7話 自己紹介

 取り急ぎ、裁判員に選ばれたことを夫と百合原さんにメールし、お手洗いへ行くと、そこには女性陣が全員集合。その中で一番年上の品のある女性が、少し戸惑った口調で話し掛けて来ました。



「何だか、大変なことになりましたね。私、まさか自分が選ばれるなんて、思ってもなくて…」


「私もです!」「私も!」


「私なんかでホントに出来るのか、正直不安です」



 そう言った私に、大きく頷いて同意する三人。話したいことは山ほどありましたが、休憩時間は残り少なく、一旦評議室に戻ることに。


 間もなくして、喫煙室に行っていた男性二人と、資料を抱えた熊野さんが戻り、再び全員が集合したところで、新島裁判長さんがおっしゃいました。



「それでは、皆さんに簡単な自己紹介をして頂きますが、その前に、プライバシーの観点から、『○番さん』と番号で呼び合うことが慣例になっています。

 いやいや、私は本名で行く、という方や、自分はこういうニックネームで呼んでほしいといったご希望があれば、申告してくださいね。

 自己紹介は、無理のない範囲で結構ですので、選ばれた今の気持ちなども、併せてお聞かせ頂ければと思います。

 それじゃあ、稲美さんから順に、時計回りでお願いします」



 その言葉に、起立してぺこりとお辞儀をした稲美さん。



「左陪席の稲美千景と申します。裁判官になって3年目で、去年から新島裁判長の下で刑事第6部に所属しております。年齢は29歳で、既婚、まだ子供はいません。裁判官としても、人間としても、まだまだ勉強中です。どうぞ宜しくお願いいたします」


「ちなみに、任官して10年未満の裁判官は『判事補』といいまして、彼女のようにキャリアが5年未満の判事補は、裁判長になることや、単独で審理することは出来ません。裁判長の左側に座ることから『左陪席』と呼ばれます」



 裁判長さんの分かりやすい説明に、うんうんと納得する私たち。


 次に席を立ち上がったのは、裁判員1番の女性。『女の子』といったほうがしっくりくるような、若い子です。



「はじめまして、裁判員1番、現在、大学三年生です。通知が来た時、学生は辞退出来ることを知りましたが、せっかくだし参加しようかなと、軽い気持ちで今日来たら、まさかの選任で。それも1番とか、正直ビビってます。皆さんの足を引っ張らないよう、頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします」


「差支えなければ、どうして受けようと思ったのか、聞かせて頂けますか?」


「就活に有利になればと思ったんです。動機が不純ですが」


「いやいや、若いうちは何事も経験ですからね」



 裁判長さんの言葉に、はにかんだ笑顔を見せる彼女。そんな素直な感じに、とても好感を持ちました。


 続いて、裁判員2番さん。先ほどお手洗いで話し掛けてくれた女性です。



「はじめまして、裁判員2番でございます。長年料理屋をやっておりましたが、昨年、息子夫婦に代替わりしまして、のんびりしようと思っていた矢先、こんなことになってしまいました。選任されたからには、一生懸命頑張ろうと思います。よろしくお願いいたします」


「女将さんでしたか」


「はい。以前は料理旅館をしておりましたが、今は割烹料理をお出しするだけにしております」



 どうりで、話し方や物腰に品があるはずだと思いました。


 次は裁判員3番さん。かなり高齢の男性です。



「はじめまして。長年、大学で教鞭をとっておりました。六年前に65歳で退官し、現在は暇を持て余している隠居老人です。皆さん、仲良くしてください」


「六年前ということは、現在71歳ですよね? 70歳以上の方は辞退可能でしたが、ご参加下さったのですね」


「はい。以前から裁判員裁判には興味がありましてね。選任されて喜んでいる変わり者ですわ」


「とんでもない! 積極的に参加して頂けて、裁判所としても有難いことです」



 その言葉に、嬉しそうな顔で豪快に笑う3番さん。年の功も相まって、知性と包容力を感じます。


 次は、新島裁判長さんです。



「え~、裁判長の新島です。職業柄、転勤が多いのをいいことに、行く先々で寺社仏閣を回って趣味の御朱印を集めています。こちらへ赴任してからも、かなり回りましたが、お近くでどこかあれば、是非教えて下さいね。よろしくお願いします」


「御朱印集めとは、なかなか良いご趣味ですな~」


「ありがとうございます」


「裁判長の御朱印コレクション、凄いんですよ~」


「それは、是非拝見したいものですな」


「じゃあ、今度持って来ますね」



 3番さんにいわれ、嬉しそうに答える裁判長さん。なかなか渋いご趣味です。


 次は、裁判員4番さん。40代男性です。



「はじめまして、裁判員4番、銀行員です。抽選に来たらこういうことになりまして、今、どうやって仕事の折り合いを付けようか、ちょっと焦っておりますが、頑張りたいと思います。よろしくお願いします」


「お仕事の状況によっては、辞退申請することも出来たと思うんですが?」


「それが、社内規定で、裁判員を辞退するという選択肢はないそうで。むしろ、上司から積極的に送り出されて来ました」


「お忙しい中、ご協力ありがとうございます」



 会社の方針とはいえ、忙しいビジネスマンにとって、何日も裁判に裂かれるとなると、お仕事の調整が大変なのは想像に難くありません。


 そして、裁判員5番。私です。



「はじめまして、裁判員5番です。専業主婦をしております。くじ運が悪いので、外れる気満々で来たのですが、まさかの結果に動揺しております。私なんかに裁判員の重責が務まるのか、正直不安はありますが、皆さんのご迷惑にならないよう、頑張りますので、よろしくお願いいたします」


「主婦の方に限らず、女性の洞察力には感心することが多々ありますからね。期待していますよ」


「はい、頑張ります」



 一人一人に対し、言葉を掛けてくれる裁判長さんの人柄が伝わります。


 次は、熊野さんです。



「右陪席の熊野聡、34歳です。以前は民事を担当していて、今年から刑事部に移動になりました。既婚、3歳男児の育児奮闘中です。よろしくお願いします」


「熊野さんのように、キャリアが5年以上の判事補で、最高裁の使命を受けると『特例判事補』となりまして、単独で審議が出来るようになります。右陪席は、裁判長より若い判事や、特例判事補が務めます」



 そう補足した裁判長さんに、さらに熊野さんが補足。



「ちなみにですね、判事になるにはキャリア10年以上で、任命されてようやく裁判長になれるんですよ。裁判官は判事になってやっと一人前なので、特例判事補の自分はまだ半人前なんです」


「特例にもなれない私なんて、半人前のさらに半人前ですよ~」


「そりゃ~、君たちはまだ若いですからね。いいな~、若いって」



 テンポの良い三人の掛け合いに、室内に笑いが起こりました。


 続いて、裁判員6番さん。50代男性です。



「裁判員6番です。市の中央卸売市場で仲卸をしています。普段、深夜から仕事をしてるので、明るい時間帯に出勤するのが新鮮な気がしてます。よろしくお願いします」


「中央市場ですか! お取扱いは?」


「青果です。おかげで、野菜と果物には詳しくなりました」



 穏やかそうな雰囲気からは、とてもあの活気の中で働いているとは想像がつきません。


 次は、補充裁判員1番さん。20代男性です。



「はじめまして、補充の1番です! 仕事は、車のディーラーをやってます! 自分なんかでこんな重大な任務が務まるのか、不安ではありますが、頑張りたいと思いますので、よろしくお願いします!」


「元気が良いですね」


「はい! 元気だけが取り柄っす!」



 まだ社会人2~3年目くらいでしょうか。かつて働いていた頃の後輩が、彼に重なります。


 最後は、補充裁判員2番さん。30代の女性です。



「はじめまして、補充裁判員2番です。子供が2人おりまして、上が小学2年生で、下が3歳です。現在は育児休暇中で、来年から復帰予定です。よろしくお願いいたします」


「公判中のお子さんの面倒は、どなたが?」


「私と夫の両親ともに、近くに住んでますので、毎日交代で看てくれることになってます」



 そうでなくても、小さいお子さんがいると、何かと大変なものですから。その上で、裁判員を引き受けた彼女を尊敬します。





 こうして、一通り自己紹介が終わりました。年齢は、20代から70代まで、職業も学生さんからご隠居様まで、バラエティー溢れた顔触れです。


 裁判官のお三方含め、皆さん温和な方々ばかりで、とてもここが裁判所の中とは思えないほど。これからの10日間を共にするメンバーが、彼らで良かったというのが、私のファーストインプレッションでした。


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