知ってたとしても教えねーからな。知られたくない事もあるだろうし」
呆れた口調で言いながら、出口に向かって歩を進める。進行上、沈んだ表情の生徒数人が邪魔だったが、構わず近付くと黙って道を開けた。
生徒会室を出て、隣の会議室の前を通り過ぎたところで、
『僕達はこれくらいじゃ諦めない! 手段を変えて出直そうじゃないか!』
『おー!』
後ろからそんな声がした。
西階段に向かいながら俺は思った――
宮間の情報、間違ってんじゃねぇか。どこがお堅い人間なんだよ生徒会長。
**
「じゃあ今日はこれで!」
佐藤先生の一言でショートホームルームが終わった。今日は珍しく早口で、先生はすぐに教室を出て行った。何か急ぐ用事でもあるんだろう。
そんなことより、と俺は隣に目を向けて、途中まで一緒に帰ろうぜ、と矢鏡を誘った。
矢鏡が小さく頷いたので、じゃあフィルにも言ってくるから待ってろ、と言い残して教室を出た。他のクラスはまだホームルームが終わってないらしく、無人の廊下を歩いて西階段を半分下りたところで――
「あの……少しお話ししたいことが……」
生徒会室の方から佐藤先生の声が聞こえた。
反射的にそっちを見ると、頬を紅潮させた佐藤先生の顔と、こちら側に背を向けるフィルの姿があった。
もしやこれは告白タイムか!? なら聞くしかねぇな!
一瞬でそう判断し、俺はさっと階段脇に身を隠して聞き耳を立てた。
盗み聞きなんてあまり良くないが……湧き上がる好奇心には勝てないからオーケーオーケー。こういう場面に出くわしたら、大抵の人が同じことをすると思うし。
「なんでしょう?」
フィルが聞いた。
そーっと覗くと、佐藤先生は『えっとその』などと言いながら視線をきょろきょろ動かし、
「つ、次の土曜日とか……その……もし空いてたら、い、一緒に……出掛けませんか?」
尋ねてちらっとフィルを見て、慌てて両手を左右に振り、
「あ! いや! 別に深い意味はないですよ!
フィル先生は日本に来たばかりだと聞いたので、この辺りの案内とかいるんじゃないかなーと思っただけでして! いやほんとフィル先生さえ良ければですが!」
恐らく恋心を誤魔化すためにそう付け足した。
せんせー、隠せてないぜー。その反応だともろばれだぜー。
誰がどう見ても"惚れてる"ってわかるぜー。
つーか、急いでたのはこれのためかよー。
しかもフィル、ぱっと見美少年にしか見えないんだぞー。
一体どこに惚れたんだー?
やっぱ顔かー? 顔が良ければいいのかー?
「何してるの?」
突然、後ろから声がした。
「しっ! 静かにしろ。今いいとこなんだから――」
小声で言いつつ振り向くと、すぐ後ろに不思議そうな顔をした矢鏡が立っていた。手には自分のカバンと俺のカバンを持っている。気を利かせて持ってきてくれたらしい。
「って、なんだ矢鏡か」
俺は少し安心して、その場にしゃがんで覗き見に戻る。
矢鏡は小さく息を吐き、俺の上から俺と同じように廊下を覗いて、
「……フィルと担任を見て面白い?」
「デートへのお誘いだよ。まぁ見てなって」
小声で聞いてくる矢鏡にそう返すと、矢鏡は何も言わなくなった。
悩んでいたのか、フィルはびっみょーな間を開けてから、
「ふふっ♪ じゃあお願いしようかな」
爽やかーに笑って答えた。
それを聞いた佐藤先生はすっげぇ嬉しそうな顔をして、
「ほんとですか!? じゃ、じゃあ土曜日の十時に駅前集合ってことで……」
「わかりました」
フィルが肯定するまで見て、俺は矢鏡に上に行くように合図して、音を立てないように二階に戻った。階段の傍で矢鏡と向き合い、
「いやー……意外。オーケーするとは思わなかった」
正直な感想を言うと、矢鏡は若干困ったような顔を作り、
「それは多分……」
ぼそっと言って、何故かそこで口を閉ざした。
さすがに気になったので、その先を追及しようとしたら、
「おや、二人共そこにいたんだね。何してるんだい?」
爽やか笑顔のフィルが階段を上ってきた。
俺は慌てて言い訳を考え、笑顔を作り、
「え? えーと……
そう! フィルのところに行こうとしてたんだよ! 一緒に帰ろうと思ってさ!
でも、ここで会うとは良いタイミングだな! な、矢鏡?」
「……あぁ」
矢鏡が小さく頷いた。……良かった、合わせてくれて。
次いで矢鏡は、俺のカバンを俺に寄こし、フィルを見て、
「仕事終えたなら帰るぞ」
と言って階段を下りて行く。
フィルは、うん、と頷いてその横に並び、俺はその後をついて行った。
帰り道では他愛の無い話をしながら、俺はある計画を立てていた。
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