紛糾
安全と安定には、ある程度のトップダウン(頭ごなし)も必要だ、それが正しいなら
「日本は後出しジャンケンなんだよ!」
グローバルグループのICT担当者会議の席上、USのICT担当者が吠えた。
外川が冒頭から日本主導を前提に話を進めていくことにしびれを切らしたのは、USのICT担当者の呉だった。
外川が言う「グローバルグループで、おなじドメインを使う」は良かったのだが、その後「ついては、yasuiwa.example.comは日本側で管理する」に、呉が鋭く反応したのだ。
「こっちはもう動いているんだ。グローバルで同じドメインに統一するのはいい。でも、そのドメインの管理はもう、こっちでやってるんだ。それを動かすなんて、簡単に言ってくれるけど簡単じゃないんだぞ。わかってんのか?」
牛尾は心の中でため息をついた。あまりにも技術ではなくて感情だけでやりあってるので、こうなると簡単には収まらない。どんなに論理的に正しくても、全く話ができなくなるのだ。
さらに、火に油を注ぐ議論が、グループウェアの選択だった。海外法人は、その段階で、グループウェアとしてはデファクトスタンダードになっていた、Booksというシステムで運用している。しかし、最大勢力ではあるものの、まだグループウェアが導入されていない日本としては、というより「外川としては」、スクラッチからスタートできるので、将来性を考えて、飛ぶ鳥を落とす勢いで伸びているInfochangeというグループウェアにこだわっていた。
「日本がBooks採用すれば、一番スムーズに進むじゃないか。なんでそうしないんだ」
「Booksには将来性がない。もうこれからはInfochangeの時代だってことがわかんないのか?」
「そういう根拠はなんだ?」
「パソコンOSのシェアを見れば、もう明白じゃないか」
「パソコンOSとグループウェアを一緒にするな!」
もうこうなると険悪。伊賀が
「今日の目的は、グローバルグループで情報ネットワークを統合すること、その一環で電子メールドメインも統合すること、この同意が必達。で、そこんところはみんな異議なし、でいいんだろ?なぁ?」
皆、ぎこちなくも首肯する。
「じゃ、決まりだ。あとは、出来るだけユーザ要求事項をあげてくれ。その実装環境は、今日ここで決めんでもえぇ。仕様を詰める方を先に進めろ」
皆が求める仕様、ハイレベルなコンセプトは、皆、グループ統合、なのは一致しているので、伊賀の一言から、YICキックオフは、なんとか「一見」無事に終了した。具体的な仕様決定までは、もう一悶着も二悶着も予想されるものの、、、
会議後、牛尾は外川に呼ばれた。
「なんであいつらはあんなに反対するんだ?なんでBooksにあんなに固執するんだ??」
「私が使ってるわけではないですので、一般論ですが。。。既にBooksで運用しているんですよね。グループウェアのいいところは、予定共有とか、メール交換以外の機能が使えることです。一方で、それら使いこなすには、専用のクライアントソフトが必要になるわけで、彼らは各拠点のユーザに、既に受け入れられている運用になっていると思います。となると、今から『メール環境を変えるよ』なんて軽々しく言おうものなら、ユーザからの大バッシングが起こってしまうでしょう。それを考えると、私もちょっと二の足を踏んでしまいます」
牛尾は外川の顔色を伺う。ちょっとイラッときているか、、、話しながら、脳ミソフル回転で、外川が納得しそうな落とし所を、必死で考える、が、、、これしかないか、、、と、行き着いた結論を口にする。まだ精査できていないもののしょうがない。。。
「一番大事なのって、メールだと思うんですよね。yasuiwa.example.com同一ドメイン化。日本はこれからなので、現時点での最適な選択を考えるとして、まずは海外のメールシステムは今のままで、今後運用しながら随時乗り換えやアップデートを進め、最終ゴールを目指すってのはダメですか?」
外川が吼える。
「中途半端にしておくと、いつまでも先へ進まなくなっちまうだろうが。やるときにはドラスティックにやっちまう方がいいんだよ、こういうことは」
「おっしゃる通り、出来るだけやれるところはやりましょう。その意味では今回は、ドメインの統合は絶対、です。でも、グループウェアは、いきなりガラガラガッシャンすると混乱を招く恐れも大きいです」牛尾は外川の顔色を見ながら続ける。
「でも、メールは、基本機能はどのグループウェア選んでも大丈夫です。拠点間でグループウェアが違っても、一つのドメインとしての運用は出来ますし、今急いでグループウェア統一してもしなくても、今より便利にはなるけど不便になることはないんです」
外川は表情を変えずに聞いている。牛尾は一気に畳み掛ける、自分の考えるシナリオに。
「決して、海外拠点がBooksに拘るのを、今後とも良しとするわけではないですから。実際、Booksでは、インターネットメールを意図した設計ではないので、いくつか重篤な問題もかかえてますしね。不正リレーの温床になっていたり、メールアカウントの曖昧認識したりとか。親切な設計のつもりでしょうけど、意図しない人メールが配信されるリスクは大きく、好ましくない仕様です」
Booksは、本音では嫌いでない牛尾は、心の中でBooksに『ウソも方便だから許して』とお詫びをする。
牛尾は、外川が無表情で静かなのを不気味に感じながら、まとめにかかる。
「ですので、まずはドメインの統一を優先して進めましょう。それがカットオーバーすれば、グループウェアの統一の希望が増えて来るはずで、黙っていても環境統合のシナリオに乗るはずです。。」
牛尾は外川を上目遣いに見る。外川は相変わらず口をへの字で黙ったまま、ちょっと重い空気が流れる。ようやく外川が口を開いた。
「妥協はしない。Booksは使えない。これからはInfochangeなのは明らかだ。だから基本的にはInfochangeでのドメイン統合を目指す方針は変えん。ただ、お前のいうように、まずドメイン統一は急ぎたい。急がなきゃならん。下期のスタートに合わせて移行完了、そのスケジュールも譲れないんだ。予算の問題もあるから、あと3ヶ月で完全移行はしんどいのは確かだ」
牛尾は驚いた。外川が譲歩している。もう一点驚いた、いきなり出てきた3ヶ月!なんでいきなりの3ヶ月なんだ、、、確認するまもなく、外川が続ける。
「くどいようだが、10月1日Infochangeでのドメイン統一は諦めたわけじゃない。でも、まずはドメインの統一、ここは必達だ。そのつもりですすめてくれ」
牛尾は、感情が出ないようにしたつもりが、いつもより高い声で「はい!」と答えていた。うわずっていたともいえるか。外川が「なんだ、俺を丸め込んだつもりか?」と、ニヤリとする。「いえ、決してそんな、、、ただ3ヶ月しかないので、ちょっと気合いを、、、では失礼します!」
と、逃げるようにその場を辞した。後ろから声が追いかける。
「やることありきだ。だからといって、いい加減はダメだぞ。セキュリティリスクに目をつぶって進めろ、ってんじゃない。お前に任せとけば大丈夫と思ってる。だから問題があれば言ってこい。時間は限られてるんだ。わかってるな」
牛尾は振り返り一礼。そう、技術はわからなくても、押さえるところを無視はしない。期待を裏切らないようにしよう、との思いを強める。
牛尾自身、メールさえきちんと動けば、グループウェアはどれでも良いと思っていた。もちろん、今USで、不正リレーができてしまう状況が放置されているのは好ましくないが、それは設定の問題でBooksが悪いわけではない。Infochangeも、ヘッダーのハンドリングに問題があったり、色々不安はないではないけど、まぁ、受け入れられないわけではない。
グループウェアより何より、まずは統合により、メールの入口をきちんと管理モニタできる状況になることが好ましい。それがBooksだろうがinfochangeだろうが。今、不適切な設定が放置されていて、指摘しても「問題ない」と取り合われないまま放置されている、そういう状況を一掃するには、やはりトップダウン。ただし、その方針が正しいことが大前提ではあるけど。
牛尾は素人、でも、各拠点のICTコンサルのリテラシーレベルを目の当たりにして、素人であろうが、彼らよりはよっぽど安全な実装ができる、という実感を持つに至り、彼らに任せておくのは危険すぎる、という自覚とともに『これは責任重大だぞ』という不安な気持ちが湧いてきた。でも、3ヶ月しかない、なら、やるしかないか。。。なんで3ヶ月なんだ。。?
初めて会った時の言葉が思い出された。「既に遅れているんだ。慎重派の意見を聞いていたらいつまでも進まない。やらないわけにはいかないのなら、腹くくって進めるべきなんだ。リスクを把握しリスクを制御できている確信をもてば、根拠ない漠然とした不安だけでの反対派がいようが、先に進める方が機会損失リスクを最小限にできるんだ」
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