1998の熱烈な邂逅(しなさい)

@mizuharayuki

【0】まえがき

 本書『1998の熱烈な邂逅(しなさい)』のドイツ語原題は『Endeavour-randez-vousしなさい:1998(英題)』である。エメーリャエンコ・モロゾフによるこの小説は、1943年にフォークト・ウント・ボーデヴィヒから刊行された。当時のドイツでこの書籍を発売することがいかに勇気あることだったか、ひととおり読書を終えたころに想像してみてほしい。とても小さなビルの一室に押し込められた身の丈六尺三寸の大男二人、オットー・フォークトとゲルハルト・ボーデヴィヒがこの手書き原稿を受け取った時の狂喜を。


 しばしばエメーリャエンコ・モロゾフは多言語・無国籍作家としての側面が取り上げられる。超人的かつ熱狂的な努力により70ヶ国語を操れる技術と知識を習得した天才。それを武器に数多くの――本当に数多くの――小説を書く、デスバレーからやってきた国籍のない大男。しかしそれは、あくまでモロゾフのひとつの顔に過ぎない。本書『1998の熱烈な邂逅(しなさい)』はモロゾフ101歳の時の作品であり、「一度も生産的な活動をせず100歳に達した人間」(『超現実主義ピザ屋サルバドール』より抜粋)となった彼が、「全世界で断絶されている、労働者たちの為に」(同抜粋)書いた掌編集である。一ヶ月に満たない期間で、ロシアのサンクトペテルブルグのいささか狭苦しいホテルで書かれた本書では、モロゾフの特徴的な言語表現がなされているとともに、その鋭いユーモアを持って世情や登場人物の心の動き、まさしく《世界/Die Welt》が活写されている様を、読者は目のあたりにするだろう。


 なお、本書の翻訳にあたり、原文で用いられている英語、ドイツ語、日本語、エスペラント語、および高地ソルブ語はすべて日本語とした。本来モロゾフを読むのであれば“すべての言語に精通している”べきであると思われるが、これらの言語すべてを習得している読者はあまり多くないことを鑑みて、断腸の思いで日本語としている。翻訳者としては半ば無謀なこの試みではあるが、モロゾフ氏は快諾し「今すぐお金を貸してくれないか? その、20万円くらい、即金で?」と、まるで息子に金をせびる父親のような親密さで接してくれた。もちろん断ったことは言うまでもない。エメーリャエンコ・モロゾフ流のユーモアには、ユーモアで返すべきだろう――本書を読めば、そのユーモアが彼の小説に、ライン川のごとき深みを与えていることが分かるだろう。水底にはきらめく指輪が眠っていることも。乙女たちはほほえみかけているのである。


 さて、翻訳者はそろそろ筆を置き、読者にもエメーリャエンコ・モロゾフを楽しんでもらうべき頃合だろう。この本を手に取ってくれたあなたと、エメーリャエンコ・モロゾフ氏とわたしを引き合わせてくれたあらゆる人々に感謝したい。そして、この地上にはもはや現存しないと言っていい原書『Endeavour-randez-vousしなさい:1998(英題)』を入手するにあたり、尽力してくださったダルムシュタット美術大学のエーバーハルト・シャルフェ教授に、多大な感謝を(オットー・フォークトとゲルハルト・ボーデヴィヒは大学在学中、ゲリラ的にナチズムへの《抵抗/der Widerstand》を行うために本書を10,000部近く印刷した。しかし肝心の第22回国家社会主義ドイツ労働者党即売会では鳴かず飛ばずで在庫を抱え、その大半は物資不足のベルリンで“ちょうどいい着火剤”になったという。奇跡的に生き残った一冊が私の手元に舞い込んだわけだ)。


 ちなみに本書の原文と訳文は、一切関係ない。

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