第9話 壮絶なる過去、その代償
「栞奈が、聞いていたのか?」
「うん。夜中、祖父さんと祖母さんが話しているのを聞いたって言っていたな」
昴と舞依の母親である栞奈は幼い頃、深夜に源十郎と聡美が話しているのを聞いて、その事実を知った。
栞奈は結婚後、夫の昂平にも自分が聞いた話をして、昂平は小学生に上がったばかりの昴に栞奈が聞いたという話を昴にも話した、という訳だ。
当然、昴は舞依にも話すつもりだったのだが、まだ幼かったことに加えて源十郎に悟られたくないという両親の判断で保留となっていた。舞依が知らないのも、当然の話である。
「爺さんが、冒険をしたのは知ってるよ。でも、俺が聞いたのは父さんからだし、あの未解決事件とどう繋がるのかよく分かってないんだ。聞かせてくれよ、その石がここにある理由と一緒に」
きつく眉間に皺を寄せ、『あのバカ娘め……』と小さく罵る祖父を前に、昴は至って真面目に祖父に問う。祖父の過去、全国かず失踪事件の真相、そして見返りの石。昴が知りたいことは、山ほどあった。
「――うむ。魔術師は私たちに、この世界を救ってくれと話していた。当時、『メィーダ』では凶暴な魔物が暴れていたらしくてな。そ奴らを退治するために、我々を呼んだのだと言っておった」
「なにそれ。そんなの、お爺ちゃんたちに出来る訳ないじゃん、一般人なのに。その人、バカなんじゃないの?」
憤慨する舞依に、源十郎も頷く。昴も身を乗り出して耳を傾ける。美月は、空になったグラスに麦茶を注ごうと冷蔵庫からピッチャーを取り出したところだった。
「我々もそれを疑ったよ。皆、恐怖と不安を抱えておった。そこに突然、世界を救ってくれときたもんだ。私は掴みかかって、地球に戻せと迫った」
源十郎は左腕を摩りながら、吐き捨てる。まるで、当時の記憶や感情も一緒くたにして捨てているような、激しい口調だった。
美月は初めて見る父の表情に、戸惑いを隠すことが出来ない。父がそんな風に怒っていることなど、見たことが無かったからだ。記憶の中にある父は確かに厳しかったが、確かに愛情が込められていたのを美月は知っている。
だから、父が憎しみの感情を露わにするところを見て、絶句してしまった。
「戻れなかったんだな」
「ああ。私達が戻る方法はただ一つ。世界に蔓延る厄災の根源を打ち倒し、七人の王が住まう宮殿、『プレアデス』へと至る他ないと、奴は言った」
「なんとも身勝手な奴ね、その魔術師っていうのは」
源十郎の口から語られるあまりにも理不尽な内容に、美月が怒りを露わにする。
「全くだ。それから、私達は戦ったよ。剣術や魔術を覚えて、立ちふさがる敵は容赦なく殺した。時には、人も殺した。全ては、世界のどこかに居るという王の姿を求めてな」
そう言うと、源十郎はシャツの左袖を捲し上げる。鍛え上げられ、ごつごつとした岩肌の様な腕には、手首から肘の辺りまで一本の大きな傷がはしっている。昴は、屋根から落ちた時に出来た傷だと教えられていたのだが、恐らくは刀傷なのだろう。昴はそう思う事にした。
「ある領土に立ち寄った時の事だ。そこの領主ともいうべき姫君が、この石を下さったのだ。一家に古より伝わる家宝なのだそうだ。私達は、その姫君から旅の真実を知った。恐ろしい話だったよ。だが、恐ろしい話だったというのに、内容だけは全く思い出せないのだ。それどころか、旅の美談だけが脳裏をよぎる。まるで、何者かに思考を操作されているようだ」
「秘宝、か。爺さんは、これに願ったのか? 地球に帰りたいと?」
「いいや、違う。だが、結果的にはそうなってしまった。姫君は、私達に旅の本当の目的を教えられた。多分そうだ。その直後、物凄い数の軍隊が領土に攻め入ってきたのだ。私達は逃げるのに必死で、咄嗟にこの石に願ってしまったのだ。我々を、ここではない別の場所に連れて行ってくれ、と」
「そして、願いを聞き届けた石は、爺さんだけを地球に帰した。仲間の命と、引き換えにして」
昴の呟きに弱弱しく頷くと、祖父はドカッとソファに座り込んだ。
源十郎が行方不明となってから二年、事件発生から三年の月日が経ったある日の事である。鬼怒川温泉に観光に来ていた団体客の一人が、川の上流から流れてくる源十郎を発見した。通報を受けて駆け付けた警察官によって保護され、近くの病院に救急搬送された。
意識不明の重体だとして一時は生死が危ぶまれた源十郎であったが、その後は奇跡的に目を覚まし、驚異的な回復力を発揮して病院に担ぎ込まれてから僅か一週間という早さで退院した。
当然、入院中の源十郎にも警察がやって来た。
が、検察の事情聴収には支離滅裂な言動を繰り返し、そこから得られた情報と言えば、源十郎を含む全員が違う世界に居た事と、源十郎以外の行方不明者全員が亡くなっているであろう、という二つだけだった。
こんな眉唾物の話を世間に公表できるはずもなく、源十郎の話は闇に葬られることとなった。担当した医師は、植え付けられた強いトラウマによって意識障害が発生しているとして、PTSDであると診断した。
捜査は打ち切られることとなり、事件は未解決のまま処理されることとなる。
だが、つい最近になって『全国すばる失踪事件』という非常に類似した連続失踪事件が発生している事から、警察は再び捜索を再開している。
「そうだ。昴の言う通り、私は仲間を置いて、一人のこのこと地球に還ってきてしまった」
「爺さん……」
全てを語り終えた祖父は、全ての気力を使い果たしてしまったようだった。ソファに深く沈み込み、頭を抱えるその姿は、長い年月を生き抜いてなお懺悔の旅を続ける年老いた僧侶のように映った。
「お爺ちゃんが、事件と関係があるっていうのは分かったよ。でも、なんでその、お父さんが持ってたっていう石が此処にあるの?」
舞依が思った事を口に出す。ここまでの話で分かったのは、源十郎と全国かず失踪事件の関係性。あの石がなぜここにあるのか、肝心の理由が明かされていない。
「この石が何故、私の元に帰って来たのか。その理由を完璧に証明することは、私にも出来ん。だが、限りなく確信に近い推測は出来る」
「推測?」
「ああ。あの災害が起こった時、お前たちの両親は市役所に残って避難指示を出し続けていたはずだ。そして、最期の時を悟った二人は恐らく、お前たちの無事を願ったはず」
「……」
「その時。恐らくこの石は、両親の命を願いの対価にしたのだと、私は思っている。そして、役目を終えた石は次の宿主を探す為、私の元へと戻って来た。確証はない。全てはこの老いぼれの妄想に過ぎん。だが、私にはそれ以外の理由が思いつかなんだ」
源十郎の肩は震えていた。顔の前で手を組み、流れ落ちる涙を見せまいと下を向いている。それを見た美月と舞依は、そっと源十郎の傍に寄ると両側から優しく抱きしめた。昴は涙を流す三人を見つめながら、祖父の体験がいずれ自分の身にも起こるような、そんな気がしていた。
確証はない。全ては昴の妄想に過ぎないのかもしれない。だが、祖父の身に降りかかった現象が、世代を超えて自分の身にも起こっている。それは決して、無関係ではなのだろうと昴は考えていた。
今日で十九歳になったばかりの彼は、襲い来る胸騒ぎに顔を顰めながら、テーブルの上に転がる"見返りの石"をじっと睨みつけていた。
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