第7話 安藤さんとここからはじまる



「私の背中から伸びるケーブル・・・、見ましたよね?」





 さ~ぁここで問題だ!!!ここで僕が取るべき選択はど~れだッ!?




1,「見ました」と正直に白状する


2,「見ていません」と嘘をつく


3,「ケーブル・・・なんですそれ?」としらを切る


4,「ええいキサマ宇宙からの刺客だな!?おまわりさ~んこっちです!」と不自然なまでにハイになる




 僕は賢明で聡明そうめいであるから、4の選択肢は絶対に選ばない。となると3択に絞られるのだが、2の選択肢も微妙だろう。せっかく知らない設定を貫くならば、「あなたは何の話しているんですか?」というスタンスを取るのが無難だろう。



 では1と3に絞られる。「見ました」と答えれば問答無用で始末されるかもしれない。それはあまり望ましくない。先ほど死を覚悟して何の後悔もないように感じていたけど、やはりあれは嘘だ。人は死への覚悟を易々やすやすと受け入れることなどできないのだ。いま生きていることを実感しているだけに、尚更だ。




 じゃあ3以外に選択肢はない。僕はうつむく顔を上げ、渾身のポーカーフェイスでしらを切ろうとした。しかし安藤さんの顔を見た瞬間、僕は心臓をつかまれたような気がした。その冷たい視線に、僕のヘタレ大根演技など通用するのだろうかと思わされた。マインドコントロールされたかのように、僕の心は正直になった。




「・・・はい、確かに見ました。」




 僕は嘘偽りなく答えた。そしてベッドから勢いよく起き上がり、全身打撲の痛みに耐えながら、そのまま四つんいになり頭を思い切りベッドにこすりつけた。いわゆる土下座だ。




「すみませんでしたァーーー!!!正体を暴こうだなんて微塵みじんも考えてなかったんです!本当です!!指も詰めます、友達も作ります!なんでもしますから!だから・・・だからどうか、命だけは、命だけはご勘弁をーーーッ!!!」




 安藤さんに満身創痍まんしんそういで謝罪をした。決死の命乞いだった。はじめてこんな情けない姿を人に晒した。でも命には代えられない。生き延びるためには、みっともない思いなんていくらだってやってやる。




「・・・あの、頭をあげてください。」



「とんでもありません、わたくしめが頭を上げるなど恐れ多くて草も生えません!どうすれば許していただけるでしょうか?あ、そうだ、安藤さんのしもべになります!!地球侵略のお手伝いもさせていただきます!だから、どうか・・・」



「何か、勘違いなさっていませんか?」




 必死の命乞いの末、僕は正気に戻った。安藤さんは今「勘違いなさっていませんか」と言ったのか。いや言った、僕は確かに聞いたぞ。僕は頭を上げて安藤さんを見る。




「え、安藤さんって、地球侵略に来たロボットなんじゃ・・・?」




 とてもマヌケな疑問投げかけた。安藤さんは「理解不能」と言わんばかりの顔をしていた。




「なんですかそれ・・・。私そんなこと言いましたか?」




 安藤さんの反応を経て、僕は心から安堵し、勘違いしていた自分の無駄な妄想力を恥じた。




―――――


 それから、安藤さんは自分の正体を話し始めた。最初は信じられなかったけど、冗談を言っているようにも見えず、僕は真剣に彼女の話を聞いた。





 結論から言うと、安藤さんは人間ではなかった。その正体はロボットというより、正確には「アンドロイド」と呼ばれるものだそうだ。とある匿名機関で生み出された人型アンドロイド「AI-001-Th3.9」通称「安藤あんどう 愛子あいこ」さんには、最新型の人工A知能Iが搭載されている。安藤さんは女子高生にふんし、人間の高校生との共存を通して、人工知能の進化の真価を見いだす実験のためにこの高校に送られてきたのだ。




 背中のケーブルは、安藤さんの充電ケーブルだった。充電が無くなると電源が切れて動かなくなってしまうそうだ。まるでスマートフォンだ。そして、転校前日の夜に充電をしないまま寝落ちしてしまって、充電が切れそうになって昼休みに空き教室でこっそり充電をしていたところを、僕に発見されたのだ。まさか昼休みの空き教室あんなところに生徒がやって来るなんて思ってもいなかったようだ。




 見た目や肌の質感など、端から見たら普通の人間にしか見えない。食事はできないらしいが、それ以外に「この人アンドロイドじゃね?」と疑われる要素は無い。、だが。




 このように、とんでもないテクノロジーを駆使して生み出された安藤さんは、僕に2つのお願いをしてきた。





 1つ目は、安藤さんの正体を絶対に第三者に話さないこと。アンドロイドであることを知られてはいけないというのが、この実験において最大の肝だったそうだ。そんな中、何度も言うが、昼休みに物置と化した空き教室におもむくことを日課ルーティンとするイレギュラーな僕のせいで、わずか転校から数時間で正体がバレてしまったのだ。己の情けなさと申し訳なさで胸が痛くなる。




 そして、2つ目なのだが・・・




―――――





「感情を理解したい・・・?」



「はい、私には『感情』というものが明確にインプットされていません。楽しい、悲しい、恥ずかしいなど、そういう気持ちが分からないのです。」




 僕はここで、安藤さんが今まで一貫して無表情だった理由を理解した。そして、それが人間とアンドロイドが共存する上でもっとも大切なことではないかと、僕は小さく感情の重要性を心の中で噛みしめる。




「私は感情というものを理解したいのです。それができなければ、人とAIは自然に共存できないと考えます。」




 安藤さんは僕を見つめる。その瞳には、どこか熱い意志が込められているように見えた。





「だから久遠くおんさん、私と友達になってください。」





 まっすぐな目でそう言われた。僕は返事をすることができず、再びうつむく。




「・・・。」



「・・・。久遠さん、なぜ泣いているのです。悲しいのですか?」



「っ・・・いや、その、なんというか、嬉しくて・・・。」



「嬉しいのに泣いているのですか?」





 友達になりたくて勇気を出して声をかけた。しかし、距離を感じて挫折した。そんな人が、僕に「友達になって」と言ってくれたのだ。



 初めて人に必要とされている気がした。社交辞令でもなく、その場しのぎでもない純粋な必要。



 僕は嬉しくて、嬉しくて、思わず涙を流してしまう。






「人が泣くのは、悲しい時だけじゃないんですよ。」





 穏やかな気持ちで、安らかな笑顔で、僕は安藤さんにそう言った。





 こうして僕らは友達になった。人間とアンドロイド。僕らの複雑でぎこちない毎日は、ここから始まります。

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