いのちのこたえ

悪役

何もない場所から


命を懸けた願いというのは余りに重く、辛く、しかし尊さを感じる。



痛々しい、と人は憐れむ


馬鹿馬鹿しい、と人は理解を拒む


命あっての物種と言う者もいれば、己の夢や生き様に全てを賭して何が悪いと言う者もいるだろう。

そのどちらも間違って無く、正しくも無いのだろうと思う。

だからこそ"私"は憎むように願おう。



──どうかお願い、奇跡わたしに手を伸ばさないで



奇跡それは貴方達の手で引き寄せ、生み出して。

奇跡とは叶えるモノであって、手に入れるものではないという事を理解して貰いたい──そう、"私"は切に思い続ける。







愛しい"貴方"がどうか輝くように懸命に生きれる事だけを思って────











草木が揺れ、闇に覆われるように森林の中、一つ大きな風が空間を揺らす。

音になる程の突風は木々を揺らし、鳥が震え、虫が鳴く事を一時止める。

そのトップに揺れる自然物の中に、人工物の物が幾つかあった。

それはテントであった。

周りに幾つか簡易式のテントを作り、薪を焼いて光源とし、夜の中でも視野を保つ工夫をした中で寝ている集団があった。

夜の中でも警護役の為か、武器と防具を外さずに外を見張っている者も入れば、テントから寝息が響くものもあり、中にはテントに入っていてもテント内が少しだけ火の光と思われるもので光っているものもあった。



その集団の中で唐突な突風に髪と服を抑えている少女の姿があった。



少女の格好はその集団の中では明らかに埋もれていた。

年齢とか性別ではなく格好が周りの集団とは毛色が違っていたのだ。

少女が着ているの鎧でもなければ動きやすい服装でもなく、白色のカチューシャを頭に付けたあからさまなエプロンドレスを着ていたのだ。

美しい黒髪のロングを後ろで括り、黒目の両の目を片方閉じて風をやり過ごしながら、髪とスカートを抑えていたのだ。

周りの数人の男性が凝視ズームになってその鉄壁が剝がれないかを期待したが、少女からの半目と共に現実に夢が訪れない事を理解して俯いたので、つまり彼らは敗北者であった。

ともあれ、周りから見たら普通に美少女の彼女はきょろきょろと視線を動かす。

明らかな探し物、もしくは探し人を探す仕草にたき火の知覚に座っていた人間が声を掛けた。


「どうしたサヤ。何か物を失くしたのか?」


「いえ、そういうわけではないのですが………シオンこそこんな時間と場所でも読書ですか」


ああ、と頷く姿と声は眼鏡を押し上げた短髪の少女とそう変わらないか一つか二つ程年上の姿であり、手の中には本を持っていた。

服装は軽装であり、腰のベルトなどにはナイフなどは装備されていたが、周りよりも多少軽装であった。

それだけならば特に特異では無いかもしれないが、唯一周りと違って髪の色が白に染まっているのが目立つ特徴があるだけであった。

しかし、それらは一切二人も周りも気にせずに会話は続けられる。


「勿論。学ぶ事は常に素晴らしい。下らない雑学でさえ楽しみになるものはなるからね? まさか歴史の闇に消えた"鳩尾の美味しい殴り方"を手に入れることが出来るとは………」


「………拳を使う私からしたら笑えない本ですが、敢えて聞きますがどこが面白いんですかそれ?」


「分からないとは残念だ……! 仕方がない、後で貸してやるので筋肉が詰まった脳に刻み込むがいい……!」


刻み込ませる為か、少女は遠慮なく座り込んでいるやかましい男の鳩尾に思いっきりぶち込んでいた。

ゴフッ、と口からリアルな呻き声と共にシオンと呼ばれた男が沈むのを見て、馬鹿あくは滅びました、と呟きながらサヤと呼ばれた少女は探す動きをしながら少し集団から離れていった。

探しモノ……まぁ、者なのだが、別に異常事態になったわけでは無い。

 


"あの人"は何時もこんな感じに自由に動き回るのだから。



自由人というわけでは無いのだが、形にばっかり拘るのが性に合わないという感じなのだと思う。

生まれも年も性別も違う集団なのに、こんな風に好き勝手しながら纏められているのは"あの人"のそういう気質が私達を染めているのだろう。

今もテントの中から


「おい! 誰だ商隊警護の任務にわざわざエロ本を持ってきた奴は! こんなむさ苦しいテントの中で見ても虚しい思いをするだけだろうが! しかも貧乳派か……!」


「すいやせん! でもほら! 男には我慢ならない時ってありますよね! 料理班の女子班で興奮すると後々えらい目に合いそうなので!」


「保身から言わせて貰うが馬鹿者が……! 後で貴様はスクワット500回してこい……! その後に皆で喜びを分かち合おうでは無いか……!」


などと興奮している声が聞こえるが、これは例外としてもいいだろう。後で犯罪者になってない事を祈るのみだ。

背後で隊長! とテンション挙げているテントに、間違ってはいないけど真の隊長はそっちではなくこっちです、と呟いて、静かなのに賑やかな一団から離れ、少し森の中で開け、月明かりが照らす場所にようやく少女の探し人はいた。



剣を傍に置きながら寝ている一人の少年の姿だ。



すぅー、と体の動きに合わせて吐息を吐きながら眠る少年はこちらに一切気付かずに本当に寝ている。

寝ながらでもいざという時に動けるよう訓練を受けている自分達からしたらおかしいのだが、完全な信頼の表れなのだと気付いた時はどれだけくすぐったい思いをしたものか。

さらさらとした金髪を私からしたら適当に伸ばして後ろで適当に括っているというずぼらに放置しているのに、何故ここまで艶々しているという理不尽を感じながら、しかしそのあどけなさすら感じる寝顔に思わずガッツポーズを作る。

数秒して、咳払いと共に起こさなければいけない使命感に無理矢理目覚める。

近くに私達がいるとはいえ仮にも森の中で一人で無防備に寝ているのは間違いなく良くない。

起こさないといけないのだ。

寝るのならばそれこそテントで寝て貰わないと。

少しだけ深呼吸して、声の調子を何時も通りにした後に声を掛ける。



「──レオン様、起きてください」



自分がこの世で唯一敬意と情を持って様付けする人の名を呼ぶ。

そうするとむ、と一瞬で目を開けて覚醒するのが流石である。

直ぐに上体を起こし、状況を確認する目覚めの速さは訓練の積み重ねと意識の高さからだ。


「おはようございます、レオン様。お休みの所申し訳ありませんが、何度も言っているように寝るのならば安全の為、テントで寝てもらうようお願いしていたはずなのですが。それも何度も」


「ああ。その度俺はいや、これは俺がしたい事だからと言って断ったな」


苦笑と共に言われる言葉にこちらは心底困った顔を浮かべた気がする。

確かに何時もそういう流れになっており、どうしたものか、と悩んでお流れになっている。


「交代で見張りも立てているのです。何かあれば即座に彼らが気付いて行動します」


「そうだな。彼らを疑っているわけじゃないさ俺も。ただ毎回俺だけが一人交代のシフトから外れているのが不平等だっていう事だ」


「当たり前です──貴方は私達の希望でありリーダーなのですから」


また、そういう、とレオン様は不満げな口調を隠さないまま、しかし苦笑は崩れなずに言うのでこちらも不満げな口調は隠さずに話す。


「そういう、のではなくそうなのです。貴方は真実、私達のリーダーで私達の希望なのです。貴方が居れば私達はどんな負け戦であっても勝利になるのですから」


「それは違う。人と人の価値に能力の差はあっても上下は無い。何故ならサヤ、君も人で俺もこんな風に人間だ。無論、それは妖精族にも適合するが、お互いの命に差は無い事だけは事実だ。それにこうして商隊の警護をしているただの小僧が皆と価値が違うわけがないだろう」


凄い言葉だと思う。

何せ、全ての言葉に一切の虚飾を感じれない。

全てが心底から吐き出された彼の言葉だ。

人によっては綺麗事にしか聞こえない言葉だろうし、言葉だけを聞けば確かに綺麗事だ。

しかし、この人はその綺麗事を実現したのだ・・・・・・

実現した範囲が例え街の一角程の広さであっても、当事者である自分達がそれを一切笑う事も蔑む事も出来ない。否、出来るものか。

当事者の自分らがその奇跡を笑うという事は現在の幸福の価値を下げる行為になるのだから。


「………レオン様の理由も確かに理解はしています。だからこそ、その場合は私にお声をおかけくださいとお伝えしたはずですが」


「ふむ、ツッコむ所があるけど、一番どうでもいい所を言うけど、どうしてお前にだけなんだ?」


「決まっています。私が貴方の従者だからです」


「来たな毎度お決まりの定型句……!」


今度こそ本気で呆れたような顔になって言われるので、自分としてはその呆れの態度に負けないよう毅然を貫く事である。


「お決まりの定型句ではなく事実であり、真実です。私は貴方に忠誠を誓う従者です。貴方のする事は私がする事であり、私のしたい事は貴方を利する事です」


「重い……! 重いぞその発言……! い、いやまぁ、それは有り難いけどな。有難いけど、それとこれは別だ。何度も言ったけど俺はもう十分に君に助けられたし、君のような出来た従者を持つような出来た人間でもない。もう助けなくていい、とは情けない事にいえる立場ではないけど、従者である必要はないだろ?」


「嫌です」


即答にレオン様が思わず動きを止めるが、構いはしない。

駄目なのではなく嫌なのだ。

理屈で説明しろ、と言われたら間違いなく上手く説明できないが、やはり嫌なのだ。


「私が邪魔に感じたり、不要と思ったのならば遠慮なく捨てて結構です。貴方の力足り得ないのならば確かに、貴方の従者足り得ない」


「……………女って卑怯で重くて理不尽だなぁ」


バタリ、とはぁ、と息を吐きながら上半身を再び地面に預けるので、自分もそこで座る事にする。

流石に顔の高さを一緒にする度胸は無い。

だから、彼が見上下ている空を見た。

今日は雲一つの無い空。

そこには満面の星空が展開されている。


「──何を見ておられるのですか」


それを知った上で自分は何となくそんな風に問うた。

しかし、彼はんーー、と少し間延びした声を出した後に


「──見てないよ。考えているだけ」


と答えた。

だから、自分もでは何をお考えで、と聞くと


「何も特別な事は考えてないよ──ただようやく帰れるな、と思っただけ」


確かに明日、自分達は自分達の居場所に帰れるし、彼の気性ならその事を喜ぶのは頷蹴れる事だ。

でも何故かこう胸がむかむかするというか、少し落ち着かなくなるような声色だと感じるのは自意識過剰だろうか。


自意識過剰です……


そう念じ、でも少年のその言葉に同意しようとする感情は嘘でも誤魔化しではない、と思って微笑を浮かべる。




「そうですね────明日からまた私達の居場所で頑張りましょう」



その言葉に帰って来たのは微笑の音だった。








巨大な壁と見張りの兵士が立つある種典型的な城壁に囲まれた一つの国──レムナント王国は城壁に囲まれたと都市の中にもう一つ王城を守る為の城壁を内部に持ち、その外には城下町が広がっている国であった。

巨大と言われる程ではないが小さいというのは大きい王国はしかし一つ足りないものがあった。


喧騒だ。


音がないというわけでは無い、

人がそこに一人いれば音は生まれる。

曲がりなりにも王城都市である以上、人の多さは間違いなく多い。

だが、音はあっても活気が足りていないのだ。

良く見れば街を移動する人々の顔には疲労が表現されている事が分かる者には分かる。

それは主婦や、商人、老人、子供、兵士ですら疲労であったり、ストレスであったりするものがあった。

しかし、そんな城下町でも、一つだけ明るい喧騒が溢れる場所があった。

そこは所謂、こんな城下町にはそぐわない、否、こんな城下町だからこ・・・・・・・・・・適していると言うのか。

人々からは貧民街と言われている場所こそがこの王国においてもっとも人々が活気に溢れている場所であった。

今もまた貧民街で売店を営んでいる店の店長と思わしき大人の男が正面の店の店長らしい相手の大人より少し年を取った男に


「はああああああああああああ!!? テメ、爺! 同好の士だと思っていたのに、テメェ、胸より尻派だったのかよ! 今までの俺の信頼と親愛を根こそぎ奪っていきやがったな!?」


「はん、粋がるなよ若造が。何も俺は胸が悪いなんて言ってねえよ──男なら女の全てを愛する度量位作れ、この蛙が。女のパーツ一つしか愛せねぇ馬鹿が俺と嫁の愛に勝てると思うなよ」


おお、と周りの男は若干尊敬の声音を、女は無言で半目を浮かべて見られているのだが男二人は意に介さず話題に熱中する。


「はぁ!? 綺麗事だけで騙されねえぞ爺が。んな事言いつつぜってーあんた! ベッドで嫁さん相手のパーツに熱中していただろ!」


「馬鹿野郎。男にとっての最大の戦場だぞ。余裕なんて持って挑めるはずがねえだろ小童が。それともなんだ? お前にとって嫁との戦場はお遊びか? んんん? ちっせぇ男だなぁ? 俺の爪の先っちょの垢でも飲ましてやろうか?」


「上等だぁ!!」


若い方の大人が即座に店の中から出て道路に出るのに合わせて老けている方が鼻を鳴らして、出てくる。

そしてお互い開幕戦闘ポーズを取りながら、お互い再び挑発した後に先に飛び出た若い方の大人が邪魔だと思ったのか、上半身の服を脱いで曝け出す。

おお、と今度は女連中が興奮して見始めるが、中々に鍛え上げられた体を見せてかかって来いやポーズを取るのに老けたおっさんはふぅ、と呆れた吐息を吐き、息を吸い


「──ふん!」


呼気と共に筋肉が盛り上がって着ていた服が四散した。

なにぃ!? と思わずギャラリーと一緒にツッコミを入れるが、目の前のおっさんの体が自分よりも更に鍛え上げられた肉体を晒している事実を否定出来ない。

同時に


「ズボンとパンツまで解放してんじゃねえぞーーーーー!!」


「へん、俺の勝ちだな」


「しかも勝ち誇りやがったこの爺…!」


だが、確かに感じ取る敗北感に膝を着く若い大人に、相手は片腕を上げて勝利ポーズを取ろうとし




「何だ皆。楽しそうだな」



という少年の一声に全員が全く同時に振り返る。

そこには長髪の金髪を後ろで遊ばせた少年の姿があり、それはこの貧民街に置いて誰も彼もが知って、誰も彼もが焦がれ、有難がり──感謝する少年。


「レオン! 帰って来たのか!」







レオンと呼ばれた少年は皆の歓迎の雰囲気にくすぐったい居心地を覚えながら手を上げて喧騒の中を進む。


「ただいま皆。他の皆も帰って来ているから家族、友人、恋人とかいる人は迎えに行ってあげてくれ──きっと皆も喜ぶよ」


おお、と周りの人が自分の言葉に頷いて時折離れていく姿を見て、笑みを深めながら俺からしたら大人二人の間に入る。


「セルゲイさんにクラウスさん。何で往来で半裸と全裸になっているんだ? もしかしてちょっと狂った?」


「ははは! なぁに、ちょいと男同士の譲れない戦いって奴だよ! なぁ、ド変態爺!」


「セルゲイの若造が粋がっているが気にすんなレオンよぅ。商隊警護で疲れただろぅ? 何か食うか? そこの器が小せえのよりマシなもんやらからよぅ」


「馬鹿野郎! クラウスの爺のような古臭ぇ商品よりも俺の方が今どきのもんってぇのを知っているんだよ! おいレオン、そこの偏屈爺よりも上手いのとサーヴィスいいのをくれてやるからうち来いよ!」


二人の言葉は違えどこちらの事を気遣ってくれる感情に感謝しながら


「じゃあお言葉に甘えてちょっと貰おうかな──二人のを」


その言葉にセルゲイさんとクラウスさんが二人一瞬止まり、ついという感じで顔を見合わせ


「──しょうがねえなぁ!」


と二人で笑みを浮かべる結果になってきたのを喜びながら、二人が商品を用意してくれるのを待つ。

その間も周りの皆は俺に関わろうとするように声をかけてくる。


「レオン。あんまり二人を甘やかしたら駄目よ? ただでさえ二人とも馬鹿なんだからこれ以上馬鹿になると困るわ────犯罪になって」


「大丈夫大丈夫。最近、シオンが色々と拷問方法について目覚めてきたって言ってるから。数十分すれば自分の幼年期に戻れるっていうから二人とも幼年期に戻れば大丈夫なんじゃないかな?」


「おい、レオン。心が幼年期に戻っても外見がおっさん二人何だがどうよ?」


「ははは」


「責任放棄するなーーーー!!」


周りの声をさらりと耳から耳へと放り出しとく。

それはそれ、これはこれである。

そうなった場合はシオンがやったからシオンの責任範疇だろう。きっと何とかしてくれるだろううちの軍師ならば。

出来なかったら知らん。


「所で何でレオン一人だけここに? サヤはどうしたんだい?」


「いやな。サヤも疲れているだろうに帰って直ぐに俺の世話を焼く気満々だったから逃げて来たんだ」


「────いいね! 青春だよ青春!」


「青春じゃないよ。物好きなだけだよ、サヤが」


「それを含めて青春って言うんだよ」


周りの笑い声にはいはい、と頷いてセルゲイとクラウスが出てきたので二人から食べ物が入っている袋を貰う。

結構、ズシリと重みが来たので眉を顰める。


「ちょっと二人共。こんなに貰っても食べきれないって。それに肉とかじゃがいもとか野菜とか一杯……豪勢過ぎるよ」


「なぁに心配するな。子供一人の胃袋を掴めない程、お互いやばくねえさ」


「それに残っちまったなら警護隊の奴らに分けてやらぁいいさ。それにお前さんにそれくらい渡さないと俺が後でカミさんに殺されちまう」


そう言われると困ったものだなぁ、としかし二人はそのまま店の中に帰るので返しづらい。

まぁ、ならば受け取らないと二人に申し訳ないか、と思って抱え直し


「ありがとう。二人も皆も。何時も皆に助けられてるよ」


そう言って俺は皆に礼をしてこの場を去る。

何故なら本当の目的はここじゃないのだ。皆には悪いが。

会いたい人がいるのだ。

大事な人が待っている。

相手がそう思っていなくても、自分が大事と思える人が。









金髪の少年の姿を見送りながらセルゲイとクラウスと呼ばれた大人二人は顔を見合さずに口を開く。


「なぁ、クラウスの爺さん──どう思う?」


何についてかを一切含まれていない質問に、しかしクラウスは頷く。


「見覚えっていうか経験はあらぁなぁ、あの走り────大事な人に会いに行きたがる走りだな」


「おいおい、男のポエムなんて聞きたくねえんだが。それも爺なら尚更に」


セルゲイの顔面に諸に石がぶち当たる。

野郎、と呟いて暫く二人が石を投げ合うが投げ合う石が無くなり合った所で、クラウスが溜息を吐く。


「しっかしまぁ、俺としてはサヤのお嬢ちゃんを応援していたんだがなぁ…………あの子、強気そうで奥手だしなぁ」


「それについてはマジ同意だが、横から言うのも大きな世話だろうし、手を出されたくないんだろうしなぁ」


うむ、と外野も頷く。

しかしそうなると一つ疑問があるのが、全員の共通であった。


「─────レオンが大事に思う相手は誰だ?」


そう。

懸想する相手が誰かだ、という事だ。

現在、少年がそう思う相手がいるのではないかという前提条件の下で話し合っていたが、その相手を自分達は一度も目撃していない。

勿論、これらの思考は自分達の早合点。

まだ彼はそういった事を考えていないというのも十分にある事は承知の上だが、自分達の恩人で、子供のような彼を見ているとつい面白い方に考えてしまうものなのであった。


「酒屋のアンナなんてどうだ。結構な別嬪さんだろ」


「いや、あの嬢ちゃんも乗り気だったみてぇで告白したそうだが、決め手の"お願いします! 女装して私と付き合ってください! 興奮するんで!"っていう欲望に忠実なナイス告白に五歩引かれて断られたらしいぞ」


「…………深いな」


「…………ああ、深ぇな」


思わず周りの皆と一緒に深く頷いて心を落ち着かせる。

その動作と共に空気を入れ替えながら、ならば、と前置きを置き


「どうなんだろうなぁ……」


「さぁな──ま、誰であってもレオンの坊主が幸いになれる相手ならいいさ」


何せ


「俺の、否、俺達の恩人だ──この貧民街に捨てられ、最も心細かったのは自分だろうに、皆で一緒によくしよう、と誰にも言えなかった言葉を言ってくれたんだからよぅ」


「───今だから言うけど、子供になんて事を言わせちまったんだってマジでベッドの上で恥で死にそうになったぜ…………」


「思わなかった奴はもうこの街にはいねえよ」


はぁ、と溜息を吐いて空を見上げる二人。


「何時も皆に助けられてる……………か。馬鹿野郎。それは俺らの台詞だ。感謝しても感謝し足りねえ」


「…………何だクラウスの爺さん。年か」


「次いう時は死ぬ直前だから嚙み締めろ小童────このくそったれな国王の圧政に俺達は死んでいたのさ。肉がじゃなくてここがな。それを生き返らせてくれたのはレオンの坊主だ。それがどれ程の奇跡だったのか、分かってねえとは言わせねえ」


ふぅーーーとクラウスは息を吐いて、空ではなく少年が去っていった方角を見直す。

今もまだそこに少年は走っているのだ、というような視線と共に。


「十分に夢と希望を見せて貰ったが────これ以上を望むのはけち臭ぇ年寄りの欲かねぇ」


「あんま大きく言うなよ爺さん────下手したらあんたじゃなくてレオンに振りかかっちまうだろうが」


そうだな、とクラウスは頷く。

セルゲイの言葉がこちらの言葉を一切否定していない事も含めて。


「まぁ、今はあの子の幸福を望むだけで良しとするか」


そう纏め、男二人で仕事に戻ろうとしてふと気づく。

自分の適当に木を組み合わせて作り上げたカウンターにお金が置いてあることを。

その事に二人が同時に一瞬止まり


「ああくそ────やられちまった」


と二人同時に呟く。

くっそーーー、と男二人が嘆いているとそれぞれの店に向かって女性が一人ずつ向かっていく。

年齢を見る限りそれぞれの妻と思しき二人はただいま、と恐らく言おうとした口が思わず閉じられていた。

妻の帰宅を知った二人は何故止まったのかと思い、ふとお互いを見る。



上半身裸のおっさんと全裸のおっさんがそこにいた。



その事実に女二人がどう思っているかを察した馬鹿二人はははは、と二人同時に笑い、そうして直ぐに真顔で眼前の男に対して指差して


「この変質者め…………!!」







背後から何やらぐああああ、と叫び声が上がるのをレオンは聞きながら首を傾げ、ギャグ風味が強いから大丈夫かなって思って歩む事を選択した。


そこは空き地であった。


誰がどう見ても草が無駄に生い茂って、ゴミなどが散らばって落ちている汚い空き地。

現状使用できる用途としては子供の遊び場になるくらいしか使えないであろう場所だ。

当然、こんな貧民街に自ら来ようとする奇特な人間は余りいないので、この土地を買おうとはしない。

故にある意味でこの場所は貧民街に住んでいる自分達の土地みたいなものなのだが


「…………」


やはりここに近寄る人影所か、猫や犬といった獣すらいない。

場所的には確かにここは貧民街においても主要の道から外れ、何も無いから特に寄る場所ではない。

故に人が寄り付かないのはまだ分かるが、犬猫や虫の気配すら感じ取れないというのは異常のレベルだろう。

そう思い、空き地に一歩踏み出す。


「ん……」


瞬間、まるで水の中を突っ切ったような感覚。

やった事は無いが滝とかそういった流れ落ちる柔らかい者を通ろうとしたら覚えるような感覚が全身を洗う。

もう慣れたような感覚に身を任せて目を開けるとまるで別世界…………というわけではないが、そこには先程までは無かった建物が立っていた。

古い煉瓦で作られた、小さくはあっても神殿と言いたくなるような厳かさを感じ取りながらレオンは何度慣れてもこの現象の異常さに汗をかきそうになる。


「妖精族や魔導士じゃないから理屈は分からないけど、これはもう一種の世界改変なのか? それともこの場所に刻まれた幻術の魔力が生物に対してずっと発揮しているのか?」


どちらであっても末恐ろしい事だ。

シオンのように外部に魔力マナを放出できる体質持ちならば調べることが出来るのかもしれないが、余り教えたくないからいっかと毎回理解を放り投げている。

そんな小事よりも大事な事があるからだ。

その神殿のような建物の入り口は小さく、内部は光が無い為、周りは昼だというににそこだけ薄暗い。

だけど自分は知っている、とその入り口に近付きながら、目を閉じて思う。

入り口の中に入って暗い世界に包まれ、慣れたかなと思った辺りで目を開くと




そこには水色の輝きで光る、美しい剣が刺さっている事を────



「────」


何度見ても飽きない美しさ。

この刃に貫かれて死ねるなら死んでもいいかもしれないと思うのは少し病んでいるのかもと思う辺り、重病かもしれない。

せめて後悔しない辺りに留めればいいか、と誰に言い訳しているのかと思いながら、思わず荷物を置く。

剣は部屋の中央。

距離で言えば俺の歩幅で五歩くらい歩けば触れる距離だ。

その近寄りがたい美しさの割には直ぐにでも触れられる近さに、だからつい一歩踏み出そうとして──




『────駄目。来ないで』





そうして誰もいない空間で誰かに拒絶される。



「…………むぅ」


出鼻をくじかれた俺は思わず不満そうな声を漏らすが、まぁこれも何時もの事である。

"彼女"からしたら触れられたらおぞましい事・・・・・・が起きてしまうのだから。

だから仕方がないのだが、まぁ、うん、仕方がないのだが、ううむぅ。


「無念…………」


『何が?』


と問う声に改めて剣の方を振り返ると、もしもゴースト系が苦手な人がいたのならば悲鳴を上げている光景なのだろう。




何せ蒼色の剣の真上に浮遊する透けた少女がいるのだから。




サヤにこの光景を見せたらきゃあ系の悲鳴を上げてくれるだろうか? 無理か? 無理なのか? 無理だよなぁ…………前、黒くてちょうカサカサした虫を顔色変えずに踏み潰していたしなぁ。

ともあれ剣の色と同じ髪の色を腰まで遊ばせている少女に改めて笑みを浮かべながら


「何でもないよ────ただいま」


『────』


こう言うと何時も幻想的な雰囲気に相応しい綺麗な顔をした少女は心底泣きそうで、それでいて恨みにも似た怒りのようなのぐちゃぐちゃな表情を浮かべる。

でも、その度に毎回溜息と共に表情を捨て




『─────もう来ないでって言うの何度目かな?』




と、実に分かり易い言葉を何時も言うのであった。






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