一滴

 素焼きの皿の上にぽつりと水を置く。ゆっくりと皿の上をさらさらと、焼き石に蝋を塗るかのように墨をとろりとろりと溶かしていく。清らかな水は段々と美しく濁り、闇の中に艶やかな光沢が生まれていく。あるときふっと昔の思い出に引きずられるような香りが辺りに広がっていく。


 墨を置いて、小筆を執る。固まった筆先を甘く噛む。十分に濃くなったことを確認して、紙の上をさらりさらりと走らせていく。


 その手紙を書く君はなんだか思い詰めたような顔をした。愛情とも憎悪とも見えるその顔に、心はゆらりとした。筆を置いた君は、急いで封をした。


 ――あの手紙には何が書かれていたのだろうか。たった一文字、点ふたつに人ひとつ。ヒヤの一文字だけしか、僕は知らない。

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