第42話 今猿編 僕は……

僕は気絶した振りをしていた。最初は体が動かなかった。それは言い訳に過ぎなかった……。


もしここでたちばなさんが死ねば笹野ありすは僕の元に来るかもしれないと一瞬悪魔の囁きが聞こえた。


だけど権蔵さんがいないと智之さんにやられるのだから意味が無いと分かっているのに。


「危ない! 」

橘さんはありすに覆いかぶさるように庇った。


「うぐっ」

氷柱つららは橘さんの右脇腹に刺さった。氷柱は消え、橘さんは倒れ込んだ。


「嘘だろ? 権太ごんたくん? 権太くん!!!! 」

ありすは必死に橘さんの名前を呼ぶ。


「何で私なんか庇ったんだ! 権太くんが傷ついてまで守られても嬉しくない! 生きて一緒にいなければなんの意味もない」

ありすが泣いている。僕がそばに居るのにもう橘さんへの気持ちを隠さないんだね。


僕も涙が出そうだ。本来僕がありすを庇わないといけないのに……橘さんがいなくなればいいという一瞬の迷いが出た。僕はなんて自己中なのだろう。僕はバチが当たったと思った


「それは……蔵子を1人の女性として愛しているからさ。転生前からな」


えー! 智之ともゆきさんはありすの事をひとりの女性として愛していたのか!?


そして、智之さんと橘さんは前世で権蔵さんの家臣でありすは、権蔵さんの娘だったことが分かった。


ありすは橘さんの体をそっと地面に寝かせ、落ちていた刀、さくを拾った。


「蔵子……兄を傷つけることをできるか? 」


「私は雲母きららでも蔵子くらこでもない笹野ありすだ!兄など存在しない」


ありすは朔を構えている。目からポロポロと涙が零れていた。あんなに好きだった兄より橘さんを選ぶのか……


「お前ごと消すことになるぞ」

「権太くんを消すなら私も一緒に消して! 」

ありすの叫びに智之さんはたじろいでいるようだ。


何で……ありす!橘さんのために魂ごと消滅しても構わないのか……!僕がありすを庇っていたら同じことを言ってくれるのか?


「蔵子!なぜそこまでそいつを庇うのだ!」

智之さんも僕と同じことを思っていたようだ。


「私はこの人のことが大好きだからだ。何億と男性がいても私にはこの人しかいない」

ありすは涙を流しながら叫んだ。ありす……それが君の本音なんだね?


「残念だよ……蔵子。君は頭がいい女性だと思っていたが違うようだ」

智之さんが手から火の玉を出した。


「蔵子の願い通り一緒に消えてもらうよ」

ありすは目をつぶった。絶体絶命だ……今度こそ助けないと!このまま嫌な奴で終わりたくない。僕が助けに行こうと起き上がろうとした瞬間に火の玉が氷漬けになった。


「ふう。間に合ったな」

そう言って、やってきたのは本を持った男性だった。どうやらこの人は転生をつかさどる神様のようだ。


そして、橘さんの傷をあっという間に治した。


「なぜ、あの時の願いを叶えて下さらなかったのですか? 」

智之さんが悔しそうに言った。


「なぜ恋人になれなかったか? 先約がいたからだ。先に異世界転生していたやつがいたんだ」

ああ、僕はなんとなく分かったよ。


「そいつはまさか……」


「そうだ。橘権太……つまり坂田真太郎が異世界転生してたんだ」


やっぱりな……ここまでありすに執着した橘さんは絶対前世の因果があったと思った。しかも最強の守護霊やら神様と友達なのだから。


「私より坂田真太郎が先に……だから無理だったのか……」


智之さんは愕然がくぜんとしていた。そして、智之さんは魂ごと消去されることになった。


「智之さん。笹野さん……いや蔵子さんと家族として両思いだったんじゃないですか? 」

橘さんは智之さんに必死に言った。


「そうか……両思いだったのか」

智之さんの顔が穏やかになった気がする。


結局僕はありすと両思いには、なれていなかったのではないだろうか?


智之さんと橘さんと同じ土俵に立てていない。


「蔵子を幸せにしろよ! 」

智之さんはそう言って消えていった。


智之さんも橘さんとありすが一緒になると思ったようだ。僕は2人にとって、邪魔者なんだろうか?


「うぅ……兄さん」

笹野さんは泣いている。橘さんはそっと笹野さんの肩を寄せた。もうなんか橘さんがありすは俺のモノみたいに抱き寄せているのがムカムカとした。


「ふう。やっと終わったな」


「ワシは帰るぞ。他の奴にはワシが神ということは内緒だぞ」

さっきの神様らしい男性と目が合った。


「ありがとう。わかったよ! 健一……いや人魂ひとたま様」

橘さんがそう言うと、神様らしい男性は微笑んで、僕を見た。あの神様は僕が倒れているふりをしているのに気づいているようだ。


みんなが目を覚まし、橘さんが事の顛末てんまつを話をしている。ありすは僕の元にやってきた。


「誠! 大丈夫か? 」


「ああ、大丈夫だよ。ありすこそ大丈夫か? 」


ありすは真っ先に駆け寄ってきて心配してくれたことがなんだか嬉しい。


まこと……ごめん!」

何だかありすが言いたそうだ。僕は察した。今からありすに振られるのだと。


「ありすのためならどこでも行くよ。今日は疲れた。話があるならまた今度な」

まだ心の準備ができていない。


「ああ……そうだな」

ありすは戸惑いながらも納得したようだ。

僕は誰にも話しかけずに、そそくさと帰った。

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