4-3 レベルアーップ
さて、それから十数分後には家を出たわけだが――
俺達は早くも敵さんとエンカウントしていた。
というか実は、起きた直後に窓の外を眺めていた時、家から二百メートルくらい離れた位置でたむろしているのが見えていたのだ。どうやら、夜の間に集まっていたらしい。
因みに、なぜあんな近くまで来ておいて、家を襲撃しなかったか――というと、あの家にも結界が張ってあるからだ。でなきゃ、安心して寝るなんて出来ないしな。
俺は奴らをじっと見つめ、とりあえず左手に刀を出した。
敵の数は全部で十体。うち七体は悪鬼なのだが……
「で? あの紫の炎はなんなの?」
初めて見る残りの三体を指差し、左隣に立つ矢鏡に訪ねた。
今言った通り炎のような形で、悪鬼の腹あたりの高さでふよふよと浮いている。大きさは全長約八十センチってところかな。俺の身長の半分くらいだし。下部にある核みたいな丸っぽいところには、ドクロを崩した感じの超不気味な顔が張りついていたりする。それでいて色も毒々しい紫だから、全体的な雰囲気は禍々しいことこの上ない。もしここが墓場で、さらに夜だったなら、かなり似合った風貌なのだろうが、残念ながら昼間の草原。カレーの中に大福が入ってるレベルのミスマッチ感である。
矢鏡はちらりと俺を見て、
「あれは"
唯一実体化が不完全な妖魔で、物理攻撃が出来ないから術しか使ってこないけど、こっちからも物理は効かないから術でしか倒せない相手だよ」
「ふーん……。じゃあ俺には無理なのか……」
「そうだな。……まぁ、肉体強化の応用で、武器にも通力を纏わせることが出来れば倒せるが……華月にはまだ出来ないだろ。だから今回は俺が――」
「オーケーわかった」
矢鏡のセリフを遮り、俺はニッと笑って一方的に告げ、スタスタと敵に向かって行く。
「え……ちょ……話聞いてた?」
あわてて矢鏡が追って来て、俺の横に並んで歩く。
言い忘れていたが、シンとフィルはまだ家の中にいる。シンがフィルを呼びに行っている間に、俺と矢鏡で先に敵を殲滅しておこう、という話になったのさ。
だから結界の効力が今もあって、敵さんはこっちに近づいて来れないってわけ。
こうやって呑気に話してられるのはそのおかげ。
なんとなーく戸惑っているようにも見える矢鏡を一瞥し、俺は余裕しゃくしゃくな態度で、
「聞いてたよ。へーきへーき。なんとかなるさ」
「いやだから、剣じゃ斬れないんだって――」
「いいからいいから。ちょっとやってみたいことがあんだよ」
手をパタパタ振りながら、やたら明るい口調で返した。
因みに、さっきから矢鏡のセリフを遮っているのはわざとだ。言いたいことは分かるしな。
説得は無理だと悟ったか、矢鏡は途中で足を止めた。
不思議そうな顔(かなぁ?)をしている矢鏡をビッと指差し、
「まぁ見てな」
そう言い残して、俺は早足で敵に向かう。
ゆーちょーなことしてたら、シン達も家から出てくるからな。
――いや、たいした理由じゃないんだけどさ……
試してみたいことはあるにはあるが、それが成功するとは限らないんだよ。
だからシンには見られたくない。もし失敗したら恥ずかしいからな。
「さて」
俺はすぐ近くまで迫った悪鬼達を見据え、一旦そこで立ち止まる。
敵との距離はおよそ十メートル。
家を出る前から、妖魔達は俺に気付いており、死霊は顔をこっちに向け、悪鬼は結界の外でパントマイムのごとく宙をバンバン叩き、時折獣のような唸り声をあげている。
そのおかげで知れたが、結界って見えない壁をつくることだったんだな。俺はてっきり、妖魔が結界に触れると消滅するか痛手を負うんじゃないかと思っていたよ。
文字通り目の前に佇む俺に向かって、まぁそこそこの殺気が飛んでくる。こういうところはやはり低級、所詮は雑魚って感じ。フィルの殺気は凄かったからなー。
俺はゆっくり抜刀しながら、ふふんと余裕の表情を浮かべた。
「出来るかどうか、試させてもらう」
まずは邪魔な鞘を消す。
そして、通力を全身に纏わせる。
まるで息を吸う時のように、造作も無く。集中だって必要ない。
これが"肉体強化"。おととい説明された術だ。
正確に言うなら『纏わせる』という表現は不適当なのだが、それ以外に近い言葉が思いつかないので、まぁイメージてきにはそんな感じだとでも思ってくれ。
次に、右手で握った刀の切っ先をわずかに下げ、そちらにも通力を届かせる。
俺は短く息を吐き、地を蹴った。
時間は一瞬。それだけですべて片付いた。
悪鬼達の背後、少し離れたところで足を止める。敵に背を向けた状態で、刀についた血を軽く払い、
「よし、できたな」
明るく言う俺の後ろで、血が噴き出す音と、重たい何かが地に転がる音がした。
見るまでもない。
中心を縦に切り裂かれた悪鬼達が倒れたのだ。もちろんやったのは俺。
ついで、ぼしゅうっ、というよくわからない音が聞こえた。
さすがに何の音かわからんので振り向いて見ると、悪鬼達と同じように真っ二つになった死霊達がぶるぶる震えながら消えていった。その消滅する時の音だった。
ざぁっと消えていく死体達の向こうでは、矢鏡がぽかんと驚いていた。
俺は刀を肩に掛け、ニッと笑ってみせる。
「どーよ」
速すぎて見えなかった人のために、一応解説を入れておこうか。
つっても、ただ単に、すげー速さで動いて、てきとーに居並んだ敵を右端から順に斬っていっただけだがな。
「…………いつの間に?」
すべての妖魔が消えた後、ようやく矢鏡が口を開いた。
俺は刀を消しつつそっちに向かって歩き、
「うーん……」
少し考えてから、
「いやー……なんかさ、朝起きたらいきなりわかったんだよ。通力の使い方が」
「…………」
よほど意外だったのか、矢鏡は俺をじっと見つめたまま呆けている。
その一歩手前で止まる俺。
うーむ……
あの超絶無表情の矢鏡がここまで驚くとは……
いいね。めっちゃ気分いいわぁー。
――でもまぁ、ぶっちゃけ俺も驚いてるんだけどな。
「しっかし……まさかほんとに出来るとは思わなかった……
やっぱなんでも試してみるもんだな」
腕を組んでうんうん頷く俺。
実際に通力が使えるようになったかどうか、マジでわからなかったからな。
だからあんまり自信なかったんだよ。
まぁとにかく、成功して良かった。割とかっこつけたし。恥をかかずにすんだ。
「けどこれで、俺もシュバルト相手に戦えるようにはなっただろ?」
冗談交じりで尋ねると、矢鏡はぱちくりとまばたきし、
「……十分だよ」
ふっと、優しく微笑みそう言った。
………………
わ…………笑った……だとぅ……
矢鏡の超レア笑顔。これで見たのは二回目だな。
いや、だからなに、って感じだけど……
……でも、こいつもイケメンだからなぁ。フィルほどではないにしろ。
女子ならきゃーきゃー言うんだろうな……
そういえば、前の席の宮間(男)が悔しそうに言ってたけど、学校にはこいつのファンクラブがあるらしい。少数のようだが。
いつも無表情なのに……これがギャップ萌えってやつか。
たっまーに見せる笑顔がステキ――みたいな?
何がいいのか、俺にはさっぱりわからんけど。
――あぁ、そうそう。
俺がレベルアップしたことを告げた時のフィルとシンの反応だが、『へぇ……』という、なんとも淡泊なものだったことを付け加えておく。
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