閑話 オレの婚約者はぼっちになりたい、らしい。

 ※東城 冬馬視点の話です。



 オレの婚約者は一条 和泉という。

 それなりに長い付き合いで、婚約者という立場であるオレが言うのも何だが、和泉という女はつまらない奴だった。


 オレ自身もそうなのだが、名家の子息・令嬢というのは、個性よりもいかに枠から外れないかということを求められる。

 もちろん、アイデアや発想など、会社の経営に関することではオリジナリティが強く求められることもあるが、それ以外の面ではまず型をおさえておくことが必要だ。


 まして和泉の家である一条はこの国でも十本の指に入る名家中の名家である。

 まずもって礼儀作法などが徹底して求められる。

 オレは色んな名家の令嬢を見てきたが、どの娘も判で押したように同じような振る舞いを見せる。

 和泉もその例に漏れなかった。


 完璧な礼儀作法、安定した情緒、男を立てる振る舞い、表情は常にやわらかな微笑。

 どこに文句があるのだ言われると困るのだが、何というか……そう、


 オレは面白い奴が好きだ。

 面白さには色んな形があるので、一概には言えないのだが、例えばオレの親友に浪川 ナキという奴いる。

 こいつは面白い。

 物心つく頃にはもう親友だったほど昔からの仲だが、未だにオレを飽きさせない。


 表面的にはちゃらい関西人だ。

 女に目がなく、暇があれば誰かを口説いている。

 同時に何人も相手にすることもあるようで、これはさすがに良くないと口を酸っぱくして言っているのだが聞く耳を持たない。

 

 もっと小さい頃はこんなではなかった。

 ナキはただ1人に夢中だった。

 奴は頑として認めなかったが、を一途に求める姿はとても尊いものに思えた。


 彼女がいなくなってから、ナキはその隙間を埋めるかのように色んな女に手を出している。

 見境ないが、真の意味では誰にも心を許していないように見える。


 まあ、ナキのことはまた語ることもあるだろう。

 今は和泉のことだ。


 和泉は型どおりのいわゆるお嬢様だった。

 少し厭世的な空気をまとってはいたが、それを除けば変わったところのない、いわゆる優等生だった。

 高校に上がるまでは。


「一条 和泉です。男女を問わず誰とも仲良くなるつもりはないので、学校が強制する団体活動以外は放っておいて下さい」


 入学式の日の最初のHRで和泉が放った自己紹介がこれだ。

 何があった、と思ったね。

 中学校の卒業式で会って以来、春休み中は連絡を取り合っていなかったから、何事かと思ったさ。


 でも同時に思った。

 何だこいつ、こんなに面白い奴だったのかって。


 女っていう生き物は群れて生きるのが好きなんだと思っていた。

 それがこの発言だぜ?

 興味を持つなっていう方が無理な話だ。


 でも同時に危惧もしていた。

 和泉がいじめられやしないかと。

 オレが知る彼女の気性はどちらかといえば穏やか、ややもすると少し暗めで引っ込み思案だった。

 あんなでかい花火をぶちあげてしまっては、あとあと苦労するかもしれないと思ったのだ。


 ところが。


「という訳なので、和泉ちゃんは諦めてね。和泉ちゃんみたいな面白そうな子、絶対、友達になりたいもん」


 和泉の発言に引くどころか食いついた奴がオレ以外にもいた。

 五和 いつねという奴だ。

 和泉とは対照的な、小さくて可愛らしい感じのそいつは、特技:人間関係とでも履歴書に書いていそうなコミュ力あふれる奴だった。

 

 今思えば、いつねの発言で教室の空気はかなり緩んだと思う。

 彼女が狙ってやったのかどうかは定かではないが、素晴らしいフォローになった。


「東城 冬馬だ。このオレがいるからには、このクラスを世界一面白いクラスにしてみせる。みんなオレを信じてついてこい。あー、あと、和泉はオレの嫁だから手を出さないように」


 オレも自分なりにフォローしてみたつもりだ。

 クラスを面白くするっていうのは紛れもない本音で、高校生活を存分にエンジョイしてやるつもりだった。

 気取って流すつもりはない。

 やるからには徹底的にだ。


 それにしても、我が婚約者殿は一体どうしたのだろうか。

 あんなことを言うキャラではなかったのだが、春休みに何かあったのだろうか。


 その後、寮で和泉と同室になった二条 仁乃とも話をした。

 彼女も和泉とはそれなりに長い付き合いだったが、唐突に距離を置こうと宣言されたそうだ。


「訳が分かりませんわ。お姉さまったら何かあったのでしょうか」


 同い年である和泉をお姉さまと呼び慕っていた彼女にとって、和泉の距離を置こう宣言はそうとう堪えたらしい。

 憤慨すると同時に大層心配していた。


「ほんにな。ますますタイプになったわ。冬馬、口説いてええ?」

「ダメに決まってるだろ」


 ナキは今の和泉のような、どこか陰のある女が大好物なのだ。

 何でも、自分はこの娘を笑顔にするために生まれてきた気がする、らしい。


 まあ、ナキの女ったらしは置いておくとしても、関係者の間では和泉の変容はちょっとした事件だった。

 入学式から一週間ほど彼女の様子を観察してみたが、宣言は冗談でもなんでもなく、本気そのものであることが見て取れた。

 何というか、全身に「近寄るなオーラ」をまとっていた。


 などと思っていたら、ちょっとした事件があった。

 実力テストの結果を巡って一部の女子が揉めそうになった時のこと。

 オレはクラス委員の会合に出席していて居合わせなかったのだが、ちょうどその場にいたいつねに聞いた。

 なんでも、友人関係だった三人のうち二人が、残りの一人に成績で水を開けられたことに対し、嫉妬混じりに冷やかしたらしい。

 そして、その様子を目にした和泉が――。


「テストの順位程度で切れる縁なら、初めから無かったようなものよね」


 などと辛辣な意見を述べたのだ。


 例の宣言からこちら、和泉は他人には全く興味ありませんとでも言いたげな態度を取っていたので、オレには意外だった。

 何かよほど癇に障ったのだろうか。


 ことは和泉のその一言では終わらなかった。

 きついことを言われた二人ではなく、和泉が守ろうとした奴――箕坂 実梨が彼女に反論したのだ。


「佳代ちゃんもさっちゃんも大事な親友だもん! 分かったような口きかないでよ!」


 言い返された時の和泉の表情は、なんとも言えないものだったといつねは言っていた。

 驚いたような、それでいて羨ましそうな顔だったという。


 彼女が何に驚いたかは想像に難くない。

 実梨はどちらかと言えば大人しい普通の女子だ。

 和泉のような奴に言い返す胆力があるとは思わなかったのだろう。


 だが、どこが羨ましかったのだろうか。

 それについては憶測の域を出ないが、やはり和泉も実梨たちのような友人関係を求めているのではないだろうか。

 彼女のぼっち宣言がどこまで本気なのか、オレは注意深く観察することにした。


 和泉は奇術部の先輩に入部を迫られていたことがあった。

 彼女は断ろうとして空回りしていた。


 運動能力測定。

 運動はやはり変わらずからっきしだった。


 ゴルデンウィーク。

 人間関係に悩んでいる様は、とてもぼっち宣言をした人間のものとは思えなかった。

 あるいは、悩みたくないからのぼっち宣言なのかもしれない。


 予言者を語る詐欺師による被害を未然に防いだこともあった。


 体育祭。

 オレの音頭に乗ることなく、クールに流そうとして失敗していた。

 いつねと仲良さそうなのが羨ましかった。

 リレーで最下位になったことに落ち込んでいた。

 和泉はオレの前では絶対に泣かないので、仕方なくナキに行かせたが、オレはもうこの時点ですっかり和泉に夢中になっていた。


 そしてつい先日、誘拐事件に遭った。


 彼女を何としても守らなければと思った。

 命の危険にさらされたが、何とか彼女を守ることは出来た――と、思っていたのだが、彼女はオレを巻き込んだと思い込んでしまい、逆に距離を置かれた。


 これでは彼女が本当にぼっちになってしまう。

 そこでオレは一計を案じた。

 学期末テストで勝負し、勝ったら言うことをきけというものだ。

 一方的で強引だとは思ったが、あのまま何もせずに和泉をひとりぼっちにするつもりは無かった。


 オレ一人では意味が無い。

 そう思ってめぼしい連中に声をかけた。


 あの憎たらしい真島 誠にもだ。

 あいつは絶対、和泉に気がある。

 同じく和泉が好きなオレだから分かるのだ。

 こいつは同族だと。


 他にも、実梨たち仲良し三人組や、女子のクラス委員でオレのサポートをしてくれている服部 遥、避難訓練で一悶着遭ったものの体育祭で落とし前をつけてつるむようになった木戸 嬉一たちも協力してくれた。


 みんなで和泉を取り戻そうと、必死に勉強した。

 和泉に内緒で勉強会を開いたりもした。


 その甲斐あって、みんな和泉より上の順位を取ることが出来た。

 ざまあみろ。

 お前を一人になんてさせるもんか。


 彼女からぼっちをやめるという明確な答えを貰えた訳ではない。

 でも、彼女を思う人間がこれだけいるのだということは伝わったはずだ。


 なぜなら、順位発表でオレが和泉に帰って来いと言った時、彼女は困ったような、迷惑そうな顔をして。


 そして確かに笑っていたのだから。

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