第8話 全国かず失踪事件
「今からする話は、決して他言してはならん。良いな?」
そう前置きしてから、昴と舞依の祖父である木下源十郎は一言一句噛み締めながら話し始めた。
「今から六十余年前。私は、地球とは違う世界で、多くの仲間たちと冒険をした。地球に帰るための術を求めて、な」
「違う世界? お爺ちゃんでも、そんな冗談を言うんだね」
普段、一切の冗談を口にしない祖父が話す内容は、三人の理解をとうに超えていた。荒唐無稽な作り話でもしているのかと勘違いした舞依が微苦笑を浮かべる。
「冗談ではない。お前たちは、異世界モノのライトノベルを読んだことがあるだろう? 私が体験したのも、あんな感じになるだろう。その世界は、現地の人間に『メィーダ』と呼ばれていた」
「メィーダ?」
「ああ。私はその世界に住む住人や、私と同じ境遇に置かれた多くの日本人達と共に、世界中を駆け抜けたのだ。今でも時折、夢に見る」
舞依の軽口をぴしゃりと遮り、源十郎は長年封じてきた記憶を語る。遠い過去に想いを馳せているのだろう、その口元には僅かながら笑みが浮かんでいた。
「ねえ、お父さん。その話、栞奈姉さんは知っていたの?」
「いいや。この話は、栞奈にさえ打ち明けたことはない。知っているのは妻の聡美だけだ」
「……そう」
美月は寂しそうに一言呟くと、グラスに入った麦茶をグイっと煽る。そうして、一人掛けのソファに膝を抱えて蹲った。
「昴、それに舞依」
「なんだよ?」
「なに。お爺ちゃん?」
「――全国かず失踪事件を、覚えているだろうか?」
源十郎は僅かに逡巡した後、二人に訊ねる。
『全国かず失踪事件』。
それは、今から六十年ほど前に起こった、日本中を震撼させた恐怖の未解決事件のことである。
名前に一から十の数字が入った日本人が、男女を問わず三年の間に謎の失踪を遂げた。失踪場所・時刻に規則性は無く、警察や自衛官による懸命の捜索も敵わず、迷宮入りとなった。
「有名な事件でしょ? 知ってるよ。授業でも習ったもん」
「最近、捜索が再開されたってニュースでもやってたしな。でも、それが爺さんと何の関係があるんだよ?」
昴と舞依はちらりとお互いの表情を確認し合うと、頷きあう。近代犯罪史の中では比較的有名だったりするため、歴史の教科書にも名前が載っている。昴や舞依はもちろん、美月でさえ、一度はその名前を聞いたことがあった。
「結論から言おう。私もその事件の被害者の一人だったのだ」
「はあ!?」
「うそっ!」
嘘ではない。
木下源十郎もまた、『全国かず失踪事件』の被害者の一人であった。昴と舞依は驚愕に目を見開き、ソファの上で体育座りをしていた美月もぎょっとして実父に視線を向ける。
当然だ。あの理解不能な怪事件の被害者であったことなど、源十郎は娘たちに一言も話したことは無いのだから。
「いいや、誓って本当だ。行方不明者が今なお見つからないのは、彼らが『メィーダ』という異世界に連れていかれたのが原因だからなのだ」
「メィーダ?」
聞き慣れない単語に、美月と舞依は顔を見合わせる。だが昴だけが、『メィーダ』という言葉を聞いた途端、怒りを抑えるようにぐっと拳を握りしめた。
「続きを話そう。あれは、十八の時だった――」
源十郎が『メィーダ』へと送り込まれたのは、十八の時だった。高校卒業後、大学の入学式へと向かっていた源十郎は、突如現れた玉虫色の門と漆黒の男に連れ去られ、その場から謎の失踪を遂げた。
夜になっても帰ってこない源十郎を心配した両親が警察に通報したことで失踪が明らかになったのだが、他の行方不明者と同様に一切の痕跡を残さずにその場から忽然と消えてしまっていたという。
当時、付近に設置されていた防犯カメラには、大学へと向かう源十郎の姿が映っていた。だが、それ以外に不審な点など見当たらず、失踪現場の近くに住む近隣住民も怪しい人物などは見ていないとの事で、捜査は非常に難航した。
その後、同様の手口による行方府不明者が後を絶たず、源十郎もまた事件の被害者に数えられることとなったのだ。最初の失踪者が出てから、わずか一年後の事であった。
「あの時の事はしっかりと覚えているよ。玉虫色の門が現れたと思ったら、周りの景色が灰色になった。私は全身黒ずくめの男に連れられて門をくぐり、あの世界に足を踏み入れたのだ」
「そ、そうなんだ。――あのさ、おじいちゃん。怖くは、無かったの?」
「もちろん怖かったさ。だが、あの世界を見た途端、そんな感情は吹き飛んでしまった。見たことも無い景色、人、色。私は確かに、あの世界に心を奪われてしまったんだ」
ドン引きしている舞依に源十郎はおどけた仕草で笑いながら言うと、ソファから徐に立ち上がってリビングの一角に置かれていた写真立てを手に取る。中には、在りし日の谷風一家の記念写真が納められていた。
舞依の一歳の誕生日に撮られた写真で、両親がこちらに満面の笑顔を向けていている。昴は緊張しているのかしかめ面でカメラを睨んでいて、父の腕に抱かれている舞依はカメラに興味を持ったのかこちらに向かって手を伸ばしている。
写真の中には、在りし日の幸せな日常が確かに映し出されていた。源十郎は四人の顔を順番に撫でた後、申し訳なさそうに目を伏せた。
(黒い男。玉虫色の門、それに灰色になった世界。あの時と状況が一緒だ。恐らく、偶然じゃあないだろう)
「お兄ちゃん、どうしたの? さっきからボーっとしてるけど。眠いの?」
眉間に皺を寄せて考え込んでいる昴の顔を、隣に座っている舞依がのぞき込む。どうやらこの妹は、夕食を腹いっぱいに食べた所為で兄の睡眠欲が限界値を突破してしまったと勘違いをしているようだ。
「別に、なんでもない。それより爺さん、続きを話してくれ」
昴は悪戯っぽい笑みを浮かべる妹の頭を優しく叩いて黙らせると、祖父に話の続きを促す。
「そうしよう。……『メィーダ』に連れてこられた日本人の数は、私が把握している限り三十人。まだ年端も行かぬ子供もいれば、既に還暦を迎えている老人もいたよ。見ず知らずの土地で右往左往していた私たちに手を差し伸べたのは、自らを魔術師と名乗る男だった」
「う。なんか、話が一気に胡散臭くなってきたわね」
源十郎の口から『魔術師』という、らしくないワードが出てきたことに、美月はうへえ、と舌を出す。魔術やら異世界やらは本や漫画など空想の世界で、現実世界においては絶対にあり得ない話だと美月は考えている。
「そう言うな、全部事実なのだから。話を戻そう。その魔術師はな、私達にこう告げたのだよ。――この世界に君たちを召喚したのは私だ、とな」
「……なるほど。で、そいつの口車に乗せられたふりをして、爺さんたちは地球に帰還するための旅を始めたって訳だ」
「飲みこみが早くて助かる。――待て。何故、お前がそれを知っている? 栞奈が話したのか?」
「いや、父さんから。だから、正確には、又聞きの又聞きの又聞きだけどな」
昴は過去、母親から聞かされていた。
祖父が若かりし頃、誰にも明かすことの出来ない壮絶な経験をした事を。源十郎が過去に言ったという違う世界の話と、その結末を。
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