モバイル通信


 翌日曜日。久しぶりにちょっとドライブに出かけた。とても見晴らしの良い峠道。写真を撮りながら満喫する。

 紀子が「写真、私にも送って?」というので、送ってやることにした。どうしようかなぁ、と思いながら、めんどくさいから、BluetoothとWiFiを使う方法がせっかく用意されているので、それを使うことにした。そういえば昔は赤外線だったよな。ポートを向かい合わせにくっつけて、それでも結構時間がかかったなぁ、、、と思いながら、携帯の設定を空けて、びっくりした。あれ、ONになってる。

「あれ、、なんかここ、設定変わった?」

 紀子はそう言うことは全く無頓着、聞いてもわからないとはわかっていたが思わず聞いてしまった。お約束通り

「えー、知らないわよ」

 と。むぅ。まぁいいや。

 とにかく、まず写真を送り込んでやったあと、その設定を落としておいた。

 多分だれか、紀子の友達が写真を送ってあげるよ、と設定を変えたのだろう。まぁ、しょうがない。でも一応一言伝えておこう。

「あのさ、写真をこっちから送っておいたから。アルバムにはいってるからね」

「ありがとー」

「あのさ、前にも、誰かからもらったことがあるでしょ?」

「うん、あったかな、あったかも」

「多分あったとおもうんだ。でさ、その時に設定したままになってたと思うんだけどさ。なもので、ここしばらくの間、紀子の10m四方くらいの人たちから、この携帯が見えていたんだよ。見えてすぐに困ったことにはならないけどさ、紀子って、名前を入れてるじゃん、なもので、その名前がみえていたってことでさ。あまり気持ちいいものじゃないからさ。ひどい時は、ストーカーとか、そうやって名前を知ることもあるんだ。だからきっといた」

 さすがに、見ず知らずの人に自分の名前が見えていたと言うのは気持ち悪かったみたい。

「えぇ〜。ホント?きもちわるいわぁ」

「もう大丈夫だよ」


 そっか、そういえば、、ともう一つ。

「あのさ、俺のとった写真、今いれといた、って言ったけどさ、それ、場所情報が入ってるからな。俺、写真に、撮影場所の情報を入れる主義なんだ。どこでいつとったか、記録しなくて済むからさ。前もってた携帯とか、写真撮ると、場所と日付がファイル名になってくれて、スゲー楽だったんだけどさ」

「へー、そうなんだ」

「EXIFって規格で、デジカメの写真に埋め込む情報なんだ。でもさ、多くの人が携帯で写真を取るようになってさ。で、そういう人たちが、そういう情報が入ってくる、ってことを知らずに使っていてさ。マニュアルにはちゃんと書いてあるんだぜ。でも、知らないで使って、自宅で撮った写真を、そのままEXIFの情報がはいったまま、SNSとかにアップしちゃってさ、自宅がバレバレになる事象が相次いでさ。『勝手に自宅の情報を埋め込むなんてけしからん』って声が一気に噴出しちゃったんだ。そんなわけで、今時の携帯は、デフォルトでは、位置情報ははいらないようになっちゃってるんだよね」

「そっか、気持ち悪いわよね」

「なもので、紀子の携帯で撮った写真には、位置情報ははいらないから安心して。でも、俺は入れてるから、それだけは覚えておいてね。どこに言ったか、知らせたくない写真なんかだったら、一言言ってくれ。そしたら、位置情報を抜いてから渡すからさ」

「はーい」

 気の無い返事。最後は興味がなくなってきたらしい。きっと、1ヶ月もたつと、今日の話も忘れるのだろう。


 まぁ、辛抱強く何回でも、説明をしよう。


 もはや、携帯も、あまりにも高機能になりすぎて、牛尾自身もついていけていない。若者は何も言わずにどんどん使いこなしている、その頭の柔らかさには、敬服するところも大きい。ただ、どこまで本質を理解して使ってくれているのかな、というのがちょっと気にはなるんだが。

 そういえば、最近は、パソコンを使わない、むしろ使えない若者が増えてきている、らしい。携帯があれば、すべて事足りるらしい。タブレットタイプなら、できることはほぼ、パソコンと変わらないのは確かではあるが、それでも牛尾にしてみれば、作業がしづらいだろうなぁ、と思うのだが。

 ただ、先日電車の中で、タブレットでメール作業をしている若者を見た。見るともなく見えてしまったのだが、どうやら仕事のメールらしい。いいのかな、と気になった。場所を気にせず仕事ができるのは、便利になったのは確かだ。急ぎの連絡がないか、外出の時は気がきではなかったが、今は外出先でもメールが確認できるのは助かる。でも、誰からも見えるところでの作業は避けなければ。サイバーセキュリティー、電子的な仕組みをどんなに頑張っても、実は案外、アナログな覗き込み、ショルダーハックが、情報遺漏の原因として多かったりするのだから。

 牛尾の携帯には、クレーズフィルムが貼ってある。これにより、横からの覗き見ができないようになっている。実はとても値段が高い。ので、買う時は二の足を踏んだが、少しでも安全のため、と奮発した。画面が暗くなるので、飛行機のイーチケットとかのバーコードが認識してくれない、というのは、想定外のトラブルではあったが。

 パソコンにももちろん、覗き見防止のクレーズフィルムを貼ってある。こちらは、取り外し可能にして、社内では外して使っているが、外に行く時はしょうがない、暗くなるけど使用している。

 いくら牛尾が、孤軍奮闘、一人でこれだけ一所懸命の対策をしていても、他がザルでは意味がない。ので、部内ではリテラシーの強化をできるだけ意識しているが、それでもなかなか浸透はしない。しかし、アナログでの情報遺漏が本当に多い。特に、飲み屋での若者のグループ、時々びっくりするような情報を大声でかわしてたりするのが聞こえてくる。まぁ、目くじら立てるまい、と思いながらも、つどつど、牛尾のグループのメンバーには、「こんなことがあった」と伝えるようにしている。どんなにお金をかけても、本質をしっかり抑えてくれなければ、無駄になってしまう。安心できる日はくるのだろうか?

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