治安当局

韮崎旭

治安当局

 橋から飛び降りた詩人など。死ねばいいのに。明日が来る前に幕引きさもう遅い。

 読みやすい恋愛小説みたいな薄っぺらな生活だから、開放的な空が憎らしい。何もかもがふさぎ込んで夜が目を潰してほしい。

 橋から飛び降りるまでにかかる時間の総計などがカラスの生餌になる。些細な齟齬が胸をささくれ立たせる。苛立ちはそれとは知らぬ間に内に向かう殺意となる。背反する恐怖と渇望が牡丹の首を落としてあなたの首を落とした。生きるためには死を希む必要があった。

 3光年先に嘘を並べ立ててみせた。それは確かに良い気休め。ウツボカズラの迷路の向こうに死骸となった生活どもが手招きしている。際限のない悪感情が驟雨の夜にまるでペストみたいに蔓延する。


 ここから逃げ出す足がない。


 恐らくはドラムの音が聞きたかっただけ。おそらくは足音をかき消すだけの書物が足りていただけ。失くしたページの内容物が胃の中で渦巻いている。書くことの嘔吐との類似性を見逃して、踏切のサイレンを幻視する。嫌いだから知らないふりをしようか。


 橋の上で考えることなんて一つもなく、手をひかれるように踏み出す先は行方不明。頭部だけが岩の上に残されることだってあるだろう。読みにくい恋愛小説と不味くてその上に冷めてもいるコーヒー、そんな不愉快な組み合わせに囲まれて堆積する厭わしさが確実に健康被害へと自身を導いている気がしてならない。

 投げやりになっていることに自覚はあるし、明かり障子を閉め切ってもなお明るい昼が嫌いだ。責め立てられるようなそういう気になる被害妄想をどうかかなえろよ、視野を塗りつぶすための幻覚剤などもなく、沈降を取り戻すための抗うつ薬などもなく、回送列車の回る環状線に、飛び込むまでのカウントダウンは簡易で瀟洒に。行われたのは何の埋葬でそれが眠りよりよほどまともなものだとしても?


 ありもしない輪廻に怯える前にさようなら。

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治安当局 韮崎旭 @nakaimaizumi

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