17話 VS

 午後の公判は、検察側の証拠調べの続きから。提示されたのは、Cさん(女子大生)がアルバイトを終えてから、納刀被告に拉致され、警察に保護されるまでの間、友人たちとスマートフォンで遣り取りしていた記録でした。



「では検察官、始めてください」


「はい、裁判長。これは、Cさんと友人たちが加入している無料通話アプリを使用した遣り取りです。まずCさんがアルバイトを終え、友人たちに『今、バイト出た』とメッセージを送ったところから始まります」



 Cさんの投稿に、友人たちも『急げ~』『待ってるよ~』など返事をし、その後もコンビニを通過したとか、後何分くらい掛かりそうなど、延々と会話が続いていました。


 それらは、秒単位の時刻表示で一字一句すべての会話を時系列で文字に起こしたものでしたが、注目すべきは、数分間Cさんの書き込みが途切れ、友人たちが心配するメッセージを送った後、彼女から送られてきたのは。



20:47:33 Cさん『いつもの頼んどいて』


20:47:54 友1『どっちの?』


20:48:50 友1『B? どした?』


20:49:02 友2『お~い! 返事しろ~?』


20:51:23 友3『今どこ?』


20:52:30 友1『何かあった? 迎え行こうか?』


20:53:05 Cさん『たすけて』



 直後、友人たちからCさんを心配するメッセージが大量に書き込まれるのですが、彼女からの返信はなく、直接電話をしたものの、何度掛けても応答がないという状態が延々と続きます。


 次にCさんから返信があったのは、午後11時を回った頃。友人からの『どこにいるのですか? 返事が出来る状態なら、至急返事ください』というメッセージに、一言『大丈夫です』と。


 じつはこの時、友人たちは警察からCさんのスマホにメッセージを送っていました。いつもマメな彼女が、ひらがなで送られた『たすけて』の返信を最後に連絡が付かない状況。すぐさまみんなで手分けして周囲を探したものの見つからず、お店のマスターとも相談して、警察に連絡したのだそうです。


 結局、Cさんが保護されたのは深夜3時過ぎ。女性拉致事件発生の疑いで、検問を張っていた警察の取り締まりに、Cさんを乗せた納刀被告の車が引っ掛かり、カーチェイスの末、現行犯逮捕、同時にCさんを保護したという経緯でした。


 ここまで詳細な記録がある以上、いくら弁護人が無罪を主張しても難しいのではないかというのが正直な感想でしたが、休憩を挟んだ後、弁護側から出された証拠で、さらに混乱することになるのです。





「それでは開廷します。弁護人、証拠調べを始めて下さい」


「はい、裁判長」


 

 弁護側の証拠資料は、防犯カメラ映像5点、地図や車等に関して5点、計10点。現時点では、非常に分が悪いと言わざるを得ない弁護側でしたが、淡々とした口調で女性弁護士の関川さんが言いました。



「まずは、これらの映像をご覧になって頂きたいと思います」



 モニターに映し出されたのは、三人の被害者女性たちが、刀被告と寄り添うように歩く姿でした。


 それぞれが、ほんの数秒間の映像ではありますが、見方によっては仲良く腕を組んでいるようにも見えるものや、何かを話しているような様子、笑顔のように見える映像もあります。



「ご覧頂いた通り、それぞれの女性と納刀被告が親しげにしている様子がお分かりになると思います。これらの映像から、女性側に受け入れる意思があったと推察できると主張いたします」



 確かにこの映像だけを見る限り、とてもそんな酷い事件の被害者と加害者だとは想像がつきません。



「検察官、反対意見はありますか?」


「はい、裁判長」



 起立したのは、女性検察官の江戸川さん。



「弁護人が提示した証拠映像は、それぞれが数秒という短い時間であり、また死角が多く、見る角度によっては親しく見えなくもありませんが、必ずしもそうと断言できるに足るものではありません」



 まさしく。会話の内容が録音されていれば一目瞭然なのでしょうが、これだけで親しくしていると判断するには、如何せん録画時間が短すぎるとしか言い様がありません。



「裁判長」


「関川弁護人」


「角度によって印象が変わるというのであれば、検察側が提示した証拠映像にも、同じことが言えると思いますが」


「裁判長」


「江戸川検察官」


「弁護人は、悪戯に印象操作をしようとしています」


「異議あり!」


「関川弁護人」


「ただいまの検察官の発言は、被告人に対する悪印象を植え付けようとするものであり、撤回を要求します!」


「裁判長!」


「江戸川検察官」


「検察は反対意見を述べたまでであり、弁護人の要求は不当であると主張します!」


「異議を却下します」



 まるでテニスの試合のラリーを見るように、双方が発言するたびに、全員が右を向いたり左を向いたり。その中には、午前中に見たあのご夫婦の姿もありました。


 その後も、弁護側の証拠が提示されるたびに、検察側の反対意見により議論が白熱し、地図や車に関する説明も、ふたりの女史の迫力に、法廷中がラリー観戦状態でしたが、納刀被告だけは、相変わらず無関心といった表情で虚空を見つめているだけでした。





 そんな状態で第2回公判は閉廷。評議室へ戻り、少し休憩を取った後、本日の内容を一通りおさらいするも、やはり今日一番印象に残ったのは、ふたりの女史。



「それにしても、今日の検察官と弁護士、もの凄い迫力でしたな~」


「私もびっくりしました。裁判って、こんななんですね~」


「いやいや、あれはちょっと特別でしてね」



 裁判員3番(元大学教授)さんと2番(女将)さんの言葉に、苦笑いしながら答える新島裁判長さん。何でもあのふたり、以前にも刑事事件で争っていて、今のところ2勝2敗なのだとか。


 今回の事件では、国選弁護人として納刀被告の弁護を担当したのですが、まさかまたこのカードになるとは、ましてやそれが裁判員裁判の公判に当たるとは。



「まあ、通常の裁判では専門用語を多用して、淡々と行われることがほとんどですけど、裁判員裁判では、一般市民である裁判員の皆さんに、いかにアピールするかが公判を大きく左右しますから、検察も弁護人も、より大きなアクションや感情を込めて力説するんですよ」


「それが因縁の相手ともなれば、余計に感情移入してしまいますよね」



 熊野さんの言葉に、妙に納得する私たち。


 通常、死刑や無期、3年を超える懲役・禁固に当たる罪の場合、弁護人がいなければ裁判をすることが出来ず(必要的弁護事件)、貧困などの理由で被告人が私選弁護人を選任していない場合、裁判所が国選弁護人を選任することになっています。


 但し、被告人が自分を担当する国選弁護人を選ぶことや、いったん選任された国選弁護人を替えてもらうことは基本的には不可、何より、必ずしも刑事事件に強い弁護士に当たるとは限りません。


 また、国が弁護士費用を負担するため、国選の報酬は私選と比べて大幅に低く、下手をすれば持ち出しが出るほど。そのため、どれだけ仕事に情熱を注いで貰える弁護士に当たるかは、そのときの運としか言えず、その点、納刀被告はラッキーと言えました。


 特に、弁護士の関川さんは、最初に裁判員選任室で見た時の、あの癒し系の雰囲気とはまるで別人の様相。多分そこには、私たち一般市民には計り知れない『負けられない戦い』があるのでしょう。


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