19話 証人尋問1.コンビニの店長

 公判が始まって、最初に証言台に呼ばれたのは、スーツ姿の男性でした。納刀被告のとき同様、裁判長さんから人定質問が行われるのですが、事前に本人が書いた『証人カード』を見ながら、



「住所、氏名、職業、生年月日は、証人カードに記載していただいた通りで間違いありませんか?」


「はい、間違いありません」



 被告人と違い、善良な市民である証人の個人情報は、必要最低限を除き、傍聴人に公開されることはありません。



「それでは、宣誓書を朗読してください」



 裁判長さんの言葉に、書記官の天童さんが法廷内にいる全員に起立を促し、証人の男性は少し緊張した様子で、宣誓書に書かれた文章を読み上げました。



「宣誓。良心に従って、真実を述べ、何事も隠さず、偽りを述べないことを誓います」



 証人尋問で虚偽の証言をすると『偽証罪』の対象となり、処罰されることがあることや、証人には原則として『黙秘権』は認められず、質問には何らかの答えをしなければならないことなど、新島裁判長さんが丁寧に説明しました。


 ちなみに、被告人には黙秘権があるため、話したくなければ答えなくてもOKですし、嘘をついても、裁判官や裁判員からの印象が悪くなるだけで、『偽証罪』に問われることはありません。


 今回の公判で最初に証言台に立った男性は、Aさん(女子高生)がコンビニの駐車場で解放(放置)された際に、彼女を保護したコンビニの店長さんです。


 昨日より、さらに傍聴人の数が増え、その中にはあのご夫婦の姿も。コンビニ店長さんの背中に向かい、おふたりが小さく頭を下げたのを見て、Aさんのご両親だと確信。


 そして、先ほど評議室で聞いた通り、検察官席の後ろには、司法修習生と思しき若い男性が二人着席し、何やらメモを取り続けていました。



「それでは検察官、証人尋問を始めてください」


「はい、裁判長」



 そう言うと、一番若い根室さんが立ち上がり、



「検察官の根室です。証人は、ご自身が働くコンビニエンスストアーの駐車場で、女子高生Aさんを保護したことに間違いありませんか?」


「はい、間違いありません」


「では、そのときの状況を詳しくお話し下さい」


「はい」



 証言は、検察官の質問に、証人が答える形で進められました。



「あの時はお客さんが二人ほどだったので、レジを男性アルバイトに任せ、私はバックヤードで伝票の整理をしていたんですが、モニターで駐車場に車が入って来たのを確認しまして、ちょうどアルバイト店員がレジをしていたので、応援に出ようとしました」


「そのとき、あなたはモニターで何をご覧になりましたか?」


「店舗からは離れた場所で、助手席側のドアが明いて、中から人が転げ落ちる感じで、地面に倒れ込みました」


「運転席側の人は、外に出ましたか?」


「いいえ。車から出たのは一人だけでした」


「その後、車はどうしましたか?」


「地面に倒れた人を残したまま、中からドアを閉めて、急発進で駐車場を出て行きました」


「車は急発進したのですか?」


「はい。凄い音がしたので、店にいた全員が驚いて外を振り向きました」


「裁判長。甲第○号証の確認をしたいと思います」


「許可します」



 そう言うと、昨日証拠調べで示されたビデオ映像や、コンビニの店内や駐車場の見取り図を示しながら、誰がどの位置に居たのかなどの詳細な確認作業が行われ、当時店内にいたアルバイトと二人の客の証言も再度読み上げられ、間違いないことを確認。



「車が走り去った後、あなたはどうしましたか?」


「一応、確認のために外に出ました」


「確認とおっしゃいますと?」


「はい、時々夜間に車で来て、ごみを捨てて行く人がいるんですよ。地面の上で動かなかったので、もしかしたらと思って確認に行ったのですが、女の子が倒れていたもんですから、もうびっくりして」


「その際のAさんの様子は?」


「ぐったりして、自分では動けない感じでした」


「それからどうされましたか?」


「すぐに店内に戻って、休憩室からタオルケットを持ち出して、彼女を包んで、店内にいた4人で中に運びました」


「店内に運んだ後は、どうしましたか?」


「すぐに警察と救急車に連絡しました。お客さんの一人が女性だったので、彼女に被害者の女の子を見てもらって、とりあえず、入り口の鍵を閉めました」


「どうして鍵を閉めたのですか?」


「状況が分からなかったので、もしかしたら、犯人がまた戻って来るかも知れないし、彼女を守らないとと思ったんです。幸い、男が3人いましたから、女性ふたりをカウンターの後ろにかくまって、男性陣で入り口をガードして、警察の到着を待ちました」



 その様子は防犯カメラ映像がしっかり捉えていて、店内の緊迫した様子が伝わります。コンビニ強盗ならマニュアルもあるでしょうが、店長さんの咄嗟の判断に感服する空気が法廷の中に広がりました。


 提示された証拠を一つずつ確認する作業で、思いのほか時間が掛かってしまい、一通り検察側の尋問が終わると、一旦休憩を挟んでから弁護側の反対尋問をすることに。


 評議室に戻った私たちに、新島裁判長さんから、



「もし、証人に質問したいことがあれば、おっしゃってください。ご自身で言うのが躊躇われるのであれば、私たち裁判官が代わって質問することも可能です」



 とのこと。ですが、さすがにまだ私たちも話を聞きながらメモを取るだけで精一杯で、とてもそこまでは気が回らないといったのが正直なところ。


 そこで、もし途中で何か疑問があれば、質問内容をメモに書いて回すということで、法廷に戻りました。



「それでは弁護人、反対尋問を始めてください」


「はい、裁判長」



 そう言うと、静かに立ち上がったのは男性の富岡さんでした。



「弁護人の富岡です。Aさんを保護したときの彼女の様子を、詳しく教えて下さい」


「はい、身体中が何かで縛られていたような傷だらけで、下着と薄いシャツ一枚羽織っているだけで、若い女の子でしたし、タオルケットで包んで、店内に運びました」


「その際、Aさんは怯えている様子はありましたか?」


「怯えるも何も、ぐったりしていて、返事も儘ならない状態でした」


「つまり、怯えていたかは分からないと?」


「まあ、そうですね…」


「異議あり!」


「根室検察官」


「ただ今の弁護人の発言は、誘導尋問と思われます!」



 その言葉に、やや騒然とする法廷内。



「静粛に! 異議を認めます。富岡弁護人、質問を変えてください」


「はい、裁判長」



 そう言うと、顔色一つ変えることなく続ける富岡さん。



「では、質問を変えます。あなたが務めているコンビニでは、以前にも度々店の駐車場で男女間や若者、酔っ払い等のトラブルで通報したという記録がありますが、間違いありませんか?」


「24時間営業なら、大抵どこの店でもそういうことはあります」


「あなたはバックヤードのモニターで、Aさんが放置されるのを見たとおっしゃいましたが、運転していた人物の顔はご覧になりましたか?」


「いえ、走り去った後だったので、直接は見ていません」


「では、防犯カメラの映像では、顔の確認は出来ましたか?」


「カメラから遠かったので、顔までは…」


「異議あり! 本件証人は、Aさんを保護した状況の説明に留まり、運転していた人物に言及することはありません!」



 再び騒然とする法廷内。



「静粛に! 富岡弁護人、質問を変えてください」



 新島裁判長さんからの指示に対し、



「以上です、裁判長」



 と、いきなりここで反対尋問を終えた富岡さん。何だか中途半端な、それでいてしてやられたような、何とも言えないモヤモヤ感が残ります。中でも一番歯痒い思いをしていたのは、証人であるコンビニ店長さんだったに違いありません。


 すると、そんな空気をかき消すように、穏やか口調で新島裁判長さんが尋ねました。



「それでは、私からも質問をさせて頂きます。証人は、Aさんを店内に運んだ後、彼女を『守らなければ』と思い、カウンターの後ろに匿ったとおっしゃいました。その理由をお聞かせ頂けますか?」



 コンビニの店長さんは、少し考えて、こう答えました。



「上手く言えませんが…、何か猟奇的な感じがした、と言いますか」


「それは、誰に対してですか?」


「Aさんを放置した人間にです。確かに、弁護士さんがおっしゃるように、暴行した人物と、放置した人物が同一と言い切れないことは確かですが、少なくとも、あんな怪我をした状態の女の子を、平気で置き去りにするような人物ですよ? 人として尋常じゃない…」


「なるほど。それで守ろうと思ったわけですね?」


「はい、もしまた連れ去られたら、次は命が…」



 濁した言葉の先に、当時の現場の緊迫感が伝わります。



「本日はお忙しい中、証言台に立っていただき、ありがとうございました。そして、負傷した女性を保護して下さった行いに、一人の人間として、私からもお礼を申し上げます」



 穏やかな口調でそう言うと、笑みを浮かべて頭を下げた新島裁判長さん。私たち裁判員やAさんのご両親、そしてその他の傍聴席の多くの方々も、一緒に頭を下げていました。



「これで証人尋問を終わります。以上」



 こうして、午前中の公判は閉廷しました。


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