あっちこっち
璃央奈 瑠璃
最終話 君が望んだ世界は
「あんた、詐欺師の才能に恵まれているわね」
いつものようになにもない放課後。彼女は僕にそう言った。
「俺、なにもしていないんだが……」
「女子の話題になってたわよ。○○さんの告白断ったって。どうせあんたのことだから絞れるだけ絞ったんでしょうけどね」
「まったくもって見に覚えがないのだが。まあ弁当作ってくれて、お金貸してくれて、ヤラせてくれたけど。それだけだぜ?」
「それを『それだけ』って言えるあんたが一番すごいわね」
「付き合ってあげた報酬だよ。勤労には報酬を、ってね。
それに詐欺師には欠けてはいけない才能がないからね。俺には無理だよ」
大袈裟に手を振って『やれやれ』ってね。「それはなに? 私には今でも立派な詐欺師に見えるわよ?」
「それはね。人としての温かみだよ」
答えなんて解っていたくせに聞いてくるあたりに性格の悪さがにじみ出てる。
「ほんとあんた達結婚しろよ……」
今まで本から目を離さず会話に参加していなかった友達がぼそっと、だけど聞こえるように言ってきた。
「お似合いだってよ。結婚するしかねえな」
「あんたなんて絶対イヤよ。ゴムも付けない。浮気は当たり前。彼女を財布代わりに使う。
あんたに捨てられたって女をいつも近くで見てきたのよ」
「そんなに本気で嫌がらなくても……。俺が女を雑に扱ってる理由も知ってるくせに」
「なんで本気で嫌がってるかわかってるくせに」
「俺はそういうお前が好きだよ」
「私はあなたのそういうところが嫌いなの」
「あんたたちは仲が良すぎてこじらせちゃってるよね」
傍観者と自称し、事実人の心に踏み込んでこないただ一人の友人の言葉だ。
人に好かれなくとも構わない。ただひとりの女性を愛していた。理由もくそも覚えていない。気がつけばその娘は横にいて、そして手が届かないところに立っていた。
何度も気持ちを伝えようとした。でも世界はそれ許さない。俺の家はヤクザの父親と淫売の母親で。生まれて3年もすれば嫌でも気がついた。『俺は世界で許されない罪を背負っているのだと』 告白するのは簡単だ。じゃあそれを伝えてどうする? 俺みたいなのがうろちょろしてるなんて迷惑以外の何物でもない。小学校のときの担任に実際言われた言葉だけどね。
世界は平等に不平等だ、とは誰の言葉だったか。俺が父親に殴られて、母親にタバコを押し付けられて絶叫してる横では幸せな人がいるのだろう。俺が恵まれないからこそ恵まれている人がいるはずだ。
いつその地獄が終わったのかも覚えていない。気がつけば俺が愛した女性と『友達』になっていた。俺が愛した女性は『美姫』という名前だと初めて知った。それまで読み書きができなかったから。
「どうしたの? 今日は珍しく暗い顔ね」
「ちょっと昔を思い出しちゃってね」
俺はちゃっかりなんちゃって人間を目指しているので暗い顔なんて出さないはずだが、彼女には気が付かれてしまったようだ。
「なんで俺、間違っちゃたんだろ」
きっと彼女にしかこぼせない弱音を吐いた。
「親は子を選べない。子は親を選べない。そういうことじゃない?」
残念ながら顔を外に向けているので、それを言った彼女の表情を見ることはできなかった。
「やり直せねぇかな……」
「それができたら私の希望も叶うわね」
「お前は何を望むんだ?」
愛されることの幸せを教えてあげたかった。。そしてそれを横で見ていたかった。
「あなたの希望はなに?」
お前と人生を歩んで幸せそうな顔が見たかった。
「じゃあきっと二度と逢えないから。
幸せになってくれよ」
そして俺はタバコを咥えたままゆっくりとビルの30階から落ちていった。
「あんたが死んで幸せになれるわけないじゃない……」
意識がシャットダウンされる直前に彼女はそう言った。
あっちこっち 璃央奈 瑠璃 @connect121417
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます