5-6 任務終了
「おかえり」
湖に戻った俺達を迎えたのは、青年姿のシンだった。
西にある太陽は半分以上が木々に隠れて見えず、空をオレンジ色に染めていた。
俺は一度まばたきをして、
「なんででっかくなってんの!?」
「んー……分身消して、本体で来たからだよ。あのままだと華月達を地球に戻せないもの」
にっこり微笑み、応えるシン。
うわー……すっげぇ綺麗、美しい。やっぱ青年姿の方がいいなぁ♡
シンは、ほけーっと見惚れている俺と、後ろにいる二人を見回し、
「さて、任務お疲れ様――と、言いたいところだけど……」
勿体ぶるように一度切り、にやりと笑って(目付きがリンさんそっくり!)、
「魔族討伐、失敗したね」
「えっ! 嘘!?」
驚いて、思わず声を上げる俺。
「あ。やっぱりあれ、分身だったのか。通りで弱いと……」
「駄目じゃないかディルス。そういうのはちゃんと確認して仕留めないと」
淡々と呟く矢鏡と、爽やか口調で注意するフィル。
俺はくるっと振り向き、二人を見やり、
「そんな呑気なこと言ってる場合か! 倒さないとヤバいんだろ!?
というか矢鏡! やっぱりって何だ!? どういうことだ!?」
「え、いや……かなり前のことだけど、任務途中のエルナを襲ってきたことがあったんだよ。あいつと初めて会ったのはその時で、苛立ったエルナが瞬殺したんだが――」
「それも分身だった――ってか?」
こくりと頷く矢鏡。
俺は静かにため息を吐いた。
なるほど。前に来たのが分身だったから、今回も分身じゃないかって思ったわけか。
ついでに、初めて会った時に『今度こそ』って言ってた理由もこれでわかったな。
「あぁ、エルナが言っていた"逃がした魔族"って、彼のことだったんだね」
何気ない顔で呟くフィルに、矢鏡は再び頷いた。
「面倒なことに、逃げるのと隠れるのが上手いんだ。ずっと探していたけど、結局見つからなかった」
「で、今回久しぶりに再会したわけだ」
またまた頷く矢鏡。三回目。
「私、その話聞いてないんだけど」
背後でシンが言った。ちらっと見ると、シンはにこにこ笑顔を浮かべていた。
あ。これ作り笑いだ。シンも作り笑いするんだなー。
すると矢鏡は、少しだけ困ったような表情をして、
「……すまない。エルナが、シンには言うなって……逃がしたからには自分でケリをつけるって、聞かなかったんだ……」
そう言うと、シンは小さくため息を吐き、やんわり微笑む。
「……まぁいいけどね。報告も強制しているわけじゃないし……
ただ、今回も逃げられたっていうのは良くないね。悪いけど、あの魔族のことは引き続き貴方達に任せるよ。見つけ次第知らせるから、そのつもりでね」
「あぁ」
矢鏡が短く言った。俺も一応、頷いて返す。
まーたあの変態と会わなきゃいけないのは心底嫌だが……仕方ないか、逃がしたのは俺達だし。……というか、エルナの責任は継がねばなるまい。いろいろ教わってるし、それくらいしないとな。
シンは俺に顔を向けて、
「とりあえず、救出の方は出来たから、今回の任務はこれで終わりです。
ちゃんと、華月が地球から転移した時間と場所に戻すから、安心してね」
「しばらくお別れだね、華月」
シンの横に移動したフィルが、続けて言った。いつも通りの爽やかな口調で。
俺は一瞬、何を言われたのかわからなくて、妙な間を開けてから、
「あ、うん……そうだな」
気の抜けた声で応えた。
頭ではわかっていたはずなのに――受け入れられない俺がいる。シン達との別れも、平凡な日常に戻ることも。
この世界に来てから、まだ十日も経ってないというのに、不可思議なことに慣れてしまった。……いや、慣れ過ぎたと言うべきか。
だから、とても名残惜しく感じてしまう。
不思議なことに驚いて、戸惑うことが多かったけど……本当に楽しかったから。
初めて仲間と友達と好きな人が出来て、本当に嬉しかったから。
ずっとこのまま旅をしていたい、と思った。でも、俺は地球に戻らなきゃいけない。地球には友達も仲間もいないけど、両親がいるからな。十七歳になったばかりの一人息子が行方不明とか……さすがにヤバすぎるだろ。親不孝もいいところだ。
俺が寂しそーな顔をしていたからか、
「悲観することはないよ華月。少し経てば、また会えるから」
慰めるように、フィルが優しく声をかけてきた。
フィル達の言う少しって……どうせ十数年とか何百年とかだろ……一万年以上も生きてるんだから。
そう思っていると、フィルはニコッと笑って、今度は明るく言う。
「それに、ディルスとは一緒だよ♪ 君達のコンビは固定だから」
…………………………はっ!
「そういえばそうだった! 矢鏡、隣の席じゃん! すっかり忘れてたぜ!」
言いつつぽんっと手を打った。
そうだそうだ。地球に戻っても、矢鏡はいるんだった。
シンとフィルとは別れるけど、死ぬまで会えないかもしれないけど――独りじゃないなら大丈夫だ。独りはつまんないからなー。
「え……そんなに俺は影薄いのか……」
後ろでぼそっと呟く矢鏡。
俺はくるっと振り向いて、何気ない顔で言う。
「だってお前、基本無表情だし、淡泊だし……フィルのイケメンっぷりと爽やかさの方が印象強いんだよ。あとシンの素敵さ」
正直・イズ・ザ・ベスト。これ、俺のモットーな。
矢鏡が若干落ち込んでいるような顔(多分)で、
「そう……」
と、悲しそう(多分。いつもより声が小さいだけかも)に言うので、
「まぁいいじゃん。それがお前だろ? 俺はそーゆーのも良いと思うぞ」
と、一応フォローを入れておく。にこにこ笑顔で朗らかに。
相方だし、嫌われるよりは好かれる方が良いからな。
……まぁその前に、今現在好かれてんのか嫌われてんのか、まったくわからないけど。
シンがどこか嬉しそうにふふっと笑い、
「任務を頼みたい時は、通信機で連絡するから。その時はよろしくね」
予想していた通りのことを言う。やっぱ通信機だよなー……
俺はシンに向き直り、シンは、その際の転移は遠隔操作で行うことを付け加えた。
それから急に、
「それと、もう一つ覚えておいて」
真面目な口調になった。淡く微笑み、一拍の間を置いてから言う。
「もし、任務が嫌になって、普通の生活に戻りたくなったら……遠慮せずに、いつでもいいから言ってね。絶対に、無理はしないで」
俺は真顔で少し考えて、心配すんな、というつもりでにっこり笑って応える。
「大丈夫だよ。無理をするつもりも、シンの手伝いを止めるつもりもまったく無いから。
シンこそ、そんな気を使わずにさ、遠慮なく頼めよ」
「……うん。ありがとう、華月」
そして、シンの指の一振りで、視界が真っ白になった。
**
気が付くと、俺は見慣れた自分の家の玄関の中に立っていた。
学校指定の四角いカバン(手持ちタイプ)が近くに立てかけてあって、正面に二階へ上がるための階段が見える。その右横には茶の間があって、出入りするためのふすまが二つ並んでいた。因みに手前はフローリングの床。まっすぐ右手に伸び、その先には台所と風呂とトイレがある。
なんとなく動く気が起きず、そのままぼけっと立っていると、スリッパの立てるぱたぱた音と共に、台所の方から俺の母親が現れた。
黒目黒髪でボブカットの、きりっとした知的美人(普通よりちょい上って程度)だ。
母は俺を見るなり、血相を変えて駆け寄ってきて、
「
「え……あっ!」
言われて気付いた。こっちに帰ってくる前に着替えるの忘れてた!
俺は慌てて笑顔を作り、
「ち、違う違う」
言いながら、母に気付かれないように後ろで上着とネクタイを出し、さっとカバンの方に放り投げる。すぐにそっちを指差し、
「暑かったから今脱いだんだよ。ほら、そこにあるだろ?」
「え……? あ、ほんとね。気付かなかったわ」
母はあっさりそう言うと、夕飯は焼き鮭だと伝えて台所に戻っていった。
俺はふうっと息をつき、靴を脱いだ。上着とネクタイとカバンを持って二階に上がり、右手に伸びる廊下に二つあるドアのうち、奥の方のドアを開けて中に入った。因みにそこが俺の部屋で、手前にあるのが両親の部屋だ。
勉強するための机とイス、趣味全開のファンタジー本が詰まった本棚一つと、角にベッドがあるだけの簡素な自室。クローゼットもあるけど、中には服しか入っていない。ドアの横にはカレンダーが張ってあり、今日が六月の第二木曜日だったことを思い出させた。
なんか、異世界に行っていた、という実感が湧かなくて……
さっき物質召喚を使ったはずなのに、左手首にはシンから貰った腕輪があるのに、あれは夢だったんじゃないかって――そう思った。
だから、次の日。
いつものように学校に行って、少し緊張しながら教室の後方のドアを開けた。
俺の席は窓際最後尾で、その右隣には――
「おはよう、華月」
抑揚の無い声であいさつをしてくる矢鏡がいた。
だから俺は、ははっと笑って、おはようと返した。
心底ほっとしたことは秘密だ。
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