悪役令嬢はぼっちになりたい。
いのり。
第1章 1学期
第1話 悪役令嬢に転生しました。
「
春。
新年度。
お決まりの自己紹介タイム。
そんな中で私が放った言葉がこれだ。
クラスがシンと静まり返ったのが分かる。
見回さなくてもクラスメイトたちの奇異の視線が集まるのを感じる。
私は別に動じない。
この程度の反応は分かっていたこと。
春休み中かけてこの台詞を考えたのだから。
春休み初日の朝、私は全てを思い出したのだ。
私には前世があったこと。
今生きている世界が、乙女ゲームの世界そのものだということ。
そして私が、主人公キャラをいじめる、いわゆる悪役令嬢の立ち位置だということを。
ああ、何ていうテンプレ。
◆◇◆◇◆
前世で、私は不登校の女子高校生だった。
人間関係に馴染めず、学校でいじめに遭い、社会生活から徐々にフェードアウトしていった。
家族にもほぼ見放されていた。
(このまま、何も出来ずに死んでいくんだろうな)
そう思いながら、ネットやゲームをしながら毎日をだらだら過ごしていた。
そんな中で遊んだ数あるゲームのうちの1つが、
『チェンジ!―You(友)とI(愛)が変わる時―』
である。
よく勘違いされるが、中身入れ替わりモノではない。
一般庶民の主人公が名門百合ヶ丘学園に特待生として編入し、様々なキャラと恋愛を繰り広げるのだ。
そして、主人公の邪魔するのが私こと一条 和泉である。
今世は今、高校入学時だが、ゲームは2年生から始まる。
編入生としてやってくる主人公に、和泉は何かにつけて競ってくる。
いわゆる悪役令嬢である。
もっとも、和泉には婚約者を取られまいと必死だった、という立派な動機があるのだが、それが語られるのは、ディープなファンのみが購入する設定資料集の中だけ。
ほとんどのプレイヤーは一攻略対象のうざい婚約者程度の認識しかなかったはずだ。
恋愛になぞ微塵も興味がなかった私なのだが、『チェンジ!』はネットを通じて知り合った知人に半ば押し切られてやってみたのだ。
正直言ってあまり面白くはなかった。
似たようなシチュエーションの小説をいくつも知っていた。
そしてそのどれも、面白いとは感じなかった。
私は他人に興味がなかったのだと思う。
一人ぼっちの生活を寂しいと思うことはなかった。
ただ、漠然とした苦しさは感じていた。
小説のような転生願望はなかった。
ただ、何でこんなひきこもりになってしまったのだろう、とは思っていた。
まさか、私が悪役令嬢に転生しようなどとはつゆほども思っていなかった。
前世の私が結局どうなったのかは分からないが、私の意識がここにある以上、死んでしまったのだろうか。
ちなみに和泉としてのこれまでの記憶もある。
前世の私と和泉が混ざり合って新しい人格が形成されたと言えば近いか。
まあ、それはともかくとして今世である。
今世の私には両親がおらず、名家一条の厳格な祖父母の元で育った。
金銭的に不自由をしたことはない。
だが贅沢をさせて貰えたという訳でもない。
何より重要視されたのは、問題を起こさないこと。
祖父母にとって私は、「失敗作」である母の負の遺産だった。
母は十七歳の時に私を産んだという。
相手は当時付き合っていたどこの馬の骨とも知れない男。
もはや記憶の彼方だが、私は生まれて暫く激しい虐待を受けていた。
そのうち虐待するのも面倒になったのか、父と母は私を置いて失踪した。
幼い私は衰弱死寸前のところを隣家の住人に発見され、以来祖父母の厄介になっている。
当然だが、祖父母の私に対する扱いは厳しい。
一条の汚点である母の落とし子。
母のような「失敗作」にならないよう、私は徹底した教育を施された。
私はそれによく応えたと思う。
生きていくには祖父母に従うしかなかった。
祖父母が敷いたレールの上を走る駒。
それが私だった。
これまでそうだったし、これからもそうだろう。
そして、ここは少し前世と似ているのだが、ある年齢から、私は何もかもがどうでも良くなっていた。
生きることはただただ面倒だった。
厳しいしつけのお陰で不良化することはなかった。
優秀な家庭教師のお陰で学問も出来た。
社交界に出るために、礼儀作法もきちんとしている。
しかし、生きることにひたむきでは決してなくなった。
その変化を祖父母も知らないはずはなかったが、今のところお咎めはない。
問題さえ起こさなければよい。
そういうことだろう。
この春から、私は全寮制の高校――百合ケ丘学園に通うことが決まっていた。
良家の子女や成績優秀者、一芸に秀でたものなどが集う名門校である。
自立性を養ってこい、というのが祖父の命令であった。
そう言われれば文句も出ない。
私は荷物をまとめてゲームの舞台であるこの学園にやって来たのである。。
以上が、今世の私の「設定」だ。
前世の記憶を取り戻した今だから分かる。
繰り返そう。
現代日本に酷似しているが、これは乙女ゲームの世界の中だ。
◆◇◆◇◆
そうして冒頭に戻る。
先んじて「近寄るなオーラ」をまとうために、私は暴言とも言える言葉を言い放った。
静まり返るクラスを見るに、上手くいったように思えた。
「私から申し上げることはいじょ――」
「はーい! はいはい! ちょっと待って!」
声は私のすぐ後ろから上がった。
振り返ると、すぐ後ろに座る女子生徒が手をあげていた。
ふんわりとした髪の、背が小さな子だ。
ややタレ目で、綺麗というより可愛い系の顔立ちをしている。
彼女はがたん、と音を立てて勢い良く立ち上がった。
「
全員と……そりゃ結構なことで。
「という訳なので、和泉ちゃんは諦めてね。和泉ちゃんみたいな面白そうな子、絶対、友達になりたいもん」
私よりだいぶ低い位置にある目が爛々と輝いている。
面白そう?
入学早々に痛い発言をした私が?
この子どういう感性をしているんだろう。
(『チェンジ!』にこんな子いたっけ?)
私は内心首を傾げた。
まあいいか。
無視しよう。
私は静かに座った。
ところが事はここで終わらなかった。
「
真新しい制服をさっそく着崩している男子が、ふざけた自己紹介をした。
彫りが深くてなかなかの男前ではある。
一番の特徴は、全身に漂う雰囲気――カリスマとでも言おうか。
無意味に自信に満ちあふれている。
嫁というのはあながち冗談ではなく、彼は今世の私の婚約者なのである。
すなわち、やがてやって来る主人公にとっての攻略キャラの1人なのだ。
ゲームの始まる2年生になるまでに私とは仲違いして、婚約は形式上だけのものになるはず。
今は我慢、我慢。
冬馬の頭を丸めたノートでぽかりと叩いたのは、そのすぐ後ろに座っていた男子だった。
「
冬馬のすぐ後に立ち上がった関西弁の男子は、冬馬よりも更に着崩した制服に薄く茶色に染めた髪という出で立ち。
二枚目なのは間違いないのだが、なんというか、雰囲気がチャラい。
背は冬馬と同じくらいで、2人とも運動は得意そうに見えた。
彼も攻略キャラの1人である。
いや、そんな人間観察はどうでもいい。
頭痛がしてきた。
どうしてこいつらまで一緒のクラスなんだ。
私は静かに生きたいのに。
ため息を1つ。
今日三回め。
私には生前からため息を数える癖がある。
我ながら何て暗い癖だとは思うのだが、これがやめられない。
この分だと今年度はため息の多い1年になりそうだ。
そう思いつつ、私は今日四回めのため息をつくのだった。
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