第2話 意地でもぼっちになってやります。

 学校ごとに違うと思うのだが、百合ケ丘ではホームルームに挟まれて間に入学式がある。


「新入生代表、一条 和泉さん」

「はい」


 面倒なことに、私は新入生代表の挨拶をしなければいけなかった。

 私が首席入学だということは数日前に学園から電話連絡を受けていた。

 万が一にも落ちたら大変、と和泉が入学試験を頑張りすぎた結果だった。

 お陰で面倒事が一つ増えた訳だ。


 ホームルームでのような真似をしてしまうと、上級生や先生にまで目をつけられかねないので、ここでは無難な文面を作って読み上げた。


 ふう、やれやれと席に戻ろうとして、ふと強い視線を感じた。

 同じクラスの女子の一人が、捨てられた子犬のような目でこちらを見ていた。

 ショートカットでボーイッシュな印象のある子だ。


(ああ、あの子ね……)


 すがるような目を向けられるのもむべなるかな。

 どうすることもできないので、無視して自分の席へと戻る。

 彼女のことは後述しよう。


 その後はテンプレ通りの入学式が進んでいった。

 生徒会長の挨拶、来賓の挨拶、校長の挨拶、えとせとら、えとせとら。

 その間中、私は春休みの間に考えた、これからの身の振り方について思いを巡らせていた。


 このまま二年生になり、主人公が編入して来てゲーム通りにことが進めば、私は学校で孤立し、婚約を破棄され、家を勘当。

 何もかも失い、悲惨な運命をたどることになる。


(まあ、大抵のことはどうでもいいんだけど……)


 幸福をそれほど感じなくてもいいけれど、苦痛は出来るだけ味わいたくない、というのが私の信条である。

 私の価値観では、


 学校で孤立――OK。

 婚約破棄――OK。

 勘当――NG。


 こんな感じだ。

 

 そもそも婚約者との仲にこだわりすぎたのが、ゲームの冬馬ルートにおける和泉の没落の原因なのだ。


 自分の婚約者を取られまいと、あれこれ必死に主人公のあら探しをしまくって次第に孤立していった。

 最後は、そのことごとくを跳ね除けた主人公と冬馬に断罪され、東城家との繋がりを絶たれたことに怒ったお祖父様からも勘当される、という救いのない筋書き。

 

(ようするに、冬馬との婚約にこだわらず、一人で生きていく道を模索しておけばいいのよね)


 友人もそれほど必要ない。

 いや、強がるのはよそう。

 ぶっちゃけ友達付き合いとか無理。


 もちろん、社交性はあった方がいいに決まっている。

 特に良家の子女が通うこの百合ケ丘での人脈は宝の山だ。


 でも、コミュ障の私に人脈構築はどうあがいても無理なので早々に諦めた。

 特に女子の人間関係って、上手くいっている時は楽しいけれど、一度こじらすと、すっごくわずらわしいからね。


 下手に上手くやろうとするからしんどいのだ。

 先んじてばっさり切り捨てたら、いっそ清々しかった。

 前世でもこうしてれば、いじめられることもなかったかも。


 将来に備えて一人で出来る仕事を探そう。

 そのためにはまず学歴だ。

 高校の勉強はそのほとんどが実社会に出てから役に立たないと言われるけれど、少なくとも勉強の結果得られる学歴は、就職時に非常に強い力になるはずだ。

 お祖父様曰く、学歴不問という企業も増えているけれど、人の能力を判断するに際して、日本ではまだまだ学歴は大きいらしい。


 実家のコネやも当てに出来ないではないけれど、勘当ENDの可能性がある以上、今から手を打っておくに越したことはない。

 勉強は必死に頑張ろう。


 決めた。

 高校三年間は勉強一筋に生きる。

 恋愛?

 ナンデスカソレ、タベラレマスカ?


「ねー、ねー、いっちょん」


 うかつに攻略対象と接触しないように気をつけないと。

 二年生になってから編入してくる主人公も要警戒。


「いっちょんてばー」


 つんつんと肘を突かれる。

 視線を横に向けると、隣にはいつねさんが座っている。


「あー。やっと気づいてくれた。さっきから呼んでるのに」

「……」


 和泉→いずみ→いずみちゃん→いっちゃん→いっちょん


 って、私のことか!

 ナチュラルに別人のことだと思って聞き流してたよ!

 っていうか、もうあだ名呼びか。

 何という馴れ馴れしさ、もとい、押しの強さ。


 私はすっと視線を正面に戻した。

 するとまた肘でつんつんしてくる。

 私はガン無視。

 感じ悪いことこの上ないけれど、私は一人で生きていくと決めたのだ。


「ふふふ。ガードが硬いなぁ。でも、絶対仲良くなるからね」


 クラスメイト全員と仲良くなりたいという彼女。

 コレクター魂的なものだろうか。

 私はさしずめ、某ゲームのなかなか仲間にならないモンスター的なあれだろう。



◆◇◆◇◆



 そんなこんなで入学式は終わった。

 教室に戻るとまたホームルームである。

 学園生活をしていく上での簡単な諸注意があった。


 ちなみに担任は音楽担当のナイスミドル。

 攻略対象その三でもある、柴田しばた 優作ゆうさく先生である。


 朝の私の問題発言を気にしているのか、時折チラチラと視線を送ってくる。

 優しそう……を通り越して気が弱そうな先生である。

 この先生とも距離を保たないといけない。

 要警戒である。


 ホームルームが終わると、今日の予定はおしまい。

 教室で歓談するもよし、寮に帰るもよし。

 二年生以上は部活に精を出す者もいるが、私たち一年生はまだ部活を決めていない。

 明日以降、一週間にわたって部活動見学の期間が設けられているので、それを見て決めることになっている。

 

 ちなみに私は帰宅部のつもりである。

 部活に割く時間があるなら勉強したい。



◆◇◆◇◆



 早々に寮へと引き上げてきた私は、机に数学の教科書を広げる。

 明日は一日掛けて実力テストがあるのでその最後の追い込みである。

 

 百合ケ丘では長期の休みになると一学期分、夏休みの場合は二学期分の範囲を予習してくるように言われる。

 休み明けの授業は、予習を前提に行われる。

 ただのいいとこのお坊ちゃん・お嬢ちゃん学校ではなく、都内有数の進学校でもあるのだ。


 私は春休み中に二学期までの範囲を予習し終えている。

 高校一年生の前半など、大した内容ではない。

 このアドバンテージを保ったまま卒業までいくのだ。

 前世の私はひどい怠け者だったが、今世は出来る範囲で食い下がってみたい。


(いやいや。頑張らないと破滅の未来しかないんだって)


 選択の余地はないのだ。


 一時間ほど勉強していると、気分が乗ってきた。

 勉強は積極的にやればなかなか面白い。

 数学は特に暗記することが少ないので、最低限の公式と解き方を暗記してしまえばすいすいと解ける。

 

 次は気分を変えて日本史にしよう、と思った時、ガチャリ、と廊下への扉が開いた。


 視線を向けると、そこに立っていたのは、入学式で私を睨んでいたショートカットの子。

 彼女こそ私のルームメイト――二条にじょう 仁乃にのさんである。


 私はすぐに視線を机に戻し、日本史の勉強を始めた。


「無視しないで下さい、お姉さま」


 仁乃さんのやや刺のある声を背中で聞いた。

 きっと苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろう。

 見なくても分かる。


 というのは、彼女とは幼なじみだからだ。

 お姉さま、というのは愛称で、彼女とは同学年である。


 二条家は一条家の分家筋にあたる。

 家どうしの付き合いがあるので、自然と一緒に行動していたのだ。

 ただ、和泉が段々と人生に諦観を持ち始めた頃から疎遠になっていった。

 昔は本当に仲が良かったのだけど。


 寮のルームメイトは、生徒の性格や成績、それから家柄などを総合して決められる。

 同じ部屋になったと知って嬉しく思っていたらしい仁乃さんに向かって、私は今朝のホームルームで宣言したのと同じようなことを言ったのだ。

 そりゃあ、怒りもするでしょうよ。


「お姉さまは変わられましたね」


 相変わらず言葉に刺を生やしつつ、仁乃さんは続ける。

 私はガン無視。


「昔はあんなにお人柄もよろしかったのに、今は見る陰もありませんわ」


 ガン無視。


「嘆かわしい。一条家の令嬢ともあろうお方がなんということでしょう」


 ガン無視。

 どうしよう。

 少し楽しくなってきた。

 我ながら最低である。


「ちょっと、聞いていますの!?」


 私は教科書から視線を上げると、仁乃さんを見た。


「な、何ですの……」


 自分で言うのも何だけど、私は眼力めぢからが強い。

 無言で相手に視線を送るだけで、たいていの女子は怯える。

 たまに男子でも怯える。

 

「寮生活にあたって、最低限のことは先日取り決めたはずです。他に何か話し合うことがありますか?」

「いくらでもありますわ。こうして落ち着いてお話することが出来るようになったのです。積もる話も――」

「私にはありません」

「なっ……!」

「先日申し上げたとおり、私も仁乃さんに干渉しませんから、仁乃さんも私に干渉しないで下さい。これから1年間、お互いを尊重して行きましょう」


 言いたい放題の私に、仁乃さんの顔が真っ赤になる。

 爆発寸前なのを必死にこらえているようだ。


「……お姉さまはわたくしのことがお嫌いになったんですの? 私、何かお気に障ることをしてしまったんですの?」

「いいえ。仁乃さんに限らず、誰のこともどうでもいいだけです。仁乃さんは何も悪くありません。私が人でなしだというだけのことですから」


 そう。

 全ては私の自己保身のためである。

 クラスのみんなや仁乃さんはその犠牲者である。


「……そうですの。でも私、信じておりますので。いつかまた昔のようにお姉さまと笑い合える日が来ると」

「そんな日は二度と来ませんよ」


 ごめんね。

 私はぼっちを目指すから。

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