輪郭の無い空はモネのような

枯三水

「コウモリ傘」


 一種の緊張関係があったのかもしれない。


 時は朝、空が白み始めて間もない。

 季節なら初夏、今年はすでに暑い日が続いている。

 場は電車の中、各駅に停まる普通料金の電車だ。

 誰がといえば、車内には僕と女性の二人きり。そんな時もある。

 何故かといわれれば途中の駅が主要駅、といっても乗り換えの利便性が高い駅というだけだが、そこで僕以外の乗客が皆降りてしまったから。

 そこに代わりに一人女性が乗り込んできた。女性といっても彼女はまだ学生のようだった。制服を着ているのだから間違いない。


 一両貸し切ったような車内。もちろん座っていた。扉のすぐ横だ。彼女もキョロっと辺りを見渡し、僕の座る対面についた。

 別になんでもない状況ではある、しかしどことなく居ごこちの悪さも感じる。それは僕がサラリーマンのようなスーツ姿ではなく、作業着のような格好だからだろうか。

 仕事に貴賎きせんはないと思ってはいるが何故だろう。普段はバイク移動で電車が久しぶりだからだろうか、こうも自分を意識してしまうと少し恥ずかしさを感じる。


 いや、感じない。


 思い出したが僕はそんなに細かい事に気を置く方ではなかった。

 せっかく人が居なくなったのだから駅に来る前に購入したサンドイッチとコーヒーで朝のエネルギーを取る事にする。

 そのうちまた人が乗り込んできたらそれこそ食べるのに気を遣ってしまう。

 チキンカツサンドを葉っぱが溢れないよう丁寧に口に運ぶ、キャップ付きのコーヒーで流し込み一息。


 ふと正面に目をやる。


制服を着た少女、髪は耳にかかるくらいか、目鼻立ちのはっきりした美人。日本人だろうか。と、目が合う。なにかドギマギしコーヒーを飲んで誤魔化す、何を誤魔化しているのかはわからない。

 つまり、居心地の悪さは健在であった。

 しかし独りよがりな緊張でもあるのだろう。それも次の駅で人が来れば問題にもならない。


 沈黙の車内。


 喋る相手がいないのだから当然なのだが、結局次の駅でも乗客は来ず、狸寝入りでもしようかと考えたその時だった。


「すいません」


 声に反応して顔を上げる。再び目が合う。


「助けてくれませんか」


 一瞬理解できず辺りを見回す。

 再び沈黙。

 空耳かと決めこみ目をそらす。


「すいません」


 やはり僕に声をかけている。


「おれ?」


 少女は頷き。


「わたしとあなたしかいないです」

「えっと、それはそうね」

「それで、わたしを助けてくれませんか」


 突然始まる会話はなぜこんなにも無防備なのだろう。少女の声、この空間、さっきまでの緊張のせいか、面倒ごとなのは目に見えているのに咄嗟に口から出た言葉は



「いいですけど、どちら様?」





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