第48話 生徒会選挙。
「へー。じゃー、はるちゃんは転校しちゃったんだー?」
「はい。行き先はいつねさんにも教えられませんが、割りと遠くの学校に」
学園祭から数日後。
私はいつねさんの病室に二回目のお見舞いに来ていた。
学園祭の日に起きた出来事を、前回もさわりだけは話したけれど、今日は時間があるのでゆっくり話し込んでいる。
「はるちゃん、一人で苦しかっただろうねー……」
「……そうですね」
いつねさんは表情を曇らせた。
遥さんの生真面目さは彼女もよく知るところだ。
心中を察して心を痛めているのだろう。
実際、家族を人質に取られ、意にそぐわぬ悪事を働かされた遥さんの苦悩はいかばかりだったか。
お祖父様は彼女の立場が悪くならないよう、細心の注意を払ったと言って下さった。
でも、問題は遥さん自身が、自分のことを許せるかどうかということなのだ。
「こういう時、真面目なのは逆に損だねー……」
「……」
遥さんが根っからの悪人だったのなら、悩むこともなかったのだろう。
だけど、彼女は生粋の善人だ。
穿った見方をする人は、やれ偽善だの弱いだのもっと他に選択肢がだのと言うだろう。
でも、彼女は彼女の出来る範囲で最善を尽くしたと私は思う。
その結果がああなってしまったのは残念なことだ。
けれど、その時々で最善を尽くした人を、私は後から分かったように語ることはしない。
彼女が今度の事件のしがらみから開放される日はいつになるのか。
その日が一日でも早くなることを願ってやまない。
「あーあ。それにしても行きたかったなー。いずみんのライブー」
沈みすぎた空気を嫌うように、少し拗ねた様子でいつねさんが言った。
「聞いたよー。大反響だったらしいねー」
「私以外はみんな凄かったですからね」
ナキなど、どこの部にも所属していないと聞いた軽音部から、熱心にラブコールを受けている。
雪原さん姉妹も、ナキを口説こうとしょっちゅう教室に来ている。
ナキ自身はまだフリーを続けたいようだけれど。
「いずみん……謙遜も過ぎると嫌味だよ……?」
「は?」
「これだから……。まー、そこがいずみんの味でもあるからいいんだけどねー」
「はぁ……?」
いつねさんがよく分からないことを言っている。
「こっちの話ー。退院したら、あたしにもあらためて聴かせてねー」
「こんな駄声でよければいくらでも。あ。いつねさんは誠くんのギターソロの方が良かったでしょうか」
「こいつめー。いつねさんをからかうとこうだぞー!」
「~~~~っ。ギブ、ギブアップです! くすぐられるの弱いんです! やめ! やめて!」
「病院ではお静かに!」
じゃれていると、通りすがりの看護婦さんに叱られてしまった。
素直に謝って静かにする。
「もう。いずみんが柄にもなく変なこと言うからー」
「ごめんなさい。もうしません」
「もっとデレてくれてもいいのよー?」
「幸さんみたいなこと言わないで下さい」
誰がクーデレか。
「で? いずみんはとーまくんとどうなのさー」
「いい加減、冬馬くんと私をどうにかしようとするのやめませんか?」
「このこのー。誤魔化そうたってそうはいかないぞー?」
「違いますってば」
二学期に入ってこちら、冬馬とはそれほど話していない。
私がライブの準備に忙しかったせいで、クラスの展示の用意をしている時、二言三言言葉を交わしただけだ。
「冬馬くんは生徒会選挙の準備に追われているようです」
「生徒会選挙?」
「はい。在校生全員参加の無記名投票で生徒会長を決めるんだそうです」
副会長、書記、会計は選ばれた会長が指名して決めるのだとか。
例年、前年度の副会長が会長に立候補して、他に立候補者がいなければ信任投票だけになるらしい。
過半数の信任が得られればそれでおしまい。
というか、信任投票になって信任を得られなかったケースは過去無い。
「ふーん……。じゃあ、今年は冴子様の信任投票?」
「それが……。他に二人ほど立候補者が出まして」
立候補者が複数いる場合は、普通に選挙が行われる。
最多得票を得た者が生徒会長となるのだ。
「へー。あの冴子様に勝とうなんていう物好きがいるんだー」
「物好きのうちの一人、冬馬くんです」
「ふぇ!?」
そうなのだ。
冬馬は一年生の身でありながら、生徒会長になろうとしているのだ。
「ま、まー。とーま君ならあるいは可能性があるかもしれないけれど……」
「本人は自信たっぷりです」
「あはは、とーま君らしいねー」
もしも当選したなら、百合ケ丘初の一年生生徒会長の誕生である。
そして、その可能性は限りなく高いと私は見ている。
なぜなら、『チェンジ!』において、冬馬は二年生開始時に生徒会長を名乗っていたからだ。
こんな反則みたいな予想はいけないとは思う。
でも、冴子様にはお気の毒だけれど、冬馬は当選すると思う。
結果が見えている選挙というものは今ひとつつまらない。
もっとも、ナキや誠のイベントが一年繰り上がったように、ゲームとは異なる展開もありうるのだが。
「あたしも早いとこ退院してとーま君の応援に駆けつけなきゃー」
「そうですよ。いつねさんがいないと、騒々しさが――」
「こいつめー!」
「ギブギブ!」
「お静かに!」
デジャブである。
「あたしは冴子様のことそんなに知らないんだけど、どんな人なのかなー?」
「才色兼備の名家の令嬢、というところでしょうか」
「それっていずみんの下位互換じゃん」
なんてことを言うのか。
「冗談でもそんな畏れ多いこと言わないで下さい。あの方は本物です」
「いずみんのどこがニセモノなのさー?」
どこがもなにも、中身が半分ニセモノなんです。
――とは、言えず。
「とにかく。殿方の理想を凝縮したようなご令嬢、とでも言えばいいでしょうか。人呼んでミズ・パーフェクト」
男女両方の理想、ではないところがポイントである。
女性陣にとっては好みが分かれるタイプなのだ、冴子様は。
「女性版とーま君みたいなものかなー」
「そんな感じです」
と、さんざん持ち上げておいてなんだが、実は私は冴子様に少し違和感を感じている。
今世の冴子様は、前世で知っている冴子様とかなり違うのだ。
実は冴子様、ゲームでは和泉の取り巻きだったりする。
名家のご令嬢ではあるのだが、和泉と一緒になって主人公をいじめる端役である。
実際に今世で会った冴子様とは似ても似つかない。
だからこそ、進路指導室で最初に会った時は、どう対応したものか逡巡したのだけれど。
ゲームの冴子様は、和泉に悪い影響を受けてしまったのかなぁ……。
「そういえば、もう一人いるんだっけ、立候補者?」
「はい。二年生の
「あー、
「はい。
良くも悪くも有名な先輩なのである。
中性的な名前だけれど、男性。
そして、佳代さんのお兄様である。
「かよちーが今頃どんな顔しているか想像つくなー」
「ものすっごく嫌な顔してました」
神楽様がどんな方なのか詳述するのは後回しにするとして。
一つだけ特徴を上げるならば――。
「すっごいシスコンらしいねー」
「らしいですね」
割りと本気で引くくらいらしい。
どれくらい引くかと言うと、幸さんが「これはひどい」と言うくらいだと言えばお分かり頂けるだろうか。
まぁ、何故か幸さんは笑顔だった訳だが。
「意外と盛り上がるんじゃないー? 生徒会選挙ー」
「そうでしょうか」
混沌とした雰囲気しか感じられないのは、私だけだろうか。
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