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 やっほー、宏美。見てる?

 って、この映像、宏美に渡したんだもんね。宏美が見てるはずだし、宏美以外が見てたら困る。えー、もしあなたが宏美じゃなかったら、今すぐ見るのをやめて、ディスクを処分してほしいです。お願いします。


 では、宏美ということで。はい、久しぶりー! ってこともないか。ちょいちょい店行ってたもんね。

 これ、なんていうんだろう。ビデオレター、かな? 難しいねこういうの。やっぱり台本書いてからやろうかな。

 まいっか。続けます。

 えー、ここは、ご覧の通り、カラオケです。学生の頃、雄一入れた三人で何度か来た店です。覚えてるかな? 学校の近くの。宏美、歌超上手かったよね。

 そして、この映像は、スマホで撮ってます。

 さて! じゃあ本題に入るんですけど……うーん、どうしよう。まぁ、回りくどい言い方してもしょうがないよね。さくさく行きましょう。

 あなたがこの映像を見てるということは、私の身に何かがあった……というか、死んだということですよね。

 もし違ったら、再生を止めてください。死んだら続きを見てください。


 はい、じゃあ、死にました。死んでます!

 死ぬってどんな感じなのかな。私は死後の世界とかあんま信じてなくて、ただいなくなるだけだと思ってるんですけど、もし死んだ後の世界があるなら、まぁ、何だろう、なるべくうまくやっていきたいと思います。私、要領はいい方だと思うんだよね。だから心配しないで。多分元気でやってます。

 で、正確には、私が死んだ後、火葬も全部終わった後に、これ見てくれてると思うんだけど、それで間違いないでしょうか。大丈夫だよね。

 そしたら、パソコンでもケータイでもどっちでもいいので、このテロップのURLにアクセスしてください。

 それで、ちゃんとアクセスできて、記事が読めたら、それでOKです。あとはそっちを読んでくれればいいので、この映像は止めてください。

 アクセスできなかったり、パスワード認証が必要だったりしたら、続きを見てください。


 うおー、そっかー! 読めなかったかー。残念です。まぁ、そういうこともあるだろうと思ったから、この映像を宏美に渡したんだけどね。

 では、改めて、あなたにお願いがあります。もう一枚のディスクに入ってる映像データを、ユーチューブでもニコニコ動画でも何でもいいので、公開してください。それも私が一人で喋ってる映像です。

 どういう内容かっていうと、実際見てもらってもいいんですけど、要は、雄一は原作をやってなくて、私がずっと一人で書いてましたっていう話です。

 いきなりこんなこと言われても、びっくりするよね。信じられないかも知れない。でも、本当なんだ。全部本当のこと。

 さっきアクセスしてもらったURLも、そういうことが書いてあったブログのアドレスです。ある人に頼んでそれを公開してもらうはずだったんだけど……つまり、宏美に渡してるこれは保険ってことね。

 学生時代と、デビューから一年間は、確かに雄一が原作でした。でもこの四年間、彼は一文字も書いてません。ただぶらぶらしてただけです。最近パチンコにはまっちゃって、もう最悪。完全にヒモ状態。

 彼がこんな風になっちゃったのは、私にも責任があると思ってます。でも、だとしても、私は彼を許せません。日野雄一は、暴力をちらつかせて物事を思い通りに進めようとする野蛮人です。最低の男です。

 殺してやりたいと何度も思いました。脳内でならもう何万回も殺してます。

 でも……えっと、ごめん、いいや。あとはもう一枚のディスクを見てください。で、それを公開してください。

 よろしくお願いします。


 ――映像は、そこで終わっていた。

 もう一枚のディスクは、少しだけ見て、止めた。もう概要はわかっている。正視に耐えない。

 亡くなる一週間前、恭子はいつものように店に来て、帰りがけに、この二枚組のディスクを置いていった。手紙が添えられていて、そこには「私が荼毘に付されたら、見てください」と書いてあった。悪い冗談だと思って、すぐに電話した。けれど、どんなに問い詰めても彼女は、「そういうことだから」としか言わなかった。

 恭子は大事な友達。心配だったけれど、自殺を考えるほど悩んでいるような雰囲気ではなかったし、私にこういうものを渡すことで、彼女なりに心の均衡を保とうとしているのかも知れないとも思った。だいいち、根が弱い人間じゃない。何か本当に苦しいことがあるなら、ちゃんと話してくれるはず。だから、それ以上、深入りはしなかった。

 まさか、本当に死ぬなんて。

 自殺? 状況からすると、そういうことらしい。

 あの時、深入りするべきだった。たとえ彼女を傷つけることになっても。死んでしまったら、もう話もできない。

 大変なものを抱え込んでしまった。二人のコンビはとっくに崩壊していた? それを、私が、世間に知らせる?

 恭子が――見落としていた、と言わざるを得ないことが一つある。それは、私が雄一に心を寄せているということ。

 恭子と雄一がコンビを組んで、付き合い出した時も、私には別の恋人がいたし、本当の気持ちを隠すことについては、我ながら天才的だと思っていた。雄一は勿論、恭子にも悟られていないという自信があった。そして、それは今、証明された。私の雄一への気持ちを知っていたら、恭子がこんな映像を私に託すわけがない。

 雄一とは高校から一緒だった。あの頃から、ずっと好きだった。雄一を追いかけて――そうとは見えないように――同じ大学の漫画研究会に入って、恭子に横取りされた。いや、雄一と私はどうもなっていなかったのだから、横取りという表現は正しくない。

 あれから何人かの男と付き合ったけれど、雄一以上の人はいなかった。恋人として雄一が隣にいたことはないけれど、わかるのだ。彼とだけ、私は、特別な言葉で話せる。

 皆が皆、理想の相手と結ばれるとは限らない。むしろ、そういうことの方が多い――というのが世の理なのだと、受け入れて、諦めていた。けれど、雄一への気持ちが消滅したわけでもなかった。

 恭子もまた、私にとって大事な存在だった。嘘じゃない。うわべだけの友情じゃなかった。稀有な繋がりを感じていた、本当に。でも、この映像で恭子が言っていることを……私は、鵜呑みにはできない。


「これって、本当のこと?」

 雄一に二枚目のディスクを見せながら、訊いた。

 雄一はそれに答えず、言った。

「いきなり部屋来いなんて言うからさ、やもめになった俺を慰めてくれんのかと思ったよ」

「冗談やめて。どうなの?」

「何が?」

「だから、この映像」

「お前、これ信じてんの?」

 悲しそうな目だった。雨に濡れた捨て犬のような。

「信じたくないから、雄一呼んだんだけど」

「でも、絶対にないと思ってるわけでもないんだろ?」

「……うん」

「……まぁ、こんなもん渡されて、スルーはできないよな」

 雄一がテレビにリモコンを向け、ボタンを押した。画面の中の恭子が半目の状態で停止した。

「あいつ、ちょっとおかしかったんだよ」

「おかしかった、って?」

「ノイローゼ、っていうのかな。自分の仕事だけでも大変なのに、友達のヘルプとか引き受けたりもしてて」

「そうだったんだ」

「まぁ、俺のせいでもあるんだよ。自分ではそうだと思ってる」

「え?」

「実は……この映像で恭子が言ってること、ちょっとだけ本当なんだ」

「……?」

「一番忙しかった時期に、俺、スランプになってさ。全然書けなくなった。書こうとするんだけど、駄目だった。自分の考えてることが全部馬鹿馬鹿しく思えちゃって。でも、〆切は来るだろ。それで、一回だけ、確かに恭子が話書いたことがあったんだ。いつも読んでくれてるんだよな? なんかぎこちないなって思ったことなかった?」

「私には、わかんなかったけど」

「そっか。じゃあ、あいつも大したもんだよ。とにかく、そういうことが一回だけあって、それからだな、恭子がだんだんおかしくなり始めたのは」

「妄想……ってこと?」

「死んだ彼女のこと悪く言いたかないけど、そういうことなんだと思う」

 あり得る、恭子なら。普段挫けない人ほど、いざ挫けると、脆い。

「俺が支えてやんなきゃいけなかったのにな……ごめんな、恭子」

 と、雄一は半目の恭子に向かって呟いた。

 私は雄一の手からリモコンを取り、画面を消して、ディスクを取り出した。

「これ、持って帰って」

「いいのか?」

「いいも何も、私が持ってたってしょうがないから」

「そうだな。わかった」

 正直、雄一の言っていることを完全に信じたわけではなかった。いくら好きだからって、妄信するほど私は子供じゃない。

 でも、映像の中の恭子の様子や、こんなものを残すということ自体、正常とは思えない。彼女が「ちょっとおかしかった」というのは本当のことだろう。だとしたら――多分、恭子が雄一の代わりに書いたのは「一回」ではなかった。そんなところだろう。私が雄一の立場なら、そのぐらいの改竄はする。

「これから、どうなるの? 仕事」

「まだわかんない」

「別の誰かと組むの?」

「多分な。今色々相談してるとこ」

「そっか」

「ああ、つーか、お前結構絵上手かったじゃん」

「え、私?」

「やんねぇ?」

「無理無理。もう何年もペン握ってないし」

「まぁ、気が向いたら連絡してくれよ。マジで編集に話してみるから」

「はいはい。気が向いたらね」

 私が恭子の後釜に入る? 作画として? それは冗談だけど……恋人、として?

 そんなダサいこと、できるわけがない。少なくとも、今すぐには。

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