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 またワンセット。これで三度目だ。本当に確変継続率八十%かよ? どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって。

 あの店員、またインカムで何やらぼそぼそ喋ってやがる。そろそろこの店にも俺がプロってことがバレたか。で、俺が勝てないように、台を遠隔操作してるってわけだ。絶対にそうだ。そうに決まってる。

 ポケットの携帯が震える。長い。着信か。誰から? どうせ永井だ。今はあいつと話してる場合じゃないんだが、流石にそろそろ出ないとまずいだろう。昨日から無視し続けてる。

 台に煙草を置いて、店を出る。取材なんだから堂々と打ちながら話してもいいんだが、店内はやかまし過ぎて会話にならない。

「あ、雄一さん。お忙しいところすみません」

「取材中なんだ。手短に頼む」

「ああ、じゃあ、お手数ですけど、またご都合の良い時にお電話いただけますか?」

 いや、それも面倒だ。

「何だよ? 別に今でもいい」

「そうですか。では来月分の原稿のことなんですけど」

「描ける奴が見つかったのか?」

「いえ、そうではないんですが」

「作画がいなきゃ俺が書いたって意味ねぇだろ」

「とぼけないでくださいよ」

「は?」

「原稿はもうお送りいただいたじゃないですか。最終話まで」

 何のことだ?

「立つ鳥あとを濁さず、っていうんですかね。助かりました。恭子さん、自分の仕事を放り出してしまったわけじゃなかったんですね」

 あいつ、勝手に最後まで描いてやがったのか! 俺に見せずに。

「雄一さん、最終話、感動しました。まさか先月分のアレが伏線になってたとは思いませんでしたよ」

「ああ、まぁな」

 まずい。とにかく今は、話を合わせるしかない。

「で、恭子さん、どうして自殺なんか?」

「あ?」

 知るか、そんなこと。

「ちゃんと雄一さんと話し合ったって遺書に書いてましたよ。雄一さん、恭子さんの遺作って承知の上で、最後までお書きになられたんですね」

 おいおい、ふざけんなよ。聞いてねぇよ、そんなこと。

「昔から芸術家の自殺って多いですよね。僕のような凡人には理解できない感覚なんですが、僕は一応お二人の担当ですから、知っておきたいんです。どうして恭子さんは自らお命を絶たれたんですか?」

 だから、知らねぇって。

「他人の事情に踏み込み過ぎだろ」

「すみません。でも、遺書には、雄一さんに訊けば教えてくださると」

「……気が変わったんだ。教える気はねぇ」

「お願いします」

「しつけぇぞ。そんなこと知ってどうしようっていうんだ」

「わかりました。申し訳ありません、雄一さんのお気持ちも考えずに」

 畜生、あのアマ、俺をハメやがって。

「……ああ、そうだ。それで、来月分の原稿のことなんですけど、三ページ目の真ん中のコマのエバンスの台詞、『ノームに訊けばわかる』ってこれ、『シルフに訊けばわかる』の間違いですよね?」

「おい、ちょっと待て。今手元にねぇんだ。確認のしようがねぇだろ」

「ほら、監獄の中で、アムリタの『どうしてあんなことしたの?』に返す台詞ですよ。明らかに誤植ですよね?」

「……えっと、ああ、そうだな。そこなら、そうだ」

「あれ、待ってください。あ、すいません! やっぱりこれ『ノーム』で合ってますね! て言うか、シルフは今、世界樹に登る修行の途中ですもんね。いやあ、何を勘違いしてたんだろ。すいません、失礼しました」

 くそったれ、カマかけやがったのか。あのアマ、永井ともヤってたんだな。死ね、クソが。生きてたらブッ殺してやんのに。

「……お前、何のつもりだ」

「え?」

「お前も俺を馬鹿にしてんのか?」

「まぁ、そうですね」

 殺す。こいつを殺す。

「今どこにいる」

「会社ですけど」

「そこで待ってろ」

「いいんですか? 取材中なのに」

「逃げても無駄だぞ。どこまでも追いかけるからな。捕まろうが死刑になろうが構わねぇ。てめぇだけはブッ殺す。俺の女に手ぇ出しやがって」

「僕と恭子さんが? やめてください。恭子さんに失礼です」

「せいぜい余裕こいてろ」

「僕を殺すんですか? それ、ちょっと待ってもらえません? 引き継ぎをしないといけませんから」

「引き継ぎ?」

「雄一さんは漫画の原作者でしょう? 担当者は必要じゃないですか。僕が死ぬなら、誰かに引き継いでもらわないと」

「いい加減黙らねぇと本当に殺すぞ」

「書いてるんですよね? 次回作」

 次回……作。

「今もそれの取材中なんですよね? どんな感じですか?」

 ああ、そうとも。これは取材だ。『銀玉の狩人』で漫画界に革命を起こすんだ。青臭いファンタジーなんか踏み潰してやる。

「できることなら次回作を拝読してから死にたいですね。僕、雄一さんの担当者ですけど、ファンでもありますから」

「お前俺を馬鹿にしてるって言ったじゃねぇか」

「正直に言います。軽蔑はしました。でも、『次』があるなら、何でもいいです。多分、天才ってそういうものですから」

 わかってんじゃねぇか。そう、俺は天才だ。あの女が下手クソな絵で飯食えてたのは俺のおかげなんだ。

「次回作、書いてるんですよね?」

「ああ」

「なら、僕は雄一さんの味方です。恭子さんの遺書はファックスしておきます。内容知っておいた方がいいでしょう。お帰りになったらすぐご確認ください」

「わかった」

 そして、電話は切れた。

 永井は、使える。恭子とデキてたことは特別に見逃してやろう。

 さてと、台に戻らねぇと。あんまり空けとくと店員に回収されちまう。

 勝つんだ。俺が銀玉の狩人だ。掠め取ってやる、この世の上澄み。俺はプロなんだから、勝てるし、書ける。大丈夫だ。間違いない。


 一日の勝ち負けなど、どうでもいい。長い目で見れば、確率は必ず収束する。つまり、勝てる。勝てるはずだ。今日負けたことは、別にいい。

 とは言え、手持ちの現金は乏しくなった。店では飲めない。仕方ない。コンビニでロング缶のビールを二本買い、道すがら、飲む。

 帰宅すると、ファックスが紙を吐き出していた。何だ? ああ、思い出した。永井が恭子の遺書を送るとか言ってたっけ。


 雄一へ

 私が死んでから二週間後に届くよう、永井さんに手紙を出しました。その中で、次のようなお願いをしました。

 私が死んだ後、ブログも、動画も公開されず、さらに雄一からも何も言ってこなかった場合、雄一本人に真相を確かめた上で、この手紙を転送してください、と。

 私たちのコンビが崩壊していたことを示す証拠は、何もありません。まだあなたを信じていた私が、証拠が残らないよう、取り計らっていたからです。

 ブログや動画など、真相を告発する手段も一応残しましたが、ああいうものはきっと潰されてしまうだろうと思っていました(ピンホールカメラのことも、宏美のあなたへの気持ちも、私は気付いていました)。だいいち、世間が信じてくれるかどうかもわかりませんでした。

 けれど、実のところ、証拠も告発も必要なかったのです。何故なら、私がいなくなることで、あなたがもう書けないことは明らかになるからです。今までのことが公になろうとそうでなかろうと、「次」が書けなければ、あなたは漫画原作者として終わりです。

 私を失って、あなたは自分一人ではもう何一つ生み出せないことを思い知るはずです。必ずそうなります。死後の成り行きに関わらず、私の目的はこの世を去った時点で果たされていたわけです。

 他の方法もあったのかも知れません。少なくとも、私の読者たちには、絶対に私の真似なんかしないでほしいと思います。しかし、私は、自分の命を実弾として使うことに決めました。

 あなたに殺意を抱いていました。その殺意が折れ、敗北して去るのではありません。殺意を込めて死ぬのです。

 雄一さん、書けないでしょう? もう八つ当たりも、代わりに書かせることもできません。私はこの世にいないのですから。

 あなたは書けないと、私は確信しています。それでも、もし素晴らしい次回作を書けたら、あなたの勝ちです。その時は、草葉の陰で、潔く敗北を認めます。


 やってやる。馬鹿にしやがって。

 俺は書ける。書けるんだ。お前の見込み違いだ。ざまあみろ。

 書いてやる。見てろ。すげぇのを書いてやる。漫画の常識を覆してやる。

 できないはずはない。俺は天才なんだから。『マステマ』は俺が書いた。あれは傑作だった。俺が天才だってことは既に証明されてる。そこらへんの有象無象どもとは違うんだ。

 残念でした。恭子さん、あなたの死は無駄死にです。何故なら僕は書けちゃうからです。何が「実弾」だよ。気取ってんじゃねぇよ、アバズレが。

 さぁ、書くぞ。書くぞ。書くぞ。俺は天才なんだ。書けるんだ。書ける――


 ――くそったれ、なんでだ! なんで書けねぇんだ。畜生、死ね。


                           (了)

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殺意の死 森山智仁 @moriyama-tomohito

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