4-2 料理?俺に出来ると思うか?
カーテンの無い窓から朝日が差し込む。
明るくなった室内で、俺は静かに身を起こした。
シンが出した家の二階には、横一列に並んだ部屋が四つあり、階段上がって右手側の奥の部屋が今いる場所。昨晩、個人部屋として割り当てられたのだ。
因みに、俺の隣の部屋がシン、階段を挟んで向こう側に矢鏡、その奥の部屋をフィルが使っている。
部屋はそこそこの大きさで、ベッドが壁際に一つ、アーチ型の窓を挟んだ角の方に低い空の棚があり、その前に四角いテーブルとイスが二つ。フローリングの床だからか、中央には申し訳程度の大きさの絨毯が敷かれている。
他の部屋も似たような内装であり、ベッドの位置とか棚の形が少し違うだけ。あ、あと絨毯とベッドの掛け布団の色。
俺の部屋は暗めの赤色だが、シンの部屋は薄い青色であり、矢鏡は黒でフィルが白である。
てきとーに決まった部屋割りだが、なかなかぴったりな組み合わせだと思う。
一応解説しておくと、シンは瞳の色と似ている青だし、医者のイメージカラーは白だし、金髪の矢鏡には黒が似合う。そして、俺は一番赤色が好き。
な? ぴったりだろ?
――とまぁ、そんなことはさておいて。
俺はベッドから降り、観音開きの窓を押し開けた。
同時に、涼しい春風がわずかに吹きこんでくる。
青い空にはところどころに雲が浮かび、昇ったばかりの太陽が、昨日から見続けている草原を照らしていた。
俺は大きく伸びをした後、音が鳴らないように部屋のドアを引いて開け、廊下に出た。
そろそろと階段を下り、左手側――ダイニングルームではない方の部屋に入る。部屋の内装から言って、多分リビングルームだろうな。
昨日の夕方に知ったのだが、こっちの部屋の奥には、ちょっと大きめの浴室とトイレがあった。もちろん、浴室の前というか隣には洗面所もある。
どこから水が来てるんだろう、とかはツッコんだらダメなんだろうな……
いやー、多分便利な術のおかげなんだろう。きっとそうだ。
とりあえず、身支度とかを終えて、再び階段を上がって立ち止まり、その場で少し考えてから矢鏡の部屋の前に来る。
ドアを軽くノックして、すぐに中の気配が動き、がちゃりと開かれる。
「……どうしたの?」
たった今起きたらしい矢鏡が、若干眠そうな様子で言った。顔はいつもの無表情だけど。
あ。昨日は気にしなかったが……こいつも寝癖が付かないタイプか。
相変わらず、前髪の真ん中の一部分だけはくるっと巻かれているけど。
俺は少しだけ言いにくそうに、矢鏡が押さえたままのドアに視線を向け、意味も無くぽりぽりと頬を掻きながら、
「いやその…………朝めし作ってくんねぇ?」
と言った。
これは昨夜のことなのだが、陽が落ちてから家に入り、当然夕飯の話になった。
昼と同じものでよければ作ろうか、とフィルは言ったが、個人的にああいう食った気しない食事はノーセンキュー(わがままなのは分かってマス)なので、『普通の料理がいいかな』とひかえめに主張した。これには矢鏡も賛同。理由は、フィルが風呂に入ってる時にこっそり聞いたのだが、発光してて見るからに怪しいし、フィルが調合したもの、というだけで出来れば食べたくないからだって。過去に何度か実験体にされて、いろいろひどい目にあったらしい。
なにそれ気になる。一体どんな実験なんだ……
興味本位で尋ねたんだけど、聞かない方がいい、と教えてくれなかった。残念。
おっと、話が逸れたな。
そういうわけで、誰が料理を作るか、の話になったんだが――
シンはもちろん、フィルも、必要じゃなかったから覚えなかった、とのこと。
で、残ったのは俺と矢鏡。
自分から言い出さない事から分かると思うが……俺は全く料理が出来ない。
――というか、今までに一度しかやったことがない。
その『俺の思い出。料理編』がこれだ――
**
「華月は作れるの?」
フィルが問いかけてきたので、俺は腕を組み、ふふんと余裕の笑みを浮かべた。
「そう……あれは俺が十一歳の時」
「え? なんで語りに入るの?」
フィルのツッコミを無視し、俺は続ける。雰囲気作りで手振りも加えて。
「母親に言われ、初めて夕飯の手伝いをした。ダイニングテーブルの方で、ただきゅうりを切るだけの簡単な作業だった。そして――」
俺はわざと間を開け、
「まな板どころか、テーブルまで割れた。ついでに床に大穴開いた」
『…………』
フィルと矢鏡の頬が引きつる。
俺は遠い目を窓の外に向け、ふっと笑った。
「それ以来、料理はしてない……」
**
――以上、昨日の会話でした。
あの時のみんなの反応は少し面白かったな。
つーことで、残ったのが矢鏡だけになったのだが、こいつはこいつで料理をしたことが無いらしい。
全滅――かと思いきや、
「まぁ……やるだけやってみるか」
と矢鏡が挑戦することに。
シンに料理本を出してもらい、二人でキッチンに消える。
頑張れ矢鏡、と心の中で応援し、フィルと待つこと二十分弱――
出てきたのは、一般家庭にありそうな、ごくごくフツーの日本食。
白いご飯にみそ汁、生姜焼きっぽい肉に千切りキャベツだった。ご飯だけはこんな短時間では炊き上がらないので、少々術を使ったらしい。詳しくは知らないしどうでもいい。
「やっぱり器用だね、ディルス」
「思ったよりクオリティー高い……ほんとに初めて作ったのか?」
フィルが褒め、俺が聞く。矢鏡は小さく頷いた。
キャベツはちゃんと細いし、生姜焼きの良い香りが食欲をそそる。味もかなり美味い方だ。
これで初めてって――
「……どんだけ才能に恵まれてんだよ……」
食事中にぼそっと呟いたが、多分三人には聞かれていないだろう。反応無かったし。
因みに、日本食にしたのは簡単そうだったのと、日本食が好きだから、だって。
――というわけで、今後の料理当番は矢鏡に決定!
故に、こうして頼みにきたってわけだ。
矢鏡は数秒考えた後、
「あぁ……じゃあ、シンとフィルも呼んできてくれる?」
「わかった」
俺は短く返事をし、矢鏡は部屋の中に戻っていった。
寝巻姿(昨夜と同じシャツとズボン)だったから、多分着替えでもするんだろう。
支えを失い、自然と閉まるドアの音を聞きながら、俺はまず、すぐ隣のフィルの部屋の前に立つ。
ノックしようとして手を上げ、
「やめた方がいいよ」
「ほわっ!?」
急に後ろから掛かった声に驚き、思わず変な声を出す俺。
バッと振り向くと、にっこり微笑むシンがいた。
あー……びっくりした。全く物音がしなかったぞ……
「やめろって……もしかしてまだ寝てるとか?」
昨日の朝を思い出しながら尋ねると、シンは左右に首を振り、
「起きてるよ。でも今は集中してるみたいだから」
「……なんかやってんの?」
「直接見た方が早いと思う」
「え……見た方がって…………まさか覗けと?」
ちょいと
「そーっとね。それなら邪魔にはならないから、多分フィルも怒らないんじゃないかな」
ということは、邪魔したら怒られるのか……?
つーか、向こうは性別とか気にしてないとはいえ、仮にも異性の部屋を、本人の許可を得ずに覗いていいのか?
………………まぁいいか。シンがオーケーしたし。ぶっちゃけ気になるし。
湧き上がる好奇心には勝てない勝てない。
一瞬でその結論を出し、俺はすぐにシンに背を向けた。ドアにぴったり張りつき、音を立てないよう静かに、かつ慎重にドアを押し開ける。指示通りそーっと覗きこみ、
「…………」
目の前の光景に、一瞬思考が停止する。
昨日はあったはずの家具は全て無くなり、ついでに窓も消えていて、更には部屋の広さも倍以上になっていた。中は、まるで理科室のようなテーブルが並び、その上には実験道具だろうか、様々な薬剤と書物と器具が置かれ、左右の壁際には謎の液体(発光している物もある)や固形物が入った戸棚が並んでいた。
およそ十数メートル離れた一番奥のテーブルで、黙々と作業をしているフィルの後ろ姿が、すぐ隣の卓上に置かれた眩しくない程度に発光するガラス玉によって照らされていた。
因みに、光源がガラス玉だけなので、部屋の中はかなり暗い。謎の液体たちも発光しているけど、それは光としては弱すぎて光源にはならない。
ぱたん
俺は静かにドアを閉め、ゆっくりシンに向き直る。完全に無感情な目で見つめ、
「……なんか…………部屋変わってねぇ?」
「フィルの要望でね、昨日変えたの。
この家をしまっているのと同じ空間に、天界でフィルが使っていた実験室に似せた部屋もあって、そことドアを繋げて――」
長々と説明されたのだが、俺にはよく分からなかった。
とにかく、この部屋だけは別の部屋と入れ替えてある、ということらしかった。
但し、外からの見た目は変わってないし、例えば外から入ろうとしても、昨日見た部屋にしか繋がらないらしい。このドアをくぐる、というのが重要なんだと。
で、それらはこっちのシンにはできないから、本体の方で遠隔操作したらしい。
つまり、シン様ちょーすげーってことだな。
「で、フィルは薬作ってんのか?」
「そうだよ」
「それ、口で言うだけでも良かったんじゃね?」
「んー……」
俺の的確な指摘に、シンは少し考えて、
「部屋が変わったことも伝えたかったから。それなら見てもらう方が早いかと思って」
という言葉で納得。確かにそうだな。
**
朝食はご飯とみそ汁と目玉焼き。あとレタスのサラダだった。
それらを食し、食後の緑茶(これだけは俺が用意した)を飲みながら一息入れる。
もちろん、この場にいるのはフィルを除く三人だ。
矢鏡が朝食を作っている間にシンが呼びに行ってくれたのだが、『僕のことは気にしないでいい』とのこと。出発ギリギリまで薬作っていたいんだって。
「ところでさぁ」
矢鏡は食器を片付けに行き、俺はテーブルに頬杖をついたまま、隣に座るシンに話しかけた。
「食材とかはどうやって手に入れてんの? やっぱバックアップの人から貰ってる感じ?」
「違うよ。私がつくってるの」
「え」
にこりと微笑み、さらっと答えるシンに、思わず固まる俺。
頭の中で、シン(大)が野菜たちに水をあげている姿が思い浮かぶ。
あ。昨日の夕飯が豚肉の生姜焼きだったってことは…………動物も育ててるってことになるんじゃあ……?
「さ……菜園してる……とか?」
おそるおそる尋ねると、シンはふふっと爽やかに笑い、左手の人差し指をぴっと立てる。
「私は無から有を創りだせるの。華月に渡した刀も食材も、それでつくったんだよ」
「そうだったんだ」
「うん。でも、今の私では通力が足りないから、本体の方で創って、物質召喚で出してるの」
「へー」
さすが神様。創造主という名は伊達じゃない。
――あぁ、そうそう。
皿の片付けまで矢鏡に任せているのは、別に俺が皿洗いを拒否したわけじゃないからな。
俺そこまでめんどくさがりじゃねぇし、人任せとか嫌いだし。
……ただな、昨日の夕飯後のことだけどな、せめて後片付けはやるって言ってな、皿洗おうとしたんだがな、面白いくらいパリンパリン割れるんだよ。皿が。
軽く掴んだだけなのに……
さすがのシンもこれには弱り、矢鏡には『俺がやるから……』とフォローされる始末。
その時に、なるべく物壊さないでね、とシンに釘を刺された。はい、気をつけマス。
そういうわけで、俺が台所で出来るのは、ヤカンでお湯沸かしてお茶を入れることのみ。
掃除と洗濯は術で消した時に、自動的に洗浄される(仕組みはわからん)らしいので、家事で俺が出来ることは全くない。漂う無能感。ジーザス。
だが今は、そんな地味にショックな事など気にしている場合じゃない。
だって――
初めてシンと二人きりになれたんだぞ! これが喜ばずにいられるか?
否、俺には出来ない。というか勝手にテンション上がる。
「でもね、味付けとか焼き加減とかが私にはわからないから、料理自体を作り出すことは出来ないんだよ」
「あー、だからかー。なるほどなー」
にこにこ笑って説明してくれるシン。
癒されるわー……
小さな悩みや不安なんか吹っ飛ぶね。あぁ素晴らしき恋心。
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