「通りの神秘と憂鬱」四

 目の前の少女はホットドッグをかじっている。通勤前のサラリーマン、OL、小中高学生諸君そんな人の流れが駅前に出来上がりつつあった。


 僕が「写真を撮る」と言ったタイミングで彼女は笑顔をこぼし「なにそれー」と言葉をこぼし、「朝ごはん頂いていいですか」とホットドッグを頼んでいた。

 そう僕に出来る事は、話しを聴き、演出して、写真を撮るこれだけである。そしてそれが重要なのだ。


「それで山水さん、写真を撮る事でわたしの問題が解決するんですか?助けてもらうのに変な言い方なんですけど」


 彼女はぺろっとホットドッグを食べ終わり話しを元に戻した。


「そうだね、写真を撮るだけじゃ解決しそうにもないよね。でもここからが信じられない話しに繋がるんだ」

「信じられない話し……?」

「そう、俺がやっていること、俺たちが出来ること。荒唐無稽で奇妙奇天烈、非日常な現実逃避……」

「たちって他にも誰かいるんですか?」

「一人だと大変だから手伝ってもらっているんだ、ああ女性もいるからね、危ない感じではないよ」

「それで……なにをするんですか?」


 彼女は少し訝しげな表情をみせる。


「さっきも言った通り君を撮影する。君の一番輝く、君がになれる、君の心が映る場所で撮影をする」

「はい……」

「それを足がかりに君の心の中へ入っていく」

「心の中……それって比喩みたいな事ですか?」


 流石に信じられる話しではないようだ。それはそうだろう。だから荒唐無稽なのだ。


「比喩ではなくここではない世界だ。まあ心の中というと語弊があるかもしれない。僕たちは虚構の世界と呼んでいる」

「虚構の世界……わたしの中の」

「そう、誰もが持っている、誰しもが知っているはずのこことは違う非現実の世界。俺は写真を撮る……違うな、、その副産物で世界に足を踏み入れることができるんだ」


 彼女は困っている、声をかけた相手がいきなりこの世界ではないどこかへ行けると言い出したのだ、当然だろう。第三者が聞いたら病院へ行くのは間違いなくぼくになるだろう。


「そんなことが本当に出来るんですか?」


 信じていなくても、こうして返答出来るのだから純粋で素直で危うく、優しい子なのだろうと僕は思った。

 そして僕はゆっくり頷いた。


「出来る。本来はどんな人間でも出来るはずなんだ、ダリという画家はスプーンを口にくわえ、眠る瞬間にスプーンの落ちる音を聴き、目の前のキャンバスに夢の世界を描いた。同じ様に虚構の世界へは色んな行き方があるんだ。俺は他者の力に引っ張られる形で虚構の世界に行ける」


 彼女もうっすらとわかっているはずだ、自分が自分ではないという虚構性、何処かに本当の自分の身体があるという確信。それは僕にとってはこの世界ではないという力になる。


「それで……」


 彼女がゆっくりと口を開く。


「そこに行けばわたしの問題は解決するんですか?」

「俺はそう思う、虚構の世界とは言っても厳密にいえばこの世界と関係があるはずなんだ。本来ならこうであった世界、嘘の方が本当になってしまった世界、こことは違うもう一つの在り得た世界、並行世界なんて言い方もそうかもしれない。遠い未来の世界。失われた過去の世界。全て虚構の世界だ。しかし、この世界でも在り得た世界なんだ。

 そこに行けさえすればリリイちゃんの問題も手ぶらで帰るということにはならないはずだよ」


 そう言って僕は一枚の写真をみせる。


 退廃した世界、雲の色と空の青そしてひとりの女の子が写る写真。


「きれいな写真……」


「これも虚構の世界だ。俺たちはそこで『ヴィールス』を探している」

「『ヴィールス』?」

「虚構の世界の意思みたいなものかな。それぞれの虚構にそれぞれの『ヴィールス』がある」

「それを探しているの?お宝ハンターみたいな?」

「あははそうだね、うん、そんな感じだ」

「わたしの世界にもそんな『ヴィールス』があるのね……」



 彼女は顔をあげる、目には意思が宿っている。


「わたし山水さんに、助けてもらいたいです!お願いします、わたしを助けてください!」


 彼女のその願いを断るという選択肢はもちろん僕は持っていなかった。



「それじゃリリイちゃんの思い出の場所を教えてもらってもいいかな?日本に来た直後くらいの」




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