夜、私は自転車をこぐ
綿麻きぬ
夜、私は自転車にのる
夜、私は家に帰るため自転車にのる。いつもと同じように過ごしていたはずなのに、心にざわめきを感じる。水面に小さな小さなさざ波が立ち始めてきた。
次に私はペダルに足をかけた。足に力を入れ、ペダルを前に押し出す。
それを合図に自転車は動き出した。そして、水面には徐々に大きなさざ波が立ってきた。
次の瞬間、私の頬には涙がつたった。それはまるで海水だった。
私はしょっぱさを我慢しながらひたすらにペダルを押す力を強くするが、自転車の速さはあまり変わらない。
私はこの時、何か"おさえていたもの"が壊れた音がした。
遠くで雷鳴が轟く。
勢いよく感情が流れ出していく。もう自分では止められない。
涙も止まらない。頬をつたう涙は量を増すばかり。
「なんで、私はこんなに惨めなの」
『なんも持ってないからだよ』
思う私に答える私。
「なんで、なんも持ってないの」
『君は持てないんだよ』
自分に僅でもいいから希望を残したい私と残したくない私。
「なんで、持てないの」
『君は失敗作だからだよ』
認めたくない私と認めてる私。
「なんで、失敗作の努力は報われないの」
『失敗作だし、努力してないからだよ』
思いたくない私と思ってる私。
「なんで、周りは努力できるの」
『君がおかしいからだよ』
妬む私と責める私。
「なんで、私は救われないの」
『救う価値すらないからだよ』
救われたい私と救えない私。
「なんで、なんで、なんで、なんで、」
私は声にならない叫びをあげた。それは絶叫と言うにはか細くて、悲鳴と言うには力強かった。
しかし、それは誰にも聞こえないし、誰にも届かない。ただ、本人が満足するためにしているものであった。
雷鳴が近づいてくる。だんだん大きく、荒々しく、全て薙ぎ払うように。
"おさえていたもの"は壊れたまま。まだ、感情は止まりを知らない。
それでも私は自転車を走らせ続ける。ひたすら、ペダルをこぐ。こいでもこいでもゴールは見えない。
喉が潰れるまで、私は何度も足に力を入れる。力を入れ続けているうちに疲れてきてしまった。
そんなとき、一粒、一粒、雨粒が落ちてくる。
それは透明で澄んだ味がした。
段々強くなっていく。まるで私のなかの汚い水を流すかのように。
その間、私は雨に打たれ続けていた。それでも私は自転車を走らす。
時間の感覚が分からなくなり、何分、何時間、どれくらいたっただろうか。
目を開けたら家に着いていた。
その時には雨は止んでいた。
そして、私はドアに手をかける。
夜、私は自転車をこぐ 綿麻きぬ @wataasa_kinu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます