第33話 儚い「ひ」。

 夏休みを利用した旅行もいよいよ最後の夜となった。

 明日はもう帰るだけなので事実上、今夜が最後のイベントとなる。


「バケツよし。ろうそくよし。んじゃあ、始めるか」


 今夜のイベントは花火である。

 もちろん、打ち上げ式の大きいものではなく、家庭用のおもちゃ花火である。

 一条や東城の力を使えば、打ち上げ花火も出来ないことはない。

 でも、あれは色々と手続きが面倒だし、そこまでする必要性も感じない。


 場所は湖水浴をした湖のそばである。

 森からは離れているし、水も簡単に補給できるからだ。

 今日は風もないため、花火にはうってつけのコンディションである。

 

 辺りを照らすのは星と月と懐中電灯の光のみ。

 花火はさぞ映えることだろう。


「和泉」

「はい」

「その……平気か?」

「何がです?」


 冬馬の問の意味が分からない。


「花火といっても火には違いないからな。この間あんなことがあったばかりだし」

「あぁ、なるほど」


 火がトラウマになっていないか、ということか。


「火事になった時は意識を失っていましたから。むしろ冬馬くんの方がきついんじゃありませんか?」

「オレは全然平気だ」

「なら問題ないでしょう」


 冬馬の気配りには感謝する。


「どれからやろうかー?」

「最初は回転花火からではありませんの?」

「いやいや、ねずみ花火だろ」


 仁乃さんと嬉一で意見が割れた。

 最初は手持ち花火だと思うのだが。


「ねずみ花火はやめておけ。和泉といつねはサンダルだ」

「ヤケドしたら大変やぞ」


 誠とナキに指摘されて初めて危険性に気がついた。

 確かに、サンダルでは少々怖い。


「でも、回転花火も吊るす所ないよね?」

「普通の手持ち花火からでいいでしょ」

「賛成」


 三人組の意見が採用され、手持ち花火から始めることになった。


 手持ち花火は火花の種類によって大きく三通りに分かれる。

 線香花火、ススキ花火、スパーク花火である。


 線香花火は説明無用だろう。

 ススキ花火とスパーク花火の違いは、火花が線状に出るか、球状に出るかである。

 火薬が紙筒に包まれているか、むき出しになっているかでも見分けられる。

 途中で色が変わる花火は、ススキ花火であることが多い。


 私もススキ花火を一本持ち、ろうそくで点火する。

 ほどなく黄色の火花がほとばしった。

 およそ三十秒ほどの間に、赤、青、橙と色を変えていく。

 

 きれいだ。


「き、嬉一くん。一度に複数の花火を持っちゃだめです!」

「堅いこと言うなよ委員長」

「誰かがヤケドしてからじゃ遅いんですよ!」

「へーい」


 やんちゃしようとした嬉一は、遥さんにたしなめられてしぶしぶ一本だけに点火する。

 お前は小学生か。

 あ、三人組が冷たい目で見てる。


「両手で持ったりする人もいるよね」

「ロケット花火を人に向けるお馬鹿とかね」

「子ども」


 3人組が言うように、花火はテンションがあがるせいか、マナーを守らない輩も少なくない。

 花火は火薬を使うために、火薬取締法で取り扱いが明文化されている立派な危険物である。

 扱いを間違えば危ないのだ。


「この歳になると炎色反応とか考えるよな」

「やめーや。風情が台無しやぞ」


 冬馬の言うことにも一理ある。

 先日の勉強会の中で、化学の知識として出てきた。

 「リアカー無きK村~」の語呂合わせをご存じの方も多いだろう。

 そうか、この黄色はナトリウムか、などと考えてしまう。


「吹き出し花火やるよー。離れてねー」


 いつねさんが小箱状の花火に点火した。

 火花が噴水のように吹き上がる。


 これもきれい。


 花火の最後はやはり線香花火だと思う。

 他の花火のような勢いや派手さはないけれど、一番風情を感じる。


 線香花火は点火から消失まで四段階に呼称が付けられている。

 点火直後の玉と短い火花を放つ牡丹。

 玉が激しく火花を放つ松葉。

 勢いを失い風に流されるような柳。

 消えいる寸前の散り菊。


 私は散り菊が一番好きだ。


「いずみんは線香花火って好きー?」


 隣で膝を折って屈んでいたいつねさんが、そんなことを訊いてきた。


「好きですよ」

「そっかー。あたしは実はちょっと苦手ー」


 なぜだろう。

 そんな疑問を表情から見て取ったのか、彼女は続けた。


「線香花火って、何か儚い感じがするんだよねー」

「そこがいいのではありませんか?」


 まぁ、こればかりは個々人の趣味によるとしか言いようがないけれど。


「あたし、終わりを感じるものって苦手なんだー。だからドラマの最終回とかもすっごく凹むんだよねー」

「……」

「こんなに楽しい時間も、もう終わっちゃうんだねー」


 あはは、と笑ういつねさんは、とてもとても切なそうで。


「また来年も来ればいいじゃないですか」

「……そうだねー」


 とっさに放った言葉に、なぜかいつねさんは傷ついたかのようで。


「いつねさん?」

「えへへ。何でもないよー」


 誤魔化しきれない寂しさが、にじみ出るようで。


 私は言葉に出来ない不安をかきたてられるのだった。


「あ。いずみん、見て見てー。あそこー」


 数秒の間の後、いつねさんは湖へ続く川の方を指さした。

 ぽつ、ぽつと光が舞っている。


 花火ではない。

 蛍だ。


「人の作った光も、自然の光にはかなわないねー」


 そんなことはない、と言おうとしたけれど言葉が出なかった。

 軽々しくそう言わせない何かが、今のいつねさんにはある気がした。


 それが何なのか、私が知るのはもっと後になってからの事だった。



◆◇◆◇◆



 翌日の朝はみんなゆっくり起き、遅めの朝食――ブランチを取ってから帰りの車に乗り込んだ。

 帰路は何事も無く順調だった。

 一旦、東城の家に向かい、冬馬のお父さん――和馬さんという――に別荘を貸して頂いたお礼を言った。

 和馬さんは「またおいで」とおおらかな返事をくれた。


 冬馬の自宅からは各々別々の方法で帰途についた。

 私は家から迎えを寄越して貰い、車の中で居眠りして、目覚めたらもう自宅だった。


 玄関をくぐった私は、すぐ祖父の書斎に来るように言われた。

 何でも緊急の話があるあらしい。


 いつものように自室に戻って身だしなみを整える間もなく祖父の元を訪れる。

 書斎の扉をノックすると、すぐに「入れ」と返事があった。


 一週間ぶりに見る祖父はいつもと変わらないように見える。

 つまりは険しい表情をしていた。


「ただいま帰りました、お祖父様。火急のご用件があると伺いました」

「うむ」


 祖父が佐脇さんに目配せすると、佐脇さんは封を切った封筒を差し出してきた。


(また交友リストなんかじゃないだろうな)


 などと考えながら、封筒の中身に目を通す。


 時が止まった。


 封筒には写真が何枚か入っていた。

 つい先ほど、冬馬の家からみんなが出てくる所が盗撮されていた。

 一通の手紙を添えて。


『一条に近づく者には災厄が訪れる』


 私は思わず手紙から目線を上げて祖父を見た。

 祖父はうむと頷くとこう言った。


「脅迫状だ」


 こうして、私の短いバカンスは終わりを告げた。

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