兼務発令
素人には、専門家には見えないところが見えてくる事もある
牛尾が原料の蒸留をしていると、電話がなっているのが聞こえる。向かいの席の東山がとって、すぐ
「伊賀本部長から電話です」
と呼ばれた。え?伊賀本部長?名前はもちろん知っている、が、、、これまで一度も接点がない。一体何事だろう・・・
「はい、牛尾です」
「伊賀だ。急でわるいんだけど、来週の火曜日午後、本社にこれないか?」
今日は木曜日。カレンダーを確認する。
「あ、はい、終日大丈夫です」
「では、午後一、13時に私のデスクまできてくれ。わかるよな?」
「はい、ではお伺いいたします」
電話を置いて考える。なんだろう、、、流石に電話口で聞くのは憚られたが、全く思い当たる節がない。。。東山が
「ひっこぬき。本社栄転じゃないんですか?経営企画ですよね。おめでとうございま〜す」
と茶化す。
「ばーか言ってんじゃないよ。全く接点ないんだぞ。引っこ抜くもクソもへったくれもあるもんか、、」
ここが牛尾の情報システム部門との接点である。
翌週火曜日、13時に伊賀本部長を尋ねると、
「おう、みんな集めてある」
と先に立って歩き始めた。『集めてある』???
脳内プチ混乱状態のまま、会議室にはいると、情報システム部の数名が着席していた。
伊賀は着席すると、さっそく話し始めた。
「みなさん、今日は急にあつまってもらってすまなかったな。今日は喫緊で取り組むプロジェクトの為に集まってもらった。みんなも知っての通り、世の中はインターネット常時接続だ。当社はいまだにダイアルアップだが、常時接続の環境に移行をすすめていきたい。ついては、プロジェクトを立ち上げて進めて行く。ここにいる牛尾君も、そのプロジェクトメンバーに加えて進めたいと思う」
牛尾は椅子からずり落ちそうになった。普段から、情報システム部って何やってんだかよくわからない、よく見えない部門ではあったけど、仮にもプロの集団に自分がはいってできることが何かあるのか、、、?そういう話なら先にちゃんと説明するのが筋ではないのか、、、そんな牛尾の心内などしらぬように、伊賀が続けた。
「今までうちの情報システム部はオープン系[注1]に触った人間が一人もいない。だからといって、今、オープン系の人員を増やすことも得策ではない。一方では、研究開発では、オープン系での環境がぐんぐん整っている。研究はすでに館内LANを運用し、電子メールもインターネットだ。掲示板もウェブベースで提供されてる。そのインフラを設定して運用しているのがここにいる牛尾君だ。我が社の中で彼が一番オープン系の経験が深いので、今回特に情報システム部ではないが参加してもらうことにした」
たまらず牛尾は口を挟んだ。
「ちょちょ、、、ちょっとまってください。確かに研究館内のインフラを色々やっていますが、それは外部からの攻撃がない閉じたネットワークだからです。セキュリティ上の管理監視がきちんとできていなくてもリスクが顕在化しない範囲での運用です。メールだってインターネットじゃありません、イントラだけです。インターネットに常時接続するには、セキュリティもしっかりしておくことが必須なんです。私にはそんなことができるわけがありません。勘弁してください。オープン系のシステムをつかっているのは、使いやすい、ツールも揃っている、お金をかけずに整備ができる、という単純な理由です。お金があればちゃんとサポートも期待できるプロプリエタリなパッケージソフトを買いますよ。こんな私はオープン系を運用していた、なんていうことはできません」
伊賀はニヤリとしながら、
「お前がプロで、全責任取ってやれ、というつもりはない。ちゃんとプロの業者を雇うさ。ただな、残念ながら社内にインターネット接続の経験者がいないんだ。情報システム部にも、だ。となるとそもそもどの業者が良いか、業者が言ってることが正しいのか、判断できる人間がいないんだよ。今、お前はいみじくも『リスクが顕在化しない範囲で運用』と言ったよな。そういう評価をやる、やれる、という意識を持った人間がいることが必要なんだよ」
「お言葉を返すようですが、そういう評価は私にはできません」
「だから言ってるだろ、完璧なプロである必要はないんだよ。ただ、業者にいいように騙されないように、業者が言ってることがリーズナブルか、の見解をくれるだけでいいんだ。そもそも、研究館内LANを自分で立ち上げたくらいだ、こういうことは嫌いじゃないだろ?あまり肩肘はるな。気楽にかんがえてくれればいいんだよ」
・・・えらいことになったなぁ、、、牛尾は半分絶望的な気持ちになった。インターネット接続の管理なんて、自分にはとてもTooMuchすぎる。本職にするならいざしらず、片手間趣味でできるもんではない。確かに嫌いではないけど気楽に考えて良いものではない。
会議は、今後のスケジュール等確認に移ったが、牛尾はそれどころではなく、頭の中が本格的にパニックにおちいっていた。気がつくと伊賀が
「では、明日からスタートする。牛尾、お前の発令は今度の役員会で発令されるけど、発令待たずに動き始めていいからな。お前のボスにも話は通してある」
げぇ、そこまで手が回ってるのか、、、うー、、退路を絶たれた。ここは、とにかくできることを必死でやるしかない。
伊賀が立ち去り際、ニヤリと牛尾を見て一言
「おれだって情シスじゃねぇ、経企だ」
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