移行実装
二兎を追うもの一兎も得ず。まずは一つずつ
「では、契約案をお持ちしました」
BSB担当、原崎がにこにこしながら書類を出す。
外川は一瞥し、眉をひそめる。そして、いつもより低い声で
「これは何かの間違いですか・・・?」
見積もりは5千万だった。桁が違う。牛尾も、間違えたんだろうと思った。と、
「いえ、これが正式なご提案となります」
刹那、外川が吠えた。
「ふざけるなぁっっ!!500万の見積もりでの発注だろうが。それが5千万かぁ。あり得ないにもほどがある。訴えるぞ!」
場は凍りつく。原崎は青ざめて微動だにできない。
原崎に帯同していた馳が
「申し訳ありません。今一度見直しさせてください」
外川は眼光鋭く答えない。馳が続けて
「本社とも再度確認を取らせていただきたいのですが、お部屋を貸していただけませんでしょうか?」
外川は、
「このままこの部屋を使え。終わったら連絡をしてくれ。くれぐれもふざけた話をするなよ」
と言い放ち、そのまま部屋を出て行く。牛尾も慌てて後ろを追いかける。
階段を登りながら、外川は牛尾の方を見ずにつぶやく
「だいじょうぶ、だよな」
牛尾は、答える。
「もとの見積額が妥当だと思います。さすがに5千万はありませんよ。もちろん、最低限のサービスだけになりますけど、もう覚悟してますから」
コンペでおとした藤留もMKKも、5千万に近い見積もりだったのだが、それはこの際忘れよう。外川は黙っている。
答えはないが、小さく笑っているのがわかった。そう、仕事には妥協しない。ダメなものはダメという。もちろん、良いものは手放しで賛成する。仕事は、ゴールを間違えないために全力を尽くす、これが周りの誤解を受けて損しているが、実際は、相手のことを常に考える。付き合い始めてまだ長くないが、この辺に牛尾は惹かれているのを改めて実感する。
1時間後、連絡が入る。
応接に行く。
まず、原崎が
「申し訳ありませんでした。調整がつきました。見積もりと同額でのご提供とさせていただきます」
と、契約書を出す。外川が
「牛尾、確認しろ」
と振る。牛尾は契約書を見るよりも、と、
「数点確認させてください。IPアドレスは幾つですか?」
「8つです」
「DNSやメールは?」
「申し訳ありませんが、先ほどのものには含んでいたのですが、当初見積もりベースですと入りません」
「ホスティングやハウジングも?」
「先ほどはホスティングのご提案でしたが、当初見積もり案通り、ハウジングは入っています」
「ホスティングはできない?」
「もちろんできますが、追加料金となりまして、今回のご予算では、、、」
牛尾は概ね理解した。最後に
「で、いつ開通しますか?」
「本日ご契約いただければ、1週間見ていただければ・・・」
よし!牛尾は小さくガッツポーズ。これで間に合う目処がついた。
外川を向いて
「想定内です。時間優先で行くのが良いと思います」
外川は契約書を改めて手に取り確認。技術面ではなく、法務面の抜けがないかの確認の上、
「では、これで今日、契約に進める」
と宣言した。
動き出した。
翌日、IP割り当ての連絡があった。10.0.0.0/29 [注8]。
まず、DNS。10.0.0.1はファイアウォール、で、DMZのグローバルアドレスは10.0.0.2からのアドレスを使う。DNSはまず、このアドレスから行こう。
さらに、DMZにいれるサーバの内容を決めないと。
当然のごとくのDNS。
リスク分析は、簡易に済ませた。ネット自体が落ちるリスクは低い。このリスクは受容にした。本当はベンダに転嫁したかったが、BSBには一切のホスティングサービスがなく、他に振るにもそもそも予算がない。
次にサーバ。サーバ自体が落ちるリスクは若干高くなる。回避策が求められるレベルではないので、軽減策止まりでもよかろう。流石にフェイルオーバーは今回は考えない。サーバの電源ユニットやネットワークインターフェースなどの冗長性を確保したハードの選定と、セカンダリ設定。セカンダリもこのネットワークに自前で用意することになるなぁ、、、同じネットワークにプライマリとセカンダリがあっても、そもそもネットが落ちた時のバックアップとしても機能しなけりゃなんないセカンダリなのに、、、意味ないよなぁ、、とは思うけど、無い袖は振れぬ。最悪メールが届かず戻されるが、賠償等に発展するほどの重篤さはない。ナムサン。
メールもWebも、同じ論理で行くことにした。
負荷分散したいが、、、予算が許すか、、、今回確保した予算は少ない。残額はライセンスで吹っ飛ぶだろう。
翌日、牛尾は朝一番で外川を「ご報告とご相談があります」とつかまえた。
「ご報告は、10月移行までの具体的なスケジュールについてです。但し、前提としてどうしても外せないハード仕様があり、それを確保いただきたいのです。そのご相談から、まずさせてください」
色々考えすぎて頭がまとまっておらず、直球勝負だ。
「サーバ仕様のハードが2台必要です。なんとかなりますでしょうか、、、」
牛尾は恐々、外川を伺い見た。
「2台でたりるのか?メールだけで無くてウェブベースのデータベースも必要なんだぞ」
牛尾はちょっと拍子抜けした。なんだ、もっと入れるつもりだったのか、、、でも2千万と言ってたよな、、ライセンスとBSB契約だけでなくならないのか、、、との疑問を見通したように、
「サーバ群は別予算になったんだよ。ライセンスや、アウトソースはやりくりでなんとか出来る。だがな、前にも言ったろう。データセキュリティーで最も肝要なのは、大切なデータを失わない事だ。そこでケチってデータが飛ぶようでは元も子もないからな。とは言え青天井じゃないぞ、当たり前だけどな」
牛尾は一気に気が楽になった。
「ありがとうございます。安心しました。では、具体的な構成案をご説明します」
資料を示しながら説明する。
「まず、インターネット上にDNS、メール、Webサーバを置きます。色々悩みましたが、将来はさておき、当面はそれほどの負荷は予想されないので、これらサーバ機能を一台のハードでうごかします。但し、メールの仕分けは負荷が大きいので、受信メールの仕分けは別サーバを設定、このサーバはインカミングメールを検疫して中の処理サーバに渡すだけです。将来は分けないといけませんが、当面は大丈夫と見ています。それでもバックアップとして、落ちた時に復旧までを担うバックアップサーバを立てます。こちらは、手元で遊んでいるPCがありますので、そこにオープンソースのシステムで運用します」
外川が若干不機嫌そうに
「落ちた時のバックアップがそんな貧弱では意味がないだろう」
牛尾は、自身の考えを説明する。
「一応二台用意できます。通常業務で、オフィスソフトを動かすにはパワーが足りませんが、メールの転送とDNSをUNIXライクなプラットフォームでやらせるには、全く問題ありません。プライマリが落ちた時、復旧までの間もってくれれば良いのです。二台用意しますので、万一、プライマリが落ちたら、セカンダリの生死は10分おきに見ますので、万一落ちても、すぐもう一台にスイッチします。残念ながら、自動でフェイルオーバーは今回は予算的に見送り、手動で冗長性をもたせる、と考えてください。アナログな方法ですがアナログで私が守ります。
電源ユニットも、ハードディスクも二重化されてるということです。転送されてないメールは最悪失われますが、そのリスクは受容するしかない、、、ですが。ただ、もともとメールは、100%保証されたものではない、という事を正しく理解していれば、問題ではないです」
よく、サーバ仕様はパフォーマンス的にも優れていなければならない、という誤解がされるが、ケースバイケース、今回の目的でなら、理論的なリスク分析結果はイントラでの運用で裏が取れているので、自信を持っていた。
外川は苦笑いしながら、
「おいおい、メールが100%確実じゃない、は困るぞ」
苦笑いで、怒ってる感じじゃない、奇跡的かも。まさかここに引っかかるとは予想していなかったため、、曖昧に笑ってごまかすことにした。
「わかりました。いずれにしても、セカンダリは今日明日には用意できます。プライマリも、サーバが入りさえすれば数日で設定は終わります。まずは、セカンダリ用の二台で、検証はすすめておきますので、サーバ納期が決まったら、すぐUSに、DNS変更依頼をかけてください」
牛尾は辞そうとすると、外川が
「ちょっと待て」
と呼び止めて、電話をとった。
「、、、もしもし、お世話になります、ヤスハラの外川ですが、あぁ、はい、、、はい。ところでサーバ納期は、、、はい、はいそう、、、はい、25日、はい、わかりました、ありがとう」
と受話器を置いてむきなおり
「遅くとも25日には、と言ってる」
「では、27には運用可の状態にして置きますので、27以降、早めに、少なくとも10月に入る一週間前までには確実に、とUSにお願いしてください。プライマリが10.0.0.2、セカンダリが10.0.0.3で、とお伝えください」
また外川は笑いながら、
「9月遅くとも15日じゃなかったか?」
「すみません、おっしゃる通りです。15MUSTでお願いしてください」
まずはDNSコントロールを確保、そのあとメールを移行だが、これは本番環境での検証が入るので、最悪でも元に戻せる状態で移行をかけたいので、出来るだけ早くDNSは持ってきたい。けど、まぁ、セッカチな外川がそんなに待つはずないと思っていた。果たして、、
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